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2 なんでダメ出しされてるんだよ

「さて、妹よ。ちなみにお前その土曜日は、どんな服装で行くつもりかね?」


 服装ー?? 何だよ唐突に。


「えーと……なんらかのTシャツと短パン……」

「はい、ブッブー」


 武兄ちゃんは腕でばってんを作った。なんでダメ出しされてるんだよムキーッ!


「洋海と会うのは五ヶ月ぶりで、高校生になってからは初なんだろ? 中坊の時と同じノリでどうする。ここはあれだ。『高校生らしく成長した姿で登場して洋海をびっくりさせちゃおう♡ 』くらいの意気込みでのぞみなさいそーしなさい」


 はー?? 高校生らしく成長した姿って……


「そんなのどうすれば……」

「もっと、女子力を、上げた格好で、行きなさい」


 武兄ちゃんは穏やかに微笑みながら、一語ずつゆっくりと、噛んで含める様に言葉を発した。なんだろう。無駄に凄い圧力を感じるのだが……気のせいか?

 武兄ちゃんを援護するように、健司郎も言葉を重ねてくる。


「北斗が女子らしい可愛い格好で現れたら、洋海くん喜ぶよきっと!」


 ……女子らしい可愛い格好。


 それは以前の俺なら鼻で笑っていたワードであるが、今の俺にとっては一考の余地がある言葉だった。

 夏休みに入る前。俺と同じバスケ部の一年生である井上いのうえ りくという男から、こんなことを言われていたからだ。



「五十嵐はさー、自分が女なんだってことをそんな否定すんなよ。持って生まれたものを否定していたら、苦しくなるだけじゃん」


 それは衝撃の発言だった。

 いや、俺も自分では無意識で、言われてみて初めて認識したんだけど。俺はどうやら昔から、自分が女子であるという意識が低かったようで。なんか物心ついた時から武兄ちゃんと健司郎が近くにいて、三人で遊びながら育ったし。幼稚園も小学校もそのノリだったから、男子とつるむ方が自然だったというか気楽だったというか。


 でもそんな日常が、中学生になった頃から少しずつ変わり始めた。

 男子は男子らしく、女子は女子らしく。

 成長するにつれ、男子と女子が行動を共にするなんてことはどんどん少なくなっていく。実際俺も女子バスケ部に入ってからは、女子と行動する機会も増えた。女子トークに感化され、バレンタインチョコを渡すなどという女子的イベントに初めてトライしたりもしたし。別にそういう変化を嫌だとか思っていたわけではない。俺なりに、自然に順応していたと思う。


 だが、俺にはどうやら一つだけ……変えたくない事があったらしい。

 それが、洋海。

 洋海の隣に、居られること。

 俺はそれを失う事を、ひどく恐れていたみたいで。

 どんどん男子らしく変化していく洋海との距離が、これ以上離れないように。自分が女子らしく変化することに、無意識に抗っていたようだ。洋海とは高校が別々になってしまった寂しさもあり、焦りも重なっていたのだろう。なんだかそれで苦しくなってしまっていて。


 井上の一言は、そんな俺の心の縛りをほどいてくれるものだった。


「五十嵐はヒロミ君自身が好きで一緒に居たんだろ。だったら性別の違いが理由で距離が離れるなんてことは無いはずだろ?」


 井上は俺にそう言ってのけたのである。


 いやはや、目からウロコがぼろぼろ落ちて。

 結局、姿形が変化しようがしまいが、俺が洋海自身を好きで隣に居たいって気持ちは変わらない。

 女子らしく変化していく事が自然なら、その姿で隣に居ればいいんだ。俺が俺である事に変わりはないんだから。

 なんだ……何も恐がること、なかったんだ……と思って。そう気付けたらすごく気持ちが楽になった。


 俺はその時、そんな風に俺の心の縛りをほどくきっかけをくれた井上は、凄い奴だなー……と感嘆して。とても同い年とは思えん、みたいな。なんかこう、井上に対するリスペクトの気持ちが溢れてしまって……思わず井上を母ちゃん呼ばわりしてしまった一件であった。うん。



 ……まぁ、それはとりあえず、今は置いておくとして。


 そんなこんなで俺はちょうど最近、“俺もちょっとは女子力を上げてみようかなぁ”というモードだった訳である。

 自慢じゃないが、俺の女子力は今のところ低い。なんかこう、スカートひらひら~とか、まつ毛バサバサ~とか、巻き髪ふわふわ~、というような。「ザ・女子」的な盛り要素を現時点で一切保有していない。


 ちなみにだが洋海側の男子力についてはおそらく全く問題無いと思われる。あいつは昔から好感度高めで柔らかく微笑む爽やか系美男子だ。黙って立ってるだけで安定して肉食系女子が数人釣れてしまうという、ハイスペック感が炸裂している奴であるからして。


 むぅ……これはいかん。


 実は武兄ちゃんと健司郎の提案は、渡りに船、というやつでは?

 あと何げに健司郎の言った「洋海くん喜ぶよ」発言は、洋海大好きっ子な俺が食いつくには充分だった。


「兄ちゃん、健司郎。俺今度の土曜日……女子力上げた格好で行ってみたくなったんだけど……どうしたらいいかな?」


 俺はちょっと赤くなりつつモジモジしながら、武兄ちゃんと健司郎に助力を求めたのだった。


 武兄ちゃんは俺の見てない所でニヤリ、と一瞬黒い微笑みを浮かべた後にニカッと清々しい笑顔を上書きすると、キッチン方面に向かって声を張った。


「母ちゃーん! ちょっと来てー!」


 キッチンで何やら昼食後の洗い物をカチャカチャしていた母ちゃんが手を拭きながら「何ー?」とやってくると、武兄ちゃんは母ちゃんの耳元に口を近付けて何やらボショボショと語り出した。

 武兄ちゃんの話を聞いているうちに、なぜか母ちゃんの瞳がキラリーンと輝き、俺の方を生暖かい目で見つめ始めたんだが……なんなんだ。


「あらあらあら~? ついに北斗もオシャレする気になってくれたのね~。やだめっちゃ面白そうな企画じゃなーい! うっふっふ……それはあれだわね、北斗。明日にでもお母さんと一緒に勝負服を買いにレッツラゴー、だわねっ」


 母ちゃんのテンションが何やら急上昇してしまった。まぁいいか。それはそれで楽しそうであるし……と、俺が思った時だった。


「俺も同行する。異論は認めない」


 武兄ちゃんが、突然カットイン。


「なによー、武。せっかくお母さんと北斗の女子水いらずでお買い物しようと思ってるんだからー。付いてこないでよーう」


 母ちゃんがぶーぶー不服を申し立てた。

 ちなみに五十嵐家では「性別が女で人間だったら全て『女子』呼ばわりする」という家訓が設けられているため、先程の母ちゃんの台詞に対して「女子って歳じゃねーだろ!」などという無粋な突っ込みをかます者は誰もいない。


「母ちゃん、分かってんのか。相手はあの、洋海だぞ? あいつの年季の入ったムッツリ欲求を正しく満たす服装の選択が、そんじょそこらの女子に見極められる訳ねーだろ」


 武兄ちゃんは何やら不可解な台詞を並べたてた。

 な、なんて??

 俺にはさっぱり意味が分からなかったので、母ちゃんの方を見ると、母ちゃんもまぁまぁキョトンとしていた。


「えー、何言ってんの。洋海くんは礼儀正しい爽やか好青年よー?」

「母ちゃん、甘いね。洋海が昔うちの父ちゃんに借りて読んでのたまった、例のバスケ漫画の感想の真の恐ろしさ分かってんの? 普通に男子的好感度上げるだけだったら『あかぎせんぱいが好きです』とか言うだけで充分なのに『こぐれせんぱいが3ポイント決めるシーンが好きです』、だよ? あの感慨深〜い名シーンを挙げてくるとは」


 武兄ちゃんは目を伏せてフッ、と苦笑した。


「父ちゃんからの『こいついい奴認定』を確信犯でもぎ取りに来ている。あざとさレベルの高さに戦慄すら覚えるわー。爽やか好青年とかちゃんちゃら可笑しいわー。つまり“あざとさ”と“ムッツリ”を兼ね備えたあの男にウケる服装、という難易度の高いチョイスを正しく見極める為、俺様が同行するのである。以上」


 武兄ちゃんが説明すればするほど母ちゃんは「??? 」とキョトンな様子であったが、とりあえず武兄ちゃんの気迫だけは伝わったらしい。まぁ、俺が言うのも何だが母ちゃんは小難しい話はさっさとスルーするタイプなので。


「しょうがないわねぇ、もう。じゃあもう面倒くさいから健司郎も連れて、明日はまとめて四人でショッピングにレッツラゴーするわよっ」


 と、結論を出した。俺も異論は特に無かったので、その旨に同意したのであった。

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