土木作業員ですがとりつかれました
黒いやつは何をしているんでしょう?
どんなところなんだろうな、今度の現場は?
土木作業員、三津谷 ハミルは紫世界への異次元門を前に拳を握った。
「希望に満ちあふれた旅立ちだね〜」
黒いローブに顔部分は暗く黄色の目? が2つ灯る謎の手のひら大の物体がマグカップに抹茶とミルクを入れてクルクルまわしながら宿舎の小さな机に突っ伏すハミルに答えた。
おかしい、こんなはずじゃなかった。
黒いやつが緑茶ラテのマグカップをおいた、ハミルは顔を上げてマグカップをもち一気飲みした。
「素晴らしい古都の石畳の補修工事の公共事業は良いんだ、充実してる……だけど食生活が合わないんだ! 」
芋が主食ってなんだ〜、ソーセージとかベーコンとか確かにうまいし、芋パンケーキも揚げ芋もうまいが……なんでいつも酒と一緒なんだぁ〜、仕事で石畳剥ぐと遺跡は出てくるしよ〜ハミルは叫んだ。
古都だと、工事をしてて遺跡が見つかると埋めちゃうこともあるみたいだよ〜と黒いやつは急須に緑茶の葉を入れた。
それはだめだろう〜と明正和次元からの出稼ぎ? 土木作業員は黒いやつを見上げた。
紫色の空が特徴の紫世界にある古ハタヤ王国は寒い北国なので寒いところでもよく取れる芋と畜産や酪農が特産である。
よって主食は芋、家庭の味はチーズや野菜が入った芋パンケーキや揚げ芋などで、ソーセージやベーコンも焼いたり煮込んだりゆでたりして食べられている。
そして寒い北国故にほとんどが酒豪なのである。
そんなところにやってきた独身な土木作業員は面倒見の良い先輩や上司に飲みに連れて行かれたり、家庭に夕飯食べに来いと誘われたりしているようである。
「さそってくれるのはありがたいんだが……俺はお米の国の人なんだ〜、米くいてー」
ハミルは小皿に置かれた塩せんべいにかじりついた。
「明日は焼きおにぎり弁当にするね」
黒いやつが目の前に緑茶を差し出した。
俺は日本人なんだぁ〜と短い金髪に青い目のハミルは緑茶をすすった。
日本より外国の血筋が多いけどねと黒いやつが横に揺れた。
ハミルは日本人? の血を引く母親と全く外国人? な父親の間に生まれた、明正和次元人らしく人間族だけの血を引いてるわけではないが、人型種族なので肩口までのゆるくせっ毛の金髪は普段はひとまとめで青い目の引き締まったイケメン寄りの青年である。
そういえば、なんでこんな出汁香る黒いやつが俺の宿舎にいるんだとハミルは緑茶を受け取り小首をかしげた。
「彼女よりよっぽど面倒見られてる気がする……まあ、俺がやらなすぎて振られたんだがよ」
「必要なら料理教えるよ〜、グーレラーシャ料理とかもできるよ〜」
小さい箒をだして黒いやつは煎餅のカスを集めた。
ハミルは料理も洗濯も掃除も同棲中せず、結婚秒読みだった彼女に振られ、傷心もありここの仕事に応募したようだ。
なんでグーレラーシャ料理なんだ?
一番近い、同僚がグーレラーシャ人についてるからつい、風翼世界料理とか日本料理とかスペイン料理とか色々網羅してるから教えられるよ〜と黒いやつが箒をクルクル回した。
……ま、まあ考えとく……明日も頑張るかとハミルは立ち上がった。
本当にいつこの黒いやつにとりつかれたんだろうと思いながら……
古ハタヤ王国はハタヤ竜人国に領地を半分以上取られできた国であると言われている、上層部はハタヤ竜人国の竜族たちより土地を取り戻そうと画策してみたり返り討ちにあったりしているようであるが、国民は平和そのもので、古都ハルゼーヌと呼ばれる元王都は掘れば遺跡が出ると言われるほど遺跡が多い。
古都は千年以上前の元都で分厚い石造りの民家や神殿、旧王宮が立ち並んでいて、観光客が押し寄せてくる、その足元は石畳で覆われている。
その石畳を剥がして今は近代化の過渡期に設置されて立っている電信柱等のインフラを地中に埋めて古都の美しい景観を取り戻して観光客をもっと増やそうという公共事業なのである。
そもそも、石畳自体も歴史ある貴重品でそうそう乱雑に扱えないので重機もあまり入れられず手作業も多いのである。
本日もハミルは薄青色の作業着を着て石畳剥がしである。
今日も空が紫だなぁとハミルが見上げると汗が流れた。
紫世界は光の関係でナチュラルに空が紫なのである、そしてよるは深緑で月がたくさんあるのである。
ハミルが汗を首に巻いたタオルでぬぐっていると近くで作業していた土木作業員が顔を上げて笑った。
「ハミルよー、今日はうちに夕飯食いに来い、カミさんからも誘えって言われてさ」
「ええー?悪いっすよ」
笑いかけ、食事に誘ってくれた茶色の刈り上げ髪に茶色の目のいかつい顔の筋肉質のベージュの作業着のおじさん土木作業員ガゼイ先輩とハミルは掛け声をかけて石畳を傷つけないように慎重に外した。
「遠慮するなって、でも娘は嫁にやらん」
「娘さん、幼児じゃないですか? 」
そう言いながらハミルとガゼイは石畳を慎重に置いた。
まあな? 遠慮なくこいよーカミさんが新作パンケーキとか準備してるって言ってたし、芋酒を酌み交わそうぜとガゼイ先輩は肩を叩いた。
その芋酒が問題なんだよなとハミルは内心ため息をついた。
芋酒と言ってるがなぜか発泡芋酒で地元民は心の酒なのであるが、心だけ? 日本人なハミルにはきついのである、芋焼酎は大丈夫なのになぜだと初めて飲んだ次の日二日酔いでぼやいて黒いやつに水を渡されたらしい。
芋パンケーキはうまいが米〜と心の中でハミルはさけんだ。
「お嫁さんなら家の娘どう? 仕事一直線で家事とかしないしできないけど、ハミルちゃんにのしつけてあげるよ? 」
砂利を運んでたクルクル髪の赤い髪をスカーフでまき、桃色の目でグレーの割烹着みたいなのを赤い作業着の上に着たおばちゃん土木作業員ビーナさんが話に加わった。
ほらあそこで石畳を凝視してる一団にいるよと視線を考古学者やその他諸々の学者中心に構成された人々に視線を向けた。
確かにビーナさんと似た赤いクルクル髪のカーキ色のブラウスとズボン姿の女性が石畳を裏返して見ている。
うーん、仕事熱心なのはいいけど……なんか遺跡談義とかできないしなとハミルは思った。
「ち、埋め戻すか? 」
おじさん土木作業員ロンさんが出てきた遺跡に顔をしかめた。
遺跡が出てくると調査終了まで工事ができないのである。
おのずと工期が伸びてしまうので埋めてしらばっくれたいところである。
「ロンさん、駄目ですよ」
「ハミル、だってな」
工期が遅れると色々面倒がよ〜と先輩土木作業員はヘルメットの頭をかいた。
「遺跡は人類、いえ世界からのメッセージ、宝物、埋めてないでください! 」
ビーナさんの娘さんが早足でやってきた。
「ぐ、グローナちゃん、ちょっと思っただけだよ」
ロンさんがシャベルを盾にたじろいだ。
ここは古ハタヤ帝国時代の帝都の貴重な遺跡が埋まってるんです、埋め戻すなんて犯罪です、世界の損失です、大罪です。
グイグイとロンさんに迫る考古学者グローナさんを横目にあんな娘だけど本当に嫁にどう? とビーナさんがハミルに真剣な眼差しで迫ってきた。
えーとそのあの……とハミルはあいまいな日本人? スマイルを浮かべて後ずさった。
「ビーナさん、そりゃ強引だぜ〜、ハミルも料理上手な嫁がいいよな? 家の娘はやらんが夕飯は来いよ〜」
「何ってるのさ、優良物件は早いもんがちさ」
ガゼイ先輩とビーナさんが言い争ってる向こうで当の娘さんはこの素晴らしい帝国様式の石畳が……とロンさんに言いつのり、仲間? の考古学者らしき人たちも集まっている。
うーん、ビーナさんの娘さんはともかく自分の幸せのためには、料理とか家事とか覚えた方がいいかもしれんとしゃがみこんでハミルは石畳を剥がした。
「任せて、僕が全力で教えるよ」
「わぁ〜なんで思っただけなのに〜」
突然、空中にあらわれた黒いやつにハミルは尻もちをついた。
「何言ってるの? 僕はあなたの一部です」
黒いやつが空中で胸? を張ったのを見ながらいつの間に一部になったんだとハミルは呆然とした。
何はともあれ、その後もハミルは古ハタヤ王国で元気に黒いやつに世話をやかれながら、料理が合わない〜酒も合わない〜米〜……といって料理を教わりつつ生活してるようだ。
ところ変わって明正和次元のとある精神科病院の外来診察室でに性別不詳? の青年か中年かわからない黒髪、青目のチェックのシャツとデニムのズボンで診察室にこしかけていた。
「紫世界の次元門の前で仕事、頑張るぞ〜と拳を振り上げてるのをみて微笑ましいけど、心配だなって思ってしまっただけなんです、それなのに……」
なんで出汁ソードがと一応青年? ソード•ソーサリーが両手を顔に当てて前にうつむいた。
また来たのかと思いながら医師はカルテから指を前に組んで向き直った。
「……そうですか、まあ、次元門の前でそれを見ればちょっと心配かも」
次元門とは明正和次元以外の世界に渡れる常設の異世界移動門である、紫世界行きだけでなくいくつもあり、もちろん多次界に別れている明正和次元の次界同士をつなぐ門も多数あるが、新しい世界への扉の前で拳を付きげてる若いモンが気になるのはわかる気がするとおハゲの精神科医、森河 慈雨は少し思った。
「本体〜センセーの髪がぬけちゃうからあんまり変な話しないでよ〜、まあ、僕は別に良いけどー、でも名言だよね、僕はあなたの一部ですってさ〜」
黒い昆布や海藻でできたようなローブに顔の部分に黄色い目のような2つの光の灯る手のひら大の何かが手ぬぐいで剥げてる頭頂部を磨いている。
「名言って……」
「僕もセンセーの一部になろうかな? 」
黒いのがブラシを出した。
一部ってカツラにでもなるのかとはからずも患者も医師も思った。
「これ、なんとかしてください」
「出ちゃったものはどうにもなんないです、ほんとにどうしたらいいんですかね〜この間も出てきちゃったし……」
再びソードが顔を手に当ててうつむいた。
どうにもならないんじゃないかと医師は思ったがとりあえず口はつぐんでおいた。
その上を嬉しそうに残った頭髮をブラッシングする黒いのが舞い踊る、とってもシュールな診察室だったと介助についた看護師が後に語った。
ソード•ソーサリーと森河 慈雨医師との付き合いはまだまだ続くようである。
読んでいただきありがとうございますヽ(=´▽`=)ノ




