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王宮へと到着すると陛下と王妃様への謁見をする為、まずはエスコートの者と共に控え室へと通される。その為、お母様とは一度別れお父様と共に控え室へと向かった。
控え室の前には騎士が二人ドアの前で立っており私たちが近づくとドアを開けてくれる。そして部屋の中は白いドレスを着た十五、十六の少女たちで溢れて華やかな雰囲気であった。
私が入室すると共に、皆の視線が私たちへと一斉に向き、先程までの騒めきは一瞬で止んだ。
何やら注目を浴びているようね⋯⋯。
表情には出さずに視線だけ辺りを見渡していると、お父様の顔が耳元へと近づき「皆、ラシェルの美しさに感心しているようだよ」と小さく呟くと、私に一つウィンクをしてみせた。
そう言われてからよく部屋を見渡してみると、確かに視線からは嫌悪などの感情は見て取れず、どちらかと言うとドレスに注目しているようだ。「素敵」「まぁ」と言った呟きと溜め息が小さく聞こえてくることから、好意的には取られているようだ。
「ラシェルさん!」
そんな空気を一瞬で吹き飛ばすような声が部屋へと響き渡る。
私を呼ぶ声に振り向くと、そこに居たのは同じく白いドレスに身を包んだアンナさんの姿。
彼女は小柄で可愛らしい雰囲気に合った、ふわっとした白い布が何枚にも重なったドレスを着ている。
いつもと同じくニコニコと笑っているが、今はまずい。
ここは学園ではない。エスコートの為に父親や兄弟、婚約者など沢山の貴族がいる、ちゃんとした社交の場だ。
現に今の私を気軽に呼び止めたアンナさんの様子に、
眉を顰めている人たちやこちらを見て何か囁き合っている人たちがいる。
気安く呼びかけるには私たちの家の爵位は離れているのだ。
「ごきげんよう。キャロル様」
「あっ⋯⋯。ごきげんよう、マルセル様」
あえて距離を取った返事をすると、アンナさんも周りを察したのかその顔から《まずい》と言いたげに苦笑いを浮かべ、慌てて言い直した後綺麗な礼をしてみせた。
「ラシェルの学園の友達かな?」
「あっ、はい。キャロル男爵家長女のアンナと申します」
「ほう、キャロル男爵の。今日のエスコートはお父様かな」
「はい、今は少し席を外していますが⋯⋯」
隣に立つお父様がにこやかな笑みでアンナさんに挨拶を促した。チラッとお父様へと視線を向けると、優しげな笑みの裏で何処か見定めるような冷たさを感じる。多分その裏の面は家族にしか分からないだろうが。
アンナさんも流石に私の近くにお父様がいることで居心地が悪かったのか、「ではまた後で」とそそくさと部屋の奥へと消えていった。
「お父様、その見定めるかのような目を止めてください」
「そんな目をしていたかな?」
「えぇ、しっかりと」
お父様は「すまない、すまない」と目尻を下げて笑っているが、あの一瞬で彼女の評価をしたのかもしれない。
暫しお父様と共に知り合いの令嬢に挨拶をしていると、謁見の間へと案内された。
今回のデビュタントの中では一番高い爵位の家出身であることから、私が先頭となり順に皆が入室する。すると陛下と王妃様が一段上の椅子に座り皆が並ぶのを待ち、その後祝福の言葉を述べる。
この流れは前回同様であり、感慨深いと言った感想もなく今回はただあっという間に終わったといった感じだ。
そして謁見の間を出て、また控え室へと戻ろうとするとお父様は他の方達とは別に、右の通路へと曲がった。
不審に思いながらも黙って着いて行くと、そこにはシリルの姿があった。
シリルはお父様に向かって深く頭を下げ、次いで私に向かって「ご案内します」と告げた。
状況が掴めない私に向かって、お父様は優しく微笑むと。
「舞踏会へのエスコートは残念ながら私ではないのだよ」
「え?」
「オレリアと一緒にラシェルのファーストダンスを見守っているよ」
どういうこと?
だって、私のエスコートはお父様のはず。オレリア⋯⋯お母様と一緒に見守る?
ポカンと口を開けたまま、暫く立ち止まったままの私に「ラシェル様、時間がありませんので」とシリルから声が掛けられてハッとする。
もしかして⋯⋯。
今シリルが迎えに来たということは。
一つの考えに私は思わず頬を染めると、お父様は悔しそうな複雑な表情をしている。
「本当は私がエスコートしたかったがね。舞踏会の流れを一部変更するからとあそこ迄頼み込まれて、しかも陛下からの口添えもあっては私も断れないよ。
⋯⋯さぁ、その姿を見せに行ってきなさい」
お父様が背中を優しく押してくれたのをきっかけに、私はシリルの後を追うように歩き始めた。
前を行くシリルの後ろ姿を見ながらも、私の心拍が早まって行くのを感じる。
「ここです」
シリルが一室の前に立ち止まる。その部屋の前には数人の騎士が厳重に警護しており、それだけで誰がいるかを理解する。
ドアをノックすると「あぁ」と声が聞こえた。
部屋越しの少し潜った声に胸が高鳴る。
今一番聞きたくて、今日誰よりも会いたかったその人の声だ。
この部屋にいる。
そう思うだけで頬が緩む。
たが同時に、このドレス姿を見てどんな反応をしてくれるだろうかと期待と不安が入り混じった思いがする。
「どうぞ」とシリルがドアを開け、ゆっくりと中へと進む。
すると目を見開いて驚いた表情の殿下の姿。
「あぁ、ラシェル!なんて綺麗なんだ」
殿下はすぐさま、嬉しそうに目を細めて笑うと私に小走りに近づいた。
私の頬は殿下の大きな両手に包まれ、少し上を向くように顔を上げられると、目の前に殿下の顔。
その瞳を輝かせた姿はまるで少年のようであり、更に覗かせる甘い熱は大人を思わせる。何ともアンバランスな表情をしている。
「想像以上だ!よく見せてくれ」
「殿下、あの⋯⋯素敵なドレスをありがとうございます」
「こちらこそ、君に着てもらえて嬉しいよ」
心底嬉しそうに笑う殿下に、私は恥ずかしさから思わず視線を左右に彷徨わせてしまう。
それに殿下の黒に金の刺繍が入った正装姿が、いつもより色っぽく見えて直視出来ない。
いつにも増して輝いている気がするわ。
「いや、私こそこんなにも美しく愛おしい人をエスコート出来るなんて光栄だよ」
そう、そのエスコート。
先程までお父様にしてもらうと信じて疑っていなかったからこそ、今この状況に驚きが隠せない。
「あの、そのエスコートですが⋯⋯」
「あぁ、侯爵に代わってもらったんだ。
君にとって最初の舞踏会だからこそ。⋯⋯他でもない私が、ラシェルのエスコートをしたかったんだ。もちろん最後までと言う訳にはいかないが⋯⋯私の我儘だよ」
殿下が恥ずかしそうに眉を下げ照れ笑いをする姿に、また一層胸がときめくのを感じる。
こんなにも嬉しい言葉があるだろうか。
私にとっての社交界デビューを殿下も大切にしてくれている、ということなのだろう。
「ありがとうございます。とても嬉しいです。
でも宜しかったのですか?」
「前例がないからと言ってしてはいけないとは思わない。入場の方法とファーストダンスの流れを少し変えただけだよ。後はしっかり歴史を重んじたデビュタントの舞踏会だ」
殿下の手から流れ込む温かな熱が私に移ったかのように、頬が赤くなるのを感じる。
もちろん私はデビュタントだけでなく、王宮舞踏会は散々経験してきている。本当の意味では初めてではないのかもしれない。
だが殿下の申し出は私にとって何よりも嬉しく、彼が私を大切にし、守ろうとしてくれていることが分かる。
いつだってどんな時だって殿下は、私のことを助けてくれた。
危険が迫った時、泣きそうな時、困った時。
彼の存在により、私は乗り越えてここまで来ることが出来ているのだろう。
いつだってその甘く優しい笑みで、私の全てを包み込んでくれている。
そしてその優しさに、時々胸が苦しくなる。
私が弱虫で後ろばかりを振り返るせいで、何度も蓋をしてきた想いが、今抑えきれないものへと変化しているようだ。
殿下を思わずじっと見つめると、殿下は私の瞳を覗き込む。そして両手を私の頬から外すと、ギュッと優しく手を握りしめてくれた。
その殿下の温もりが徐々に全身へと伝わる。
あぁ、この手に私は何度助けられ、力を貰っていただろうか。
殿下といるだけで、自分が前へと進める力を貰っているかのようだ。
今まで何処かでこだわってきたこと。
前回とか今回とか⋯⋯そんなものは関係ない。
だって、殿下といるだけでこんなにも嬉しくて、温かくて、幸せで、そして胸が痛いほど締め付けられる。
私は今、目の前にいる殿下のことが好きなんだ。
その気持ちだけが溢れ出てきた。
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