対戦車道
第22部分「ノルウェーとフランス」で触れたように、成形炸薬弾は何十年もかかって軍事利用の道が開けた技術です。後から考えるとモンロー効果であった「爆薬をくぼめる工夫」は鉱山などの掘削で19世紀前半から火薬を節約するために使われていたと言います。
これによって生まれた多彩な対戦車携行兵器や小型対戦車砲には、集束手榴弾や火炎瓶といった、第2次大戦前から存在する先輩もいました。どれもこれも攻撃者の安全を保証しないものばかりでしたが、戦車に取って歩兵は「接近させてはならない危険な敵」に変わり、ずっと後になって登場したロシアのBMPTは歩兵戦闘車から歩兵を追い出して、空いた空間に余分の武器と火器管制装置を詰め込んだ「歩兵駆逐車」とでもいうべき存在となり、もっぱら戦車の周囲から敵歩兵を追い払うために使われるようになりました。
しかし危険な武器を持てるだけ持った歩兵たちや、その待ち伏せに協力する支援兵器群に対して有効な兵器もまた、戦車でした。戦車が歩兵をより必要としたのに合わせて、歩兵も戦車をより必要とするようになりました。ドイツ軍の突撃砲をはじめ、歩兵との協力を主眼とした戦車や自走砲も、大戦下で次々に現れました。
歩兵には近づきづらい機関銃座も、機関銃より長射程の小型砲があれば制圧できました。特にドイツやソヴィエトは、対戦車砲をこうした平射歩兵砲の代わりによく使いました。装甲車の2cm砲などは分が悪いように思いますが、対戦車砲の向きを人力で変えるには時間がかかりますから、そのあいだに榴弾を撃ち込むチャンスがありました。
※徹甲弾と榴弾の他に、もともと対空機関砲の砲身を切り詰めた存在であるドイツの2cm戦車砲は、対空機関砲用の焼霰榴弾(Brandsprenggranatpatrone、仮訳)を撃つことも可能でした。何かに当たれば弾頭の信管で爆発しますが、発射から5.5~8秒飛び続けると時限発火してさく裂し、弾片を飛ばします(長く設定するほど、高空の敵機を狙うことになるわけです)。装甲車の機関砲は空にも向けられますが照星しか狙いを補助するものはなく、実戦で対空弾まで持っていたかどうかは知りません。
戦車に歩兵が乗って移動するタンクデサントは、兵員輸送車を持たなかったソヴィエト軍が広く利用し、ドイツ軍も独ソ戦ですぐ真似するようになりました。ただドイツのラウス将軍の回想では、優勢なときは顕著なメリットがあるものの、車上に敵の反撃が集中するので、悲惨な結果につながることもありました。ソヴィエト軍のタンクデサント士官の回想でも、死傷率は極めて高かったように書いてあります。そもそも生存者の回想は1冊しか見たことがないのですが。
ハウスによると、1944年のフランスで多くのアメリカ歩兵師団は戦車駆逐大隊、それも不運でなければ自走砲装備のものを受け取ったので、歩兵連隊は1個中隊の戦車駆逐車を(不運にもまとまったドイツ戦車群に出会わない限り)支援車両として扱い、装甲の薄さからパンツァーファウストで相応の被害を出しました。ドイツやソヴィエトの自走砲は戦車駆逐車より低いシルエットと高い防御力を持ちましたが、砲を回すには車体を回さねばならず、待ち伏せができないときには深刻な不利を生むこともありました。
※ハウスは書いていませんが、比較的大口径・長砲身の砲を積む戦車駆逐車は、砲塔を回せるようにしておくためには重心を前に傾けるわけにいかず、12.7mm機銃を砲塔後方に積むしかありませんでした。前線では勝手に切り取って前に溶接するとか、クルーの方が砲塔の後ろに回って前を撃つとか、なんとか前方を機関銃で撃てるよう工夫する例が多かったようです。
ハウスによると、大戦後期のソヴィエト軍は中戦車を先鋒と迂回役、重戦車を後続させて、明らかになった防御拠点の制圧役、突撃砲をその後ろからの砲兵支援役として使うことを原則としました。
このあとハウスが展開するドイツ戦車発展史は多くの読者諸賢には今更でしょうし、それに続くクルスク戦車戦の詳述は、ローマン・テッペル『クルスクの戦い 1943-第二次世界大戦最大の会戦』がもう日本語で読めますので、私が半端なことを書いても仕方がないでしょう。ただし、ソヴィエト軍は貯めに貯めた対戦車砲兵と若干の戦車でクルスクを受け切り、貯めに貯めた軍直轄砲兵を使って中央軍集団の北からクトゥーゾフ作戦を発起しましたが、このときも大きな戦線の破綻を起こさせることができず、いわゆるパンテル=ヴォータン線で小康状態を与えてしまいました。ドイツ軍の人的物的蓄積はそれほどまでに大きかったと言えましょうか。
ハウスはアメリカの戦車が強い輸送・軍用橋制限を受け、工場から遠く遠征して戦うために、比較的軽量で信頼性の高い、標準化された車両であったことを強調し、マクネアが対戦車戦闘を戦車以外(戦車駆逐車と牽引対戦車砲)に委ねたことを指摘します。まあシャーマン戦車のバリエーションが本当に少ないかは、模型ファン諸賢にいろいろな見解がおありかと思います。




