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「クロ、猫じゃらしよ!」
あれから10日が経ち、クロと仲良くなる為に様々なオモチャを私は試している。
ちなみに、精霊は食事をしないと思っていた。
ところが、私の部屋にサミュエルが作ったお菓子を持ってくるとすぐに無くなってしまう事件が頻発した。
そして、クロを見てみると。
口元にお菓子の屑がついているではないか。
クロにもしかして食べた?と問いかけても、顔を背けて『ニャーン』と返事をするだけだ。
でも、私は確信した。
犯人は絶対にクロであると。
精霊は食事をしなくても問題ないが、好きなものはもしかして食べるのかしら。そんな疑問が出てきた。
そして、それをテオドール様が来た時に話したところ。
『えー、精霊も食べるよ?普通の動物だと甘いものとかあげるのは良くないけど、彼ら精霊は別に害はないし。美味しいもの好きらしいよ』
と普通のことのように言っていて、とても驚いてしまった。
そんな当然のように言われても、基本精霊は気まぐれだから、契約精霊でもすぐに森に帰ってしまう。
だから、精霊の日常生活など知らなかったのだ。
クロのように人の側にずっといる精霊は稀と言えるだろう。
でも、そこで気づいた。
そっか!お菓子で仲良くなれるじゃない。
よく動物と触れ合い、慣れてもらうためにエサやおやつを使うとも聞いたことがある。
これはいい作戦だわ!
それからと言うもの、お菓子で仲良くなろうと努力してみた。
だが、クロが目をつけたのは実際にお菓子を作っているサミュエルであった。
サミュエルが部屋に来ると、すぐに近寄りサミュエルの足に身体を擦り付けていた。ただ、サミュエル自身は精霊を見ることが出来ない。
なので、私の恨めしそうな視線に首を傾げるばかりであるが。
その為、原点回帰でクロの好きそうなオモチャで仲良くなる作戦を決行中である。
猫はやっぱり猫じゃらしでしょう!
と思い、先端にフワフワの白い羽を数枚付けた棒をクロの前に持っていき振ってみる。
「クロー、クロー、遊びましょ」
クロはチラッと見てプイッと顔を背ける。だが、視線の先にふよふよと動くものが気になっているようだ。
思わず。といった感じで足元を猫じゃらしが掠めた瞬間に、シュッと前足が出た。
だが、クロの前足は空を切る。
捕まえられなかったのが悔しかったのか、今度はじりじりと猫じゃらしに寄り、視線をじっと先端に合わせている。
バシン、バシン
捕まえようと何度も床を足で押さえようとする姿が、本当に可愛らしい。
「どうやら、気に入っているようだね」
ふいに私の頭上から声がした。
あら、すっかりクロに夢中になってしまっていたわ。
私の側には、窓からの光でキラキラと光る金髪、目を細め穏やかに微笑む殿下の姿
そう、今日は久々に殿下が我が家に来ていた。
「ラシェルがこんなに動物が好きとは知らなかった」
「⋯⋯お恥ずかしいところをお見せしました」
「いや、嬉しかったよ。私がいることを忘れていただろう?そんな素のラシェルを眺めているだけで、日々の疲れなんてすっかり忘れてしまう」
「⋯⋯うっ。忘れてなんて⋯⋯」
冷や汗をかきながら気まずそうに答えると殿下は、クロのすぐ側に来て膝をつく。思わずといった様子で顔を下に向けると肩を震わせククッと面白そうに笑った。
そして、殿下はクロに視線を向けて「それにしても」と前置きすると
「テオドールから日々の様子は聞いてはいるけど、本当に調子が良さそうだね」
「えぇ、テオドール様の指導がとても素晴らしくて!ここ2日は庭園まで歩いて散歩も出来たのです」
私は思わず少し興奮したように前のめりになり、伝える言葉にも力が入ってしまう。
そんな私に殿下は優しく嬉しそうな眼差しを向ける。
ふと、殿下との顔の距離が近まっていることに気付き、頬に熱を感じてしまった。コホン、と咳をして一呼吸ついてから、前のめりな体勢を元に戻す。
そして、殿下が「私もいいかな?」と私の持っていた猫じゃらしを指差す。
おずおずと差し出すと「ありがとう」と殿下が受け取った。
殿下はクロに視線を移し、猫じゃらしをフワフワと揺らす。
「クロ、おいで」
クロはまた視線の先で動く猫じゃらしに夢中になっていた。
殿下が猫じゃらしで遊んでいる姿なんて、誰が考えつくだろうか。この様子をシリルに見せたら、思いっきり顔を引き攣らせるのではないだろうか。それとも揶揄いのネタだとニヤリと笑うか。
クロは少しすると、今度はもう気が向かなくなったらしい。猫じゃらしに全く反応しなくなった。
そしてクロ用に置かれたベッドへとゆっくりと歩みを進め、そこへ座ると目を閉じて寝そべった。
「可愛らしいな」
「えぇ、本当に可愛いのです」
「そのようだな」
殿下は未だクロの様子をじっと見ると微笑ましい様子で笑っている。
私もつられて微笑む。クロを見ていると、とても愛らしくて愛おしい気持ちになってしまうのだ。
「それにしても、闇の精霊とはね。聞いて驚いたよ」
「殿下は見えていなかったんですよね?」
「もちろん。テオドールが規格外なんだ。王族といえどもテオドールのような能力を持つ者は今はいないよ」
「そうなのですね」
「でも、このクロは本当に不思議な存在だね」
「⋯⋯気になりますか?」
「あぁ。このクロの存在がラシェルにとって良い影響となるか。⋯⋯そうなれば良いと思っている」
「私のですか?殿下なら、クロの存在自体が気になるのかと⋯⋯」
ポカンとした様子で殿下を見てしまう。
その後すぐにハッとし、失言だったと気づく。
これでは、殿下は人の心配をするような人間ではないとでも言いたげではないか。
殿下と一緒にクロと遊んだことで少し気が抜けてしまっていたようだ。
ただ、今の殿下の発言には少し疑問に感じる。
殿下と過ごすにつれて、殿下の興味のポイントや人への距離感などに気づくようになってしまった。
彼が瞳を輝かすのはどんな時か。
普段の様子はどうであるか。
見れば見るほど、とても複雑な人なんだと実感する。
もしかしたら、完璧な王子様というのは彼自身が彼の努力で作り上げたものなのではないか。
本来の彼はもっと別のところにいるのかもしれない、と。
「ハハッ、ラシェルにも私の性格がバレてしまったか」
「闇の精霊について、興味があるのでしょう?」
「あるよ。この国に関わることだし、知らないことを調べるのはとても大好きだ。
でも、今はそれ以上に大事にしたいことがあるんだ」
「大事にしたいこと」
「あぁ、君のことだ。
最近、よく君のことを考える。
君が笑って過ごせる為にどうすればいいのか。そう考えることが増えたんだ」
殿下は、私を真っ直ぐに見て言うと、ハァと一つため息を吐く。
そして、眉を下げて困ったように笑った。
「それで? 何か私に伝えることがあるのかな?」
「なぜ⋯⋯」
「ずっと何かを言うタイミングを見計らっているだろう」
バレていたとは。
流石、殿下は観察力に優れている。
そう、私は今日殿下に会った時に伝えようと思っていたことがある。
「えぇ、殿下に伝えなければいけないことがあります」





