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6 咲くといいな

 俺は駅前のコンビニで購入したシャケおにぎりを食べながら、ひとしきり洋海と他愛のない話に花を咲かせた。

 高校はどんな感じ? とか、部活はどう? とか、そんな話。


 俺がペットボトルのお茶を飲んで一息ついた時、洋海からさらりと質問がきた。


「ちなみにイノウエ……君? 同じバスケ部の一年て人。どんな人なの?」


 俺はレジ袋からウメおにぎりを取り出しながら、ぷくっと頬を膨らませ、少々しかめっ面になる。


「んー、ポイントガードなんだけどね。全体の動きを見るのに長けた頭良いやつだよ。手先も器用だし。そんで身長高めでけっこうイケメンだからさー、多分モテるし。気のせいか、なんか無駄に上から目線つーか、俺の事わざといじって面白がってんじゃね? みたいなイラッとするところもあるんだけどさっ」


 俺は井上のキャラを思い起こし、おにぎりの包装をぴりぴり剥がして海苔を巻き巻きしながら、語気を強めてしまう。


「……でも、相手のことを良く見てて、根は優しくて……空気読むのとかめっちゃ上手くて、凄い奴……だな。うん」


 俺はいつぞやの痴漢事件の時、井上の胸で泣かせてもらった件やら、無理に強がっていた俺を叱ってくれた件やらを思い出し、最終的には井上を褒め称えていた。ちょっと照れつつ頬が赤くなる。

 俺は照れを隠すように、ウメおにぎりにパクッとかぶりつき、もぐもぐ咀嚼した。


「へえ……北斗が『凄い』っていうなら、相当凄い人なんだね」


 ん?

 俺は洋海の声のトーンが少し低くなったような気がして、ウメおにぎりを食べながら、右隣に腰かけている洋海の顔をちらりと見上げた。

 洋海は正面を向いたまま、柔らかく微笑んでいる。

 あれ。ちょっと不機嫌化してる……かも。ホントに笑ってない時の洋海だ。なんだろう。


「いや俺、『凄い』なんて洋海にもよく連発してるじゃん」

「僕の場合は北斗の中で『特別枠』化してるからね。またちょっと例外なんだけど。……アナタ自覚無いかもしれないけど、興味無い人だったら同じクラスでも名前も顔も覚えないという……けっこう酷い人デスカラネ?」


 えええっ。かなりドライな人の洋海に言われたくない!


「そんなことないぞ! 俺は酷い人じゃないぞ!」

「……じゃあ、中三で同じクラスだった人の名前どのくらい言える?」

「はあ? ついこの間のことじゃんか。えーと……」


 綾部あやべくん……は洋海の事だから、次がええと……ええと……あれ?


 俺は自分で自分に愕然とし、さー……っと青ざめた。


「ほらごらん」

「まじか……全然出てこねぇ……」

「うん。北斗は他人ひとに対して分け隔ても無いけど深入りもしないから。大体いつも新しいクラスに変わった時点で、離れた前クラスの人とか綺麗に忘れますからねー、アナタ。なかなか酷いよね」


 な、なんてこった……。毎年女子から貰ったバレンタインチョコを帰宅後に無表情で可燃ゴミの袋に黙々と突っ込んでいる洋海から「酷い人」呼ばわりされるとは……


「ううう……」

「まあまあ。五十嵐家の俺様属性な血が流れてるんだから、その辺は仕方ないじゃない。だからつまり、さ。北斗が誰かを『凄い』っていうのは、北斗の中でよっぽど凄い人なんだな、ってこと」


 なんか全然フォローになってないことをしれっと言われてる気がするんだけど……むむむ。俺が洋海に口で勝てるわけがないので反論は諦めた。


 よっぽど凄い、か。まあ、確かに……


「……井上は、俺が無意識に自分の気持ちを縛って苦しくなってたのを、ほどくきっかけをくれた奴だから。そのお陰で俺、気持ちが凄く楽になったし、それを今日洋海に伝えることも出来たし。だから井上には、感謝してる。確かに、思ってるよ。凄い奴だなー、って」

「……まあその点に関しては、僕も個人的に、感謝したいけどね」


 洋海はため息をついて苦笑すると、ペットボトルのお茶を一口飲んだ。

 なんだろう。口調は穏やかなんだけど……トーンが低いというか……やっぱりちょっと不機嫌化してるような。


 洋海がしばらく沈黙したので、もうこの話は終わったのかなー……と俺が思った頃に、洋海がポツリと呟いた。


「北斗はけっこう、好きだよね……イノウエ君のこと」


 うん?

 ……うん。それは井上にも言ったんだけど。


「うん。すげー好きだよ? 俺の母ちゃんになって欲しいって思っちゃったくらい」


 それを聞いた瞬間、洋海は盛大に吹き出した。

 顔を真っ赤にして口元を手で押さえ、必死に笑いを堪えている。

 おおお。珍しい。これはホントのホントに可笑しくて笑っている時の洋海のリアクションだっ。

 良かった。不機嫌化はどっかに行ったようだ。

 洋海がホントに笑うと、俺もホントに嬉しい。


 しかし、あれだな。

 俺がこの台詞を吐いた時、井上には激怒されたのに、洋海には爆笑されている……。正反対のリアクションなのはなんでだろう?? うーん、ミステリー……


 気がつくと辺りはかなり暗くなり、周りはレジャーシートに座って雑談する人々で溢れていた。暑さも大分遠のき、時折そよそよと風が流れるので、浴衣の俺にはありがたい心地よさだ。

 藍色に染まりつつある空に、もうすぐ咲くのであろう大輪の花を待ち侘びて、ワクワクしてしまう。


 俺は洋海の笑いが収まった頃合いを見計らって、洋海の顔を覗き込み、声をかけた。


「早く、咲くといいな」

「咲く?」

「花火!」


 俺が満面の笑みでそう言うと、洋海は俺の顔を見て、眩しそうに目を細めた。

 そうして、ゆっくりと噛み締めるように、口を開いた。


「咲くと、いいね……早く」


 洋海は俺を優しく見つめたまま柔らかく、微笑んだ。


 その微笑みがあんまり綺麗だったものだから、俺は洋海の顔に一瞬、見惚れてしまって。

 何か、言いたいんだけど、何を言えばいいのか、分からなくて……時間が止まりそうになった時。



 ドォン!!



 ひゅるひゅると光が空に伸びていき、大きな金色の火花がパァーッと円形に広がった。

 人々から歓声が上がる。

 わああ……。

 俺も夜空を見上げて眼をきらきら輝かせた。


 一つ一つ、間隔を空けて単発的に打ち上げられる色とりどりの牡丹花火。空を埋めつくしてしまう程連続して咲き乱れるスターマイン。一際大きな菊花火も夜空の中に垂れ下がる。上昇・開花・引き・消え……まるで一つの物語が凝縮されたかの様な、職人技の妙。圧巻だった。

 子供の時から何度も見てきてるはずの光景だけど……何度見てもやっぱり、感嘆するなぁ……綺麗だなぁ……


 惚れぼれしながら夜空を見上げていた俺だが、その内にだんだん、まぶたが重くなってきて、うつらうつら、し始めてしまった。


 んんん……空腹が満たされて、暗くなって、風がそよそよ吹いてて、花火の打ち上がる低音の一定のリズムが心地よくて……

 慣れない格好だし、少し疲れも出ちゃったのかな……

 やばい……

 眠い……。


 ごめん、洋海……。ちょっと、だけ……


 そのまま俺はすう……っと目を閉じてしまった。


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