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3−27

 あれからもう一週間は経っただろうか。

 あの日から毎日数十分顔を出すリュート様に嫌気を感じながらも、彼は頑なな態度を崩さない私に親切なように振る舞った。


 毎日皇帝からの贈り物だと高価な品を手にし、私が拒否しようとも部屋に置いていく。


 デュトワ国の自室よりも二倍はあるだろうこの部屋。その三分の一を贈り物の箱が占め、日々箱が積み上がっていくのだから、ため息は深まるばかり。


「……これ、どうしろというのよ」


 高価なプレゼントを毎日して来るにも関わらず、皇帝はあの地下牢で会ったきり一度も顔を出すことはなかった。

 あの地下牢であった皇帝の冷たく震え上がりそうなほど恐ろしい眼差し。あれを思い出すだけで、今でも身震いがする。


 ――それにしても、本当にこの部屋は豪華な牢獄ね。



 洗面所も浴室も備え付けで、必要時にはまるで仮面を着けたようにピクリとも表情を変えないメイドが現れ、私の手伝いをする。食事を運ぶのも全てこのメイドだ。

 世間話にも一切応じないメイドはある程度の武術の心得があるのか、彼女の隙をついて部屋を出ようとした私をあっさりと止め、涼しい顔で部屋を出て行った。

 一瞬だけ掴まれた手はまるで氷のように冷たく、本当に血が通っているのか不思議なほどだった。しかも、脱出しようとした私の行動など無かったかのように、私を部屋の奥へと戻すと淡々と残りの業務を行い「必要があればベルでお呼びください」と礼儀正しく頭を下げて部屋を出て行った。


 この部屋に現れるのは表情を変えないメイドと、微笑みながらも一切私の要求を聞くつもりのないリュート様だけ。


 気が狂いそうな中で私を癒したのは、不思議なことにあのドラゴンだった。

 表情をコロコロと変え、自由気ままに飛び回る。時々どこに隠れたのかフラッといなくなっては、気付けば再び私の前に現れる。

 このドラゴンがいるからこそ、この豪華な監獄の中で正常な精神状態を保っていられるのかもしれない。


「ロゼ?」


 ピンクのバラのような美しい瞳をしたドラゴンを私はロゼと呼んだ。ロゼはそれが自分の名だと分かっているのか、その名を呼ぶと嬉しそうに近寄ってくる。


「ロゼ、またどこかへ行ってしまったの?」


『キュッ、キュウ!』


 私が声を掛けると、ロゼはまたどこから現れたのかヒューッと小さな翼をはためかせながら私の元へとやって来た。

 私の肩に降り立ったロゼの頭を撫でる。すると嬉しそうに目を細めながら私の手に頭を擦り寄せる。そんなロゼの姿に、思わずふふっと頬が緩む。


 普段であればその後、自分の小さなベッドに戻り可愛く寝息を立てるロゼだが、今日は目を輝かせながら再び元気に部屋を飛び回り始めた。


「……今日は随分元気ね」


 そんなロゼの姿を目を追っていると、ロゼはまるで着いて来いとでも言うように私のドレスを口で咥え、クイッと引っ張った。


「どうしたの? 着いて行けばいいの?」


『キュッ』


 私の言葉にそうだとでも言うように、ロゼは私がちゃんと着いて来るかを確認しながら部屋の奥へと進む。そこは、皇帝からのプレゼントが山のように積み上がった場所だった。

 プレゼントの山の中でも一番奥まった箱の上へと降り立つと、ロゼはここを見ろとでも言うように私を見つめた。


「……一体、この箱がどうしたの?」


『キュ、キュー!』


 贈り主のことを考えると無意識に険しい顔に変わる私に、ロゼは早くと急かすように鳴き声を響かせ続けた。


「……分かったわ。この箱に何かあるのね」


 ロゼの乗った箱を持ち上げる。すると、その箱を持ち上げた奥、箱の死角に黒いもふもふとした塊を見つける。

 

 ――まさか! 


 慌ててその塊に駆け寄る。持っていた箱をその場へと置き、黒いもふもふへと手を伸ばす。すると、それは私の手に反応するようにピクッと体を震わせ、眠そうに『ニャ』と返事をした。


「待って……。えっ、クロ?」


 なんとそこにいたのは、身を縮こませながら部屋の隅で丸まって眠っていたであろう黒猫がいた。私の声にその黒猫は前足で顔を擦った後、グーッと大きく伸びをした。


「クロ……クロよね!」


 黒猫を抱き抱えて顔をよく見る。クリッとしたまん丸の瞳にピクッと動く耳。間違いない。この子は私の契約精霊のクロだ。


『ニャー』


「なんで、どうしてここに……ひとりでここまで来られるはずないもの」


 私の言葉にご機嫌に返事をするクロに、目頭が熱くなりじわっと涙が込み上げる。

 クロはキュルッとした大きな瞳をこちらに真っ直ぐ向けた。


「もしかして……テオドール様?」


 私を助けようとトラティア帝国に入国したテオドール様。彼がデュトワ国を出る時にクロを連れて来てくれていたとするなら……。それならば、クロが遠く離れたトラティア帝国にいてもおかしくはないのかも。


『ニャ!』


 クロはテオドール様の名を出した私に、嬉しそうに鳴いた。


「そう、そうなのね。本当にテオドール様が……」


 魔術師のローブをはためかせながら、自信満々にニヤリと笑う。そんなテオドール様の姿を頭の中で思い描く。

 最後に見た姿は、初めて見るテオドール様の弱った姿。そんな中でも最後まで私を励まし続けてくれたテオドール様の優しさ。

 その姿を思い浮かべるだけで胸がギュッと締め付けられる。


「テオドール様は……テオドール様は、無事なの?」


『……ナァ、ニャー』


 私の質問に、クロは尻尾をだらんと垂らし、力なく鳴いた。


「あなたもテオドール様がどこにいるのか、無事かどうかは分からないってこと……なのね」


『ニャー』


 心配そうに私の膝に片足を乗せ、そうだと返事をするようなクロの姿に、私はため息を吐く。


『キュウ?』


 ロゼもまた、小さな翼をパタパタと動かしながら、力なさげに私の顔を覗き込んだ。


「心配してくれているのね。……ありがとう」


 ――一人じゃない。それがどれほど心強いか。


 もしルイ様が私の立場だったらどうするだろうか。きっと、悩んで沈むよりもまず、自分が出来ることを見つけ、行動に移すだろう。


 それに、ルイ様だったらこう言うはず。


『テオドールがそう簡単に死ぬはずがないだろう? あいつは、私が信頼する最強の魔術師だからな』


 嬉しそうに誇らしそうにそう言うルイ様の姿を私は簡単に想像出来る。これはきっと私の想像だけではないはず。


 ――そう、テオドール様はいつだって私の想像を優に超える人だ。飄々としながら、仲間思いで……そして、とても強い人。


「……テオドール様は、きっと生きている」


 そうだ、私が彼の無事を信じなくてどうするの。


 テオドール様がいつだって見守って信じてくれるように、私も同じぐらい……いえ、それ以上に諦めてはいけないはず。そして、そのために出来ることはまだきっとある。


 策もなく無鉄砲に立ち向かうのではなく、何か突破口があるはずだ。昨日までいなかったクロが私の元にやって来たように。何か……きっと、私の知らない、気づいていないヒントがあるのかもしれない。


「……諦めてなるものですか」



 私もそう信じます、テオドール様。



 次に会ったら、昔話をしましょう。あの屋敷の庭での思い出を。


 きっと私が思い出したと知ったら、テオドール様はとても驚くかもしれない。


 でも、私がテオドール様を忘れてしまったことなど責めることもなく、ニッと唇の端を上げて、優しく目を細めるのだろう。



 いつだって私を近くから、そして遠くから見守ってくれた優しいお兄さん。


 今度は、私があなたを見つけ出します。




 ーーだから……だから、待っていてください。


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