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「まずはラシェル嬢が拐われた件だね。

それは君の父と兄が関係しているよね」

「⋯⋯分かっているなら早く私を捕まえたらいいじゃないですか」

「いや君は彼らの指示には従わなかっただろう?」

「いえ私はワトー家の人間ですから。家族を裏切ることはしませんよ」


テオドール様は神官様の目の前に立つと、飄々としたいつもの様子を消して真面目な顔つきになる。

だが対する神官様は微笑みを消すことなく、テオドール様の厳しい視線を真正面から受け止めている。


「シリル、さっきの手紙をここに出せ」

「はい」


テオドール様が手を差し出すと、シリルが何通もの大量の手紙をテオドール様へと渡す。


何の手紙なのだろうか。

隣にいる殿下の方へ顔を向けて、視線で問いかける。殿下は曖昧な苦笑いを浮かべるだけだ。


つまりはテオドール様の好きなようにやらせるということだろう。

仕事モードに急に変わったテオドール様は、揶揄うような表情をすっかり消して僅かに口角を上げるのみで瞳は冷え冷えとしている。

その精巧な人形のような顔つきと相まって近寄り辛さを感じる。


「この証拠をわざわざ俺たちが見つける様に、ラシェル嬢を攫ったんでしょ」

「証拠、とは何のことでしょう。それはただの家族からの手紙ですよ」

「シリル、この手紙には何が書かれていた」

「まず闇の精霊を消す必要があると。精霊殺しの術は成功しそうだ。そしてあなたに、ラシェル嬢が領地へ帰った為上手く接触するように。

闇の精霊を見つけたらすぐに伝えるように⋯⋯こんな所です」


精霊殺しですって!


その言葉に顔が一気に青褪めるのを感じる。

クロを抱く手に僅か力が入る。



⋯⋯聞いたことはある。だがそれは禁術の筈だ。


私の異変に気付いた殿下が、安心させるかのように私の肩を抱いた。殿下の顔を見上げると、困ったように小さく溜め息をつき私に説明するように口を開く。


「つまり教会の一部の人間は闇の精霊に強い嫌悪感を持っているのだろう。彼らは光の精霊王が信仰の対象だ。光と闇は言葉通り対極の存在。そうなると光は善、闇は悪と考えたのだと思う。

そして教会内の一部では闇の精霊など存在しない、してはいけないという考えを持っているのだろう」

「そんな⋯⋯」

「それが前大神官を輩出している歴史古い神官家系であれば尚更、そういった考えをしている可能性も考えなければいけなかった」

「前大神官⋯⋯ですか」

「あの者の祖父は前大神官だ」


殿下から知らされる神官様の情報に目を大きく見開く。

神官家系だとは聞いていたが、まさかそこまで力を持つ家の出身だとは思いもしなかった。

だからこそ、前に神官様は教会内で中核にいる家柄だと言っていたのか。それであればクロのことを知っていることも、殿下との婚約が現段階で難しいと知っていることも頷ける。



「このような結果を予想出来ずにすまなかった」と殿下は自分の過ちを悔いる様に眉を寄せ、視線を床へと移す。


闇の精霊の扱いを教会内でもどうするかは悩ましい問題であることは自覚していた。

だが実際にクロと一緒にいる私にとって、クロが害のある存在だなんて考えもしなかった。


だがクロを実際に見たことがない人は?闇の精霊という存在だけを知った人は、確かに危険視するのかもしれない。

それが光の精霊に傾倒している者であれば尚更。


今となっては何故考えつかなかったのだろうと悔やむ気持ちもある。

だとしても、精霊を消そうとするなどしてはならない。


この国の人間は精霊によって守られ生きているのだから。

それを勝手な信念でその存在を亡き者にし捻じ曲げようとするなんて。

⋯⋯許せない。


「私がもっとラシェルの周りを気にかけていれば⋯⋯」

「いえ殿下は気にかけてくださいました。私がもっとことの重大性を理解していなければならなかったのです」

教会という組織を、その歴史を、もっと配慮しなければいけなかった部分がある。


「殿下、私は自分のことばかりです。領地に来て視野が広がったと思っていました。⋯⋯でも結局殿下やテオドール様たちに頼ってばかりで」

「それでいいんだ。

自分の出来ない部分は側にいる誰かに補って貰えばいい。逆に相手の出来ないことを自分がすればいいだけだ。

一人で全てを抱える必要はない」 


殿下の言葉にハッとする。


補う?


そうか、そういう考えもあるのか。

自分が何かをやることばかりを考えていた。

でもそうか。頼るということも悪いことではない⋯⋯出来ない部分を補ってもらう。

殿下の温かい微笑みに、また胸が熱くなるのを感じた。



「つまりは」テオドール様の冷静な声にふと現実に戻される。 


「君の父と兄はそこの黒猫ちゃんをどうにか消そうと考えた。そして丁度良くラシェル嬢が領地に行ったことを知る。その場所は君が赴任している教会がある所だ。家族に頼まれた君は、ラシェル嬢の元に黒猫ちゃんがいるのかを確認する必要がある。

その為に親しくなった⋯⋯ということかな」

「その通りです。私は父と兄に頼まれてあなたに近づいた。とは言ってもミーナの件は偶然でしたが、上手いこといったと思いましたよ」


テオドール様の言葉に神官様は私へと視線を向ける。その瞳はどこか悲しげに揺れていて、一気に今まで教会で過ごした日々を思い出し、胸が苦しくなる。

すると、殿下が私の目を手で隠す。


何だろう、と不思議に思っていると。

「あまりあいつを見るな」と不機嫌そうな声が頭上から聞こえてきた。


「でもさ、魔術師団に《辺境の地に怪しげな術の跡がある》と匿名で告げたのは君でしょ」

「何故⋯⋯」

「その方が自然だよ。最近君の兄が数週間各地の教会を回っている。そしてそんな時にすぐに魔術師団に知らせが来たこの情報。誰か近しい者がリークしたと思うよ。

術の解析が出来れば自然と黒猫ちゃんはラシェル嬢の関係者が注意して守るだろう、と。

しかも、ルイたちが教会にいけばご丁寧に証拠は残してある」


テオドール様の言葉に殿下が深く考え込むように何か呟く。するとハッと視線を神官様へと向けると信じられないものを見るかのように視線を向けた。


「お前の話すことと行動が矛盾している。

⋯⋯家族の罪を共に背負うと言うのか」

「いえ確かに私は罪を犯していますからね。結果的に」

「お前は家族の行動を表立って止めはしなかった。だが私やテオドールたちに気づかせる様に動いた⋯⋯ということだろう?」

「それが私に何のメリットがあるのです。私は自分の意思で罪を犯しました。

ラシェル様を攫った時点で私は裁かれなければいけない立場にあるのですよ」


神官様の言葉にテオドール様が視線を更に厳しくさせる。神官様はその視線に肩を竦めて見せた。

「そう、そこが疑問だ。

何故もっとわかりやすく俺たちにコンタクトを取らなかったのか」

「そうすれば、罪を犯したと裁かれることも無いでしょうね。むしろあまり王家と事を起こしたくない教会でも感謝されるでしょう」


テオドール様の言葉に同意するようにシリルが答える。


何故⋯⋯神官様はそのような行動を。


神官様の言動を思い出す。


家族⋯⋯家族⋯⋯



そう、神官様は何度か家族について語っていたではないか。

神官様の優しげな様子と反するように温もりのない家族の話を。


「出来なかった?⋯⋯神官様はご両親から、何度も何度も兄の役に立つ様に言われて育ったと」

「⋯⋯何?」


私が呟く言葉に殿下が怪訝そうにこちらに視線を寄越す。

私は更に考えを巡らせる。そして続けて頭に浮かんだことを神官様に向ける。


「だとしたら、相当な葛藤があったのでしょう。

生まれた時から信じていた価値観、行動を自分の意思で変えたのですから」


その言葉に神官様は一瞬表情を消す。


「そうか、確かにあなたにそんな話をしてましたか⋯⋯」


そして観念したように神官様は大きな息を吐き出し、目を瞑る。そしてゆっくりと目蓋を開けると、真っ直ぐに私に視線を合わせた。



「はっきり言って、家族を裏切るつもりはありませんでした。疎ましいと感じても、私は抗う術を持っていませんからね。今回の話も何馬鹿げたことを、と感じてました。でもまぁ、彼らの好きに動こうと思っていましたよ」

「では、何故」

「そう、頭ではそう考えていましたが。

教会での日々が、子供たちの笑顔が⋯⋯いつの間にか、かけがえの無いものになっていました」

「⋯⋯神官様を慕う方たちは沢山います。それは間違いなくあなたが築いたものです」

「⋯⋯ありがとうございます」


教会での神官様の姿を思い出す。

一人一人に真摯に向き合う姿は神官としてのあるべき姿をみているようだった。

そして暗く沈みながら教会を訪れた人たちの、出ていく時の若干晴れたような顔つき。

それを見送る穏やかな顔をした神官様の笑顔。


彼らが神官様の今の姿を見たらどう思うだろうか。


私がこの領地にいるより長い年月を、彼は自身の力で居場所を見つけたというのに。

思わず悲しくなり視線がクロへと向く。クロは腕の中でじっと黙って神官様の方を眺めている。



「⋯⋯そしてあなたです」

「私?」


神官様の言葉に思わず顔をあげる。

するとそこには失った物を惜しむかのように寂しさを滲ませる神官様の姿がある。


「真っ直ぐな瞳が⋯⋯あなたと過ごす日々が私にとって輝かしいものだったからです。

本当に、嘘ではなくあなたに惹かれていたのです」


その言葉に胸が一気に苦しくなる。

真っ直ぐなその思いに私は目を背けてはいけないのだと、ただ神官様を見据える。

同時に肩に置かれた殿下の手にも力が入ったのを感じた。



そして形容し難い気持ちが私の中を渦巻いていく。


だがその中で先程まで当たり前の光景であった神官様と子供たちの姿が焼き付いたかのように思い出され、更に胸が締め付けられた。


何故そのように大切なものがありながら、このような結果を招いたのだろう。

彼が背負う必要なんて何処にもないというのに。


神官様は今穏やかな日々を手に入れて大切にしていたのがわかる。それを何故自分から手放すような真似を。


私の視線に気づいたからのように神官様はふぅ、と小さくため息を吐く。そして諦めきったような顔つきを見せる。


「それでも私はあの家族を捨てることが出来ない。自分でもどうしようもないやつだと⋯⋯そう思いますが」

「だから自分も一緒に罪を背負うと?」


神官様は殿下からの問いに肯定も否定もしなかった。ただ寂しげに視線を遠く見つめるのみであった。


彼にとって、家族というのは簡単に語れるものではないのかもしれない。

彼から見る家族は彼にしかわからないものなのだから。

間違っているとわかっていても正すことが出来ない。

破滅が見えていても完全に切り離すことが出来ない。

そしてきっと、嫌な思い出だけでなく両親や兄との良い思い出や消すことの出来ない想いがあるのだろう。


その思い出が神官様の足に絡まる鎖のように、身動きを取れなくさせるのかもしれない。

だがもしかしたら、その鎖を自分から外すことを拒否している可能性もある。


それは私にはわからないことだ。





「変わることが出来ない、そんな人間もいるのですよ。ラシェル様」


沈黙の続いた空間にボソリと小さく呟いた神官様のその言葉だけが響いた。




「王太子殿下、これで父と兄は捕らえられますよね」

「あぁ、禁術の使用は犯罪だ。ましてや精霊を傷つけようとするなど重罪であろうな」

「彼らはきっと私を恨むでしょうね。出来損ないの息子が、弟が、と。彼らの信じるもの、未来を奪ったのですから

でもそんな出来損ないの息子にしてやられたんですから、可笑しなものですね」

「であれば勝手に自爆するのを見届ければいいものを」

「いえ、あんなのでも私の家族ですからね⋯⋯だからこそ、私は彼らと共に罪を償うことを望みます」

「愚かな⋯⋯」

「私もそう思います」



殿下の言葉に、神官様は自嘲の笑みを浮かべる。

傍から見たら、確かに神官様は愚かに見えるだろう。自らを守る術があるのにも関わらず、罪を背負う道を選んだのだから。


だが、それが彼なりの正義なのかもしれない。


「もう一つお願いが⋯⋯」

「何だ」

「私の後任を⋯⋯子供たちは関係ありません。教会を訪れる方々にも。

⋯⋯どうか良き後任を選んで頂けるよう大教会本部に伝えていただきたく」

「あぁ、きっと伝えよう」



その言葉に神官様は心から安堵したように優しく穏やかな笑みを浮かべた。そして紫の瞳からは一雫の涙がこぼれ落ちた。


私もまた、彼の苦悩を想って涙が止まらなかった。







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逆行した悪役令嬢は、なぜか魔力を失ったので深窓の令嬢になります6
― 新着の感想 ―
[一言] 難しいお話でした
[一言] 難儀だねぇ
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