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閑話 アルフェンルートお手軽クッキング2

本編49~50話辺りの閑話(前閑話の続編)

※クライブ視点



 先日、アルト様から人参1本を頂いた。

 正確には僕にではなく僕の馬への礼、ということだったけれど、あの時からとある疑惑が浮かんでは消えない。

 いくらなんでも馬への礼の為だけに人参を手に入れられたとは思い難い。アルト様の場合、御礼というなら馬が喜びそうな相応の量を用意しそうだと思う。あの方は、御礼に関しては結構大盤振る舞いをする。希少そうな本もあっさりと渡すし、ポテトチップス用のじゃがいもは大箱で贈られていた。

 しかし今回、渡されたのは1本だけ。

 考えるに、たまたま1本だけ手に入れてしまったので、体よく僕(の馬)に押し付けたように見えなくもない。

 それというのも僕に人参を渡したとき、妙に清々しい顔をされていた。それは借りを返してすっきりしたというより、人参から解放された、と言わんばかりだった。


(でも皇子が人参をたまたま1本手に入れるって、どういう状況だ?)


 最初に感情の読めない表情で「私のおやつです」と言っていたけれど、あれは冗談なんかではなく本当だったんじゃないのか。絶句した僕を見て、悟ったように「嘘ですよ」と付け加えたように見えた。

 当然ながら、皇子のおやつが人参まるごと1本というのは普通はありえない。


(虐げられてるんじゃないだろうな)


 以前、林檎も躊躇いなく丸齧りしようとしていたぐらいだ。そういうことが珍しくないとも取れる。

 後宮というのは閉じられた場所だ。その中でどういう生活をしているのか、僕らには一切見えない。日々あんなものをあんな風に食べさせられているんじゃないだろうかと思いついてしまったら、不安が胸の中で膨れ上がった。そう考えたら、食欲が湧かずに痩せていることにも得心がいく。

 これは早急に確認すべき事態だ。


 ――そんな風に気持ちが逸っていたのが悪かった。


「アルト様。今日のおやつは何ですか?」


 おかげでいつものように医務室まで散歩にやってきたアルト様を見かけた時に、声の掛け方を間違えた。

 顔を見るなり唐突に行き先を遮られ、詰問される形になったアルト様が息を呑む。咄嗟に持っていた籠を守るように抱え、眉を顰められた。


「今日はクライブの分はありませんよ?」


 整った顔には、『堂々とたかりに来るとはいい度胸です』と書かれている。警戒心たっぷりな反応をされてしまった。

 違います。誤解です。単に今日も人参丸ごと1本的なものではないかを確認したかっただけですッ。


「そういうつもりで聞いたわけではありません」


 咄嗟にそう言ったものの、台詞だけを聞けば強請りに来たようにしか聞こえなかった。胡乱な眼差しが胸に痛い。誤解された羞恥で少しだけ耳が熱くなったような気がする。

 しかし、どう誤解を解いたらいいだろう。

 もしかしたら当人が人参を丸齧りするほど大好き、という可能性がないわけでもない。お気に入りの自分のおやつを、ふと思いついて僕(の馬)に分け与えてくれたかもしれないのだ。

 よくよく思い返してみれば、アルト様はいつもスラットリー老とお茶をしている。そこでおかしなものを出せば、スラットリー老から後宮に苦言が行くだろう。

 となると、僕が早合点している確率の方が高い。

 なんと説明したものかと狼狽している内に、アルト様が小さく息を吐き出した。


「お昼を食べそびれてしまったのですか? 残念ながら、今日のおやつはお腹が膨れるものではないです」


 勝手にお腹を空かせていると勘違いしてくれたらしく、持っていた籠に掛けられていた布を取る。僕の分はないと言いながらも、哀れに思ったのか分けてくれるつもりらしい。

 なんだかんだ言いつつ、この方は甘い。それともそれぐらいには心を向けてくれているのかと思うと、胸の奥がじわりと熱くなる。

 しかし、すぐ後でアルト様が告げた言葉でそれどころではなくなった。


「今日はきゅうりなので」

「きゅうり!?」


 ぎょっとして籠の中を覗き込んでしまった。

 そこには言われた通り、乱雑に切られたキュウリが皿に乗っている。今日は切られているだけマシ、と思うべきか……。

 いや、駄目だろ。皇子のおやつがキュウリって。確かに暑さの増してきた今なら口当たりはいいけど、それにしたって。


「クライブはそんなにキュウリが好物でしたか?」


 慄いて確認しただけだが、食いついたと勘違いされて引かれてしまった。

 そこまで好物でもない。だというのに、皿に乗っているそれが美味しそうに見えて困る。たかがキュウリ。キュウリのはずだ。けれどつやつや光っていて、妙に食欲をそそる匂いまでする。

 思わずごくりと喉がなった。


「……美味しそうな匂いがしますね」


 素直に告げれば、目を細めて少し得意げな顔をされた。

 それはあまり見ない表情で、ちょっとドキリとさせられる。いやでも、それは変な意味でなくて。こうやって素の表情を垣間見せてくれるようになったことが嬉しいんだ。

 いや、それもそれでどうなんだ。

 なんてことを近頃は毎回のように必死に脳内で言い訳している自分がひどく間抜けに思える。


「塩もみしてゴマ油とゴマを和えてあります。塩コンブがあれば完璧でしたが、内陸部だからか手に入らなくて」


 そんな僕に気づいた様子もなく、アルト様はしみじみと「ごま油があっただけ御の字ですね」と呟いている。

 なぜアルト様がこんなものの調理法を知っているのか謎だ。僕だって知らない。この方は一体どんな本を読んで過ごしているんだ。世界中の料理でも調べているのか。何を目指しているんだ。

 というか、やっぱりこの方は自ら進んで食材を手に入れて加工している説が浮上してきた。あの人参はきっと加工前だったに違いない。

 そのことに、少しだけ安堵する。


(別にアルト様が虐げられていたとしても、以前の僕ならどうでもいいと思ったはずなのにな)


 本来ならば手の届かない場所まで気に掛けてしまうほど、いつの間にか自分はここまで魅せられてしまったのか。

 いや、子どもが虐げられていたら誰だって心配する。そんな言い訳を何度自分にしただろう。そろそろ苦しくなってきた。

 いけない傾向だと思うのに、つい気持ちが引っ張られる。自分でも知らなかった自分の性癖を、まだまともに受け止めきれない……。

 

「酒の肴に最適なので、メル爺が喜んでくれそうだから作ってもらったのですが……そんなに欲しそうにされては仕方ありません」


 唇を引き結んで見ていた僕をどう誤解したのか。いや、誤解してくれた方が勿論いいのだけど、アルト様が残念そうに眉尻を下げつつ籠を差し出してきた。


「その辺にいる方々とどうぞ。近衛の制服は黒だから暑そうですし、熱中症になられても困りますから。こまめに塩分と水分と休息を取ってください」

「それは、お気遣いありがとうございます」


 そう言う本人は今日も一切着崩すことなく涼しい顔をしている。でもやはり暑いのか、じわりと首筋に汗が滲んでいた。


「!」


 光を弾いて煌めくその白い肌に、一瞬目を奪われたなんて。

 誤魔化すために視線を籠に落とし、咄嗟に受け取る自分の心臓がやけにうるさい。聞こえてしまうんじゃないかと気が気じゃない。

 アルト様は暑さに耐えられなくなったのか、さっさと踵を返して医務室へと消えた。その背を見送って、思わずその場にしゃがみこみかけた。

 加速するばかりの感情は、いつか自分の手を離れて暴走しないだろうか。

 そんな不安を自分が抱く日が来るなんて。



2019/04/24 活動報告投稿文再録

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