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イギリス騎兵の機械化

 イギリス騎兵は自分だけでは機械化できませんでした。並行するいくつかの流れが、ついにそれを可能にしたのです。ちょっと読みにくいですが、お付き合いください。


 戦間期に入るとイギリス砲兵は、キャタピラ自走砲とキャタピラ牽引車の両方を試しました。しかしビンボなのは砲兵も同じで、ごく少数の牽引車が配備されたにとどまりました。


 日本語Wikipedia「ヴィッカース・ドラゴン」は力作ですが他国語版ページがありません。英語版では「Vickers Medium Dragon」「Vickers Light Dragon」のふたつに分かれています。イギリス陸軍が買ったごく少数の牽引車の中で、比較的たくさん買ってもらったのがヴィッカース社のドラゴン牽引車でした。Mk.IIIまでは中戦車Mk.I/IIと同じ8気筒90馬力エンジン、ヴィッカース6トン戦車のパーツを活用した1932年のMk.IVも同程度の出力でした。


 1929年にヴィッカース社は、なんとかもっと安くして買ってもらおうと、少し出力の低い、少し軽い砲なら引ける牽引車を開発しました。これはライト・ドラゴンと呼ばれるようになり、従来型は改めてミディアム・ドラゴンと改称されました。この考え方で、1934年につくられたライト・ドラゴンMk.IIIは、戦車用のエンジンを流用するのをやめて、民間量産車エンジンでコストを下げようと、86馬力のフォードV8エンジンを使いました。イギリス陸軍は最初の1両を性能評価用に貸してもらったのですが、なんと輸出用の左ハンドル車であったといいます。陸軍はすぐに追加の性能評価車両を発注して、牽引車として、また機関銃装備車両としてこの「そこそこ安いキャタピラ車両」を使っていきます。1934年という時期を、しばらく覚えてください。


 次の流れは、軽戦車の誕生です。豆戦車の誕生は1925年でしたが、回転銃塔を備えたイギリス軽戦車の誕生は少し遅れました。初期型カーデン=ロイド豆戦車はフォード22.5馬力エンジンでしたが、試作に終わったMk.VII/VIIIはエンジン専門メーカーのメドウズ社(戦後ジャギュア社に合併され、今日のジャギュア・ランドローバーに)による59馬力エンジンでした。こうした高規格化を待って、まずカーデンロイド豆戦車に回転銃塔を載せてみるところから始まったのが1929年でした。また、この話は1929年以降が未完であることを覚えて頂いて、最後のお話に行きます。イギリス騎兵の機械化です。


 機械化によって、金食い虫の軍馬がいくらかの人員とともに削減されるであろうから騎兵の機械化は不可避……という方向性は、1921年の公式書類に既にみられます。まだ騎兵たちが生きているころに広範な聞き取り調査をやった研究の著者によると、予算とか騎兵たちの抵抗とか、ましてリデル=ハートが示唆したような偉い人の無理解とか言ったことは決定的ではなくて、機械化を推進していく計画管理のまずさが、20年もかかってしまった原因であろうと言います。任務に適した兵器開発は推進すれば進みますが(〇次郎構文)、マイソフにはやはり「任務に適した器材がなかなかそろわなかったこと」を主因と見た方がわかりやすいように思えます。


 1922年、歳出削減のため常備騎兵連隊28個は20個に減らされました。例えば5th (Princess Charlotte of Wales's) Dragoon Guardsと6th (Inniskilling) Dragoonsを統合して5th Royal Inniskilling Dragoon Guardsにしたように、16個連隊を8個連隊に整理してそれぞれの伝統を引き継ぐこととしたのです。さらに機械化が追いかけてくるはずでしたが、1928年に2個騎兵連隊(11th Hussarsと12th Lancers)が装甲車装備への転換を始め(馬がいなくなったのは1930年)、そこでまた止まってしまいました。12th Lancersは当時エジプト配備で、砂への対策に苦しんだと言います。


※1929年9月、11th Hussarsはロールスロイス装甲車22両、ランチェスター装甲車6両を所有していました。どちらの車両も日本語版Wiikipediaに項目がありますが、ランチェスター装甲車は英語版記事にも参照文献がないですね。ランチェスター装甲車は戦間期型が6輪、大戦中のものが4輪ですので、キットを買う方はお間違えの無いように。


 いっそ騎兵士官を全部、戦車兵に転科させてしまえという意見はありました。しかしそれは連隊削減を「統合」で済ませたように、連隊に強い愛着を持つ騎兵士官や、衛戍地地元の有力後援者たちのことを考えると踏み切れませんでした。それに名前だけ変えても、一気に転換する先の車両はないのです。


 機械化が進まないひとつの理由は、道路事情の悪い地域の治安任務で、まだ自動車が騎兵を代替しきれないことでした。具体的にはインドや……そう、アイルランドです。ですから、豆戦車や軽戦車が登場したことは、「これで不整地能力を得て機械化できるのではないか」という期待につながりました。もっとも軽戦車はとりあえず、まともな戦車を買ってもらえない戦車連隊に配備しないといけないのでしたが。


 最初の軽戦車Mk.Iはインドでテストされ、配備が見送られるほどのダメ出しを受けました。この間、ヴィッカース「16トン戦車」に続いて1928年試作完成のヴィッカース「6トン戦車」も価格が折り合わず、イギリスでは売れませんでした。世界大恐慌にジュネーブ軍縮会議と、冬の時代が続きました。


 冬の後には春が来ます。この場合は春と呼んでいいかどうか……来たのはヒトラー政権でした。1934年、イギリス政府は軍拡に大きく舵を切りました。陸軍は後回しとはいえ、「騎兵の将来像」というふわふわした議論しかできなかったものが、「イギリス大陸派遣軍の構成」という具体的な話に変わったのです。


 じつはヴィッカース・ドラゴンの発展は、軽戦車の車体を流用するなど、軽戦車の発展とリンクしていました。そして1934年、小型の車体に画期的な高出力のMk.IIIが登場したとき、これを騎兵用車両にして不整地を克服しようと考える人たちが出てきたのです。


 ところで機械化歩兵の任務は何でしょうか。どうも騎兵の生き残りへのヒアリングでは、部隊内でそうしたドクトリンを更新する話は一切なかったようなのです。何に乗っていても俺たちは騎兵だと。


※1935年に自動車化騎兵旅団を作る話が出て、結局実現しなかったのですが、その任務としては(1)偵察と警備(2)遅滞戦闘、側面防御、機動予備、撤退支援(3)特別任務と襲撃が想定されていました。


 まあむしろ、そういう意識だからこそ、軽戦車を真っ先に受領した3rd Hussarsの連隊長から上がった報告は重いものでした。騎兵の任務には、ひとりと1頭まで刻まれて薄いスクリーンを張るようなものもあるが、大勢が1両のトラックに乗ってしまってはそれはできないぞ……と連隊長は指摘したのです。


 さあ、ようやく騎兵を機械化する、すべてのユニットが揃いました。まず軽戦車と、いくらか補用としてあてがわれた豆戦車。そしてヴィッカース・ドラゴンから発展した機関銃運搬車。いくらかのオートバイが伝令用に配備されました。


 騎兵部隊のスカウトキャリアは無線機を搭載して最低限の乗員で「ひとりと馬1頭」として働き、敵情報告を上げ(豆戦車に「偵察任務」をやらせて、無線機がないので報告が間に合わないことが、戦間期の演習で何度か見られたようです)、キャバルリーキャリアは細い板の座席を車両の外側にまで広げて精一杯(操縦手、機銃手以外に6名)の騎兵を運びました。非装甲兵員輸送車(布製カバーあり)ですね。歩兵大隊の支援(重装備)中隊に配備されたブレンガンキャリアは、弾薬運びを兼ねた火力支援車となりました(銃撃戦になるようならなるべく降りて車両を退避させろと指導)。1個分隊を運べるSd.Kfz.251と違って、4人で戦闘するブレンガンキャリアは3両で1個分隊でした。これらは第2次大戦中に、統一車体で生産性を上げることになり、ユニバーサルキャリアになりました。


※ブレン軽機関銃自体、この時期には新兵器で、ようやくルイス軽機関銃とお別れするときが来ました。チェコスロバキア製ZB26(MG26)の兄弟銃なのは皆様ご存じの通り。銃身交換システムを持たないので、イギリス陸軍は連続射撃ができるヴィッカース水冷重機関銃を捨てきれず、歩兵師団の直轄機関銃大隊に12丁×4個中隊を3/4トントラックとともに配置しました。ヴィッカースキャリアも初期には存在したようですが、トラック装備に統一されました。


 まあ、大戦直前のイギリス機甲部隊にあんなに軽戦車が多い事情は、こういうことです。騎兵連隊の機械化は1934年以降急速に進み、第2次大戦が始まるまで転換が始まっていなかったのは2個連隊だけでした。


 長い長い戦間期イギリス機甲部隊のお話は、まだふたつ残っています。ひとつはあのハンバー偵察車のような、ちょっと不思議な偵察装甲車群。もうひとつは、歩兵戦車や巡航戦車が生み出された事情です。次で一気に片づけたいと思います。


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