47
つまりは、殿下が手に持っている魔道具は過去の会話を残しておくことが出来、後から聞くことが出来るということなのだろう。
⋯⋯何て斬新な発想なのだろうか。
それが可能であれば、人の証言といった曖昧なものに頼らなくてもいい場面が増えるのかもしれない。
思わず殿下の手に載せられた魔道具をじっと見る。
すると、殿下は「また後で教えてあげるよ」とにっこりと笑った。
「因みに君たちが来る前に、そこの植木鉢の中に隠されていたからな。さっきの会話はしっかりと残っている」
「え⋯⋯」
植木鉢の中?
確かにこのテーブルのすぐ後ろ、窓際に観葉植物の大きな植木鉢が置かれている。
まさかあのような場所に置いてあったとは。
今日、私がカトリーナ様にここに誘われたことを、殿下が予測していた訳ではないと思う。
だが噂の元凶がカトリーナ様だ、ということは掴んでいたのだろう。
その為、いつも放課後はここにいる彼女たちを狙って魔道具を設置した。そう考えられる。
想像以上に私の考えの先を行く殿下に、思わず目を見開いてまじまじと見てしまう。
すると視線の先にシリルが苦笑いで佇んでいた。
殿下は魔道具を一度ポケットへと仕舞うと、再度カトリーナ様達へと視線を向ける。
「噂の流れを探っていたらお前たちに辿り着いたからな。まさか直接ラシェルを攻撃するとは思った以上に考えなしではあるがな。
それでよく⋯⋯国母などと口に出来たものだ」
殿下の最後の言葉は、とても低く呟くように発せられた。
だがカトリーナ様にも聞こえていたようで、顔面蒼白で体を震わせる。
「私の婚約者に成り代わりたい、であったか」
殿下はカトリーナ様にいつもの義務的な微笑みを向ける。
すると顔色の悪かったカトリーナ様は見る見るうちに顔を赤らめて瞳を輝かせ始めた。
隣のウィレミナは状況を把握したように、小声で「カトリーナ様」と呼びカトリーナ様の制服の裾を隠れて引っ張っている。
だが、殿下の微笑みに魅了されたかのようなカトリーナ様は一切ウィレミナの様子を気にすることもなく、殿下をじっと見つめている。
「魔力の少なくなったラシェルよりも、ヒギンズ侯爵令嬢の方が私にふさわしい、と?」
「⋯⋯はい、その通りです。私は初めて殿下に出会った十歳の頃からずっと、貴方様の隣で貴方様を支えて生きることのみに全力を捧げてきたのです。
誰よりもふさわしい自信があります!
お願いです、殿下! もう一度チャンスをくださいませんか」
その発言をウィレミナは不敬だと分かっていて殿下の前で「カトリーナ様!」と大声で発言を止めようとする。
だが殿下はそれを良しとせず、ウィレミナに冷めた視線を向ける。するとヒッと全身を震わせて声を漏らした後、「申し訳ありません」と小さく縮こまった。
「チャンス、だと?
お前は未だ何も考えられていないのだな」
「いえ、そんな」
「私の婚約者を否定することは、私⋯⋯ひいては王家を否定するということ。
それに教会の認めた闇の精霊に対して誤った悪い噂を故意に流したのだったな。
国の混乱を招く恐れもあったのだから、重罪だとは思わないか。なぁ、シリル?」
殿下は柔らかい声色と反して、厳しい目線をカトリーナ様に向ける。
流石のカトリーナ様も体を震わせながら「あの⋯⋯いえ⋯⋯」と弁明しようとするが、更に殿下の追い詰めるような視線に、ついに口を閉じた。
「そうですね。これがヒギンズ嬢達だけでの独断なのか。それとも家が関わってくるか。
その辺りの追及もしなければいけませんね」
シリルは殿下の言葉に頷くと、彼女たちを問い詰めるような視線で一瞥した。
シリルの《家》という言葉に双子は大きく目を見開き「家、それだけは……」と口々に嘆願の言葉を殿下に向けて発した。
だが殿下は全く聞き入れる様子もなく、口角だけは上げているものの射貫くような視線を彼女たちへと向ける。そして威圧感のある雰囲気を出し、今日一番低く響き渡る声で。
「よく覚えておくといいよ。
私は大事なものに手を出されるのが何より嫌いなんだ。
⋯⋯ただで済むとは思うなよ」
そう伝えると、シリルがぼそりと「魔王降臨」とだけ呟いた。
気を失いそうなほど真っ青に染まった彼女たちをシリルが、事情を聴くためにと連れ出した。
カフェテリアを出ていく前に、殿下は彼女たちに「何か最後に言うことはあるか」と問う。
ウィレミナとユーフェミアは瞳に涙を溜めながら私への謝罪の言葉を口にした。
だがカトリーナ様だけは違う。
青い顔のまま、最後まで唇を噛みしめ、私から視線を外すことなく睨み付けていた。
彼女たちが出て行く前、最後にもう一度だけ振り返る。
するとカトリーナ様は唇だけを動かし何かを口にする。
何?
何かを言っている?
口の動きに目を凝らして注目すると、その真っ赤な唇から発せられたのは「許さない」。
そう動いたように感じ、背中が冷えるのを感じる。
だがすぐに彼女たちはシリルに言われるがままに立ち去り、私の視界から消えた。
それを私と殿下は見送り、ようやく強張った体がふっと軽くなるのを感じた。
「あの、彼女たちはどうなりますか?」
「とりあえず、家の関与や流した噂の詳細を聞かなければいけない。
ただ君を貶める言葉は、君を婚約者にと望んでいる私や王家を侮辱していることと変わりない。それに教会の決定に反する発言をしていること。
その辺りは重く考えなければいけない」
「⋯⋯そう、ですか」
「それだけのことをした。それにここで彼女たちを見逃したらどうなるか、分かるだろう」
「えぇ、王家や教会の威信にも関わることです」
「ただ、確実に彼女たちはもう社交界に帰ってくることはないだろう。学園にも通うことはない」
もう会うことは、ない⋯⋯ということだろうか。
彼女たちには思うことは沢山ある。
前回はカトリーナ様に唆されたとは言え、私も悪事に手を染めた。やり直す機会を貰ったからこそ、私は彼女たちと決別することが出来た。
でもそうでなければ⋯⋯私も彼女たちと同じだったのだ。
他人事とは考えられない。
かといって庇うつもりもない。
彼女たちの行動がこの結果を招いたのだから、どのような結果となったとしても私が口出すことではないだろう。
だが、願わくば彼女たちがしっかりと自分を見つめ直してくれたらいい。
そう考えてしまうのもまた事実だ。
深く考え込んでいた私は、隣で殿下が「それでも」と話し始める声にハッとする。
殿下自身も色々と考えていたのだろう。未だ眉間には深く皺が寄せられている。
「噂を流した大元を何とかしても、一度広がった噂はしっかりと訂正しないと面倒なことになるな。魔力枯渇の件も含めて誰が何処まで把握しているかは不明な部分だ」
「はい、そうですよね」
「君の言っていた通り、公表を早めることにしようか」
「えぇ、ですが殿下の迷惑にはならないでしょうか」
「この婚約に文句があるやつは全て私がねじ伏せよう。圧倒的な力をも持ってみせる。
⋯⋯だから、ラシェル」
殿下は先程の凛々しい姿から打って変わったかのように、懇願するような瞳を私に向けた。
その瞳の強さに、思わず殿下の蒼い瞳にそのまま吸い込まれるかのようだ。
「生涯共に⋯⋯側にいてほしい。
ラシェルでなければ駄目なんだ」
ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。





