忠犬? 駄犬? 〜アンゼリカの恋愛事情〜
「アンゼリカさ〜ん、お疲れ様で〜す! 鍛錬ですか? よかったらこれ使ってください」
爽やかな笑顔とともに駆け寄ってきた男から手渡される、フカフカと柔らかなタオル。
「……ありがと」
ニコニコしながらこちらを見ている男に、アンゼリカはそっけなく礼を言って受け取った。
「あ、それ洗わなくていいですからね、そのまま返してください」
「そんなことできないわよ。ちゃんと洗って返すから」
「洗ったらせっかくのアンゼリカさんの匂いが……」
「お前は変態かっ!!」
「ゴフッ!!」
ニコニコ笑いながら変態発言する男の腹に、アンゼリカが拳を食い込ませる。
「とにかく洗って返すわ」
「いやぁ、アンゼリカさんのグーパンは効くなぁ」
「……人の話を聞け」
お腹を押さえながらも嬉しそうに笑っている男を呆れた目で見てから、アンゼリカは特務師団の部屋に向かった。
「新人、えらくアンゼリカに懐いてるねぇ」
先ほどのやりとりを見ていたらしいカモミールが冷やかしてきた。
新人というのは先ほどの男で、今年騎士団に配属されてきたばかりの事務員だ。
いつもニコニコとしている爽やか好青年なので、騎士・事務員問わずマスコット的にかわいがられている。
「残念なイケメンに懐かれてもねぇ」
「残念でもイケメンはイケメンよ!」
キリッとカモミールが言い切った。
「〝残念〟はついてないに限る! 私はもっとしっかりした人が好みなの。あんなチャラチャラしたのは問題外」
「ふ〜ん」
「あ〜もう。ほら早く仕事するわよ!」
「はいは〜い」
いつまでもニマニマと微笑むカモミールを追い立てて、今度のミッションの下調べを始めるアンゼリカだった。
同じ騎士団にいるから、嫌でも新人の行動は目に入る。
「お〜い、新人! 飯行くぞ〜」
「は〜い!」
「いやいや、新人はこっちで俺らと一緒に飲みに行くだんよ」
「じゃあみんなで一緒に行きましょ〜!」
仕事帰りに職場の先輩たちにご飯に連れて行かれるのは茶飯事。
「ここに置いてあった書類、どうした?」
「あ、それ、僕がさっき処理しておきました。急ぎっぽかったので」
「お〜、気が利くな! 急ぎなのに今手が離せなくて困ってたとこだったんだ、助かった」
「いいえ〜」
チャラチャラと遊んでばかりいるのかと思いきや、仕事も的確にこなしている。周りにも気配りが利く。
みんなに愛想いいのよねぇ。おバカワンコなのか忠犬なのか。
今も上司のおっさんにワシャワシャと頭を撫でられている。そんな新人の姿を通りすがりに見てため息をつくアンゼリカ。
そんな彼女の姿を見つけた新人が、上司の手を逃れてこちらにやってきた。
「アンゼリカさん? なんかお疲れのようですね?」
「……いや、別に」
「いいえ、顔色が良くありません! 最近デスクワークに集中しすぎなんですよ」
次のミッションの下調べが忙しく、ここのところ鍛錬よりもデスクワークが多くなってるのは事実だけど。
「……なんであんたがそんなこと知ってるの」
「え? だってアンゼリカさんのことならなんでも……ゲフッ!」
またしても腹に食い込むグーパンチ。
「その発言キモい!!」
「まあまあ。さ、カフェテリアに行きましょう! アンゼリカさんの好きなケーキセットおごっちゃいますよ〜」
「いやだからなんで知って……」
ハイテンションで鼻歌を歌いながらグイグイとアンゼリカの手を引きカフェテリアに向かう新人に、ため息をつきながらついていくアンゼリカだった。
ミッションの下調べがピークを迎えた頃。
書類仕事ばかりでさすがに体がなまってきたなぁと、アンゼリカが眉間にしわを寄せイライラしながら屯所の廊下を歩いていると、
「わ〜ん、アンゼリカさーん」
と、後ろから新人が泣きついてきた。
「ちょ、何よどうしたのよ」
騎士としての癖で脊髄反射的に投げ飛ばしそうになったのは内緒。気を取り直して新人を剥がして振り向くと、普段はふわふわの、少し長めの癖っ毛を、耳の下あたりで二つに結わえた姿があった。
「ぶふっ!!」
「あっ。笑った!」
その意外な姿に思わず吹き出したアンゼリカ。
「なにそれ! 新しいファッション?」
「違いますよ〜! さっきユリダリス様たちに捕まってやられたんですよ〜」
「何やってんの副団長……」
楽しそうに新人で遊ぶユリダリスや騎士団メンツの顔が容易に想像できて苦笑する。
「とってくださいよぅ」
「そのままいなよ。ちょっとかわいい感じでいいんじゃない? 案外似合ってるわよ。あははははっ!!」
「ええっ!! アンゼリカさんまで〜」
「あ〜笑った。おかしかった。じゃあね、私まだ仕事残ってるの」
「アンゼリカさ〜ん!」
その場に新人を残して後ろ手にバイバイしながら自分のデスクへと急ぐアンゼリカの眉間からは、さっきまので皺がなくなっていた。
席に戻ると、隣からアルカネットがニヤニヤしながら近付いてきた。
「今日も新人と仲良くじゃれてたわね」
「そう?」
「新人、さっき副隊長たちとワチャワチャやってたのを見せに行ったんでしょ」
「ほんと、みんなして何やってんだか」
先ほどの髪を結った姿を思い出してつい微笑むアンゼリカを、生温かい瞳で見るアルカネット。
「別に、すぐ解いたって良かったのにねぇ。わざわざアンゼリカに見せに行くなんてねぇ。おかげでアンゼリカの眉間の皺も取れて微笑みなんて浮かべちゃってるしねぇ」
「……何が言いたいの? 新人はみんなにあんな感じで愛想いいじゃない。別に私だけじゃないでしょ、懐いてるの」
「うんにゃぁ? 男どもには満遍なく懐いてるけど、女で懐いてるのって、アンゼリカだけだよ〜?」
あら意外、気付いてなかったの? と言わんばかりの顔で見るアルカネット。
そんなことない……って、あれ。そう言われてみれば、新人がいつもじゃれてるのは、騎士団メンツや職場の上司たち(※全部男)、だ。
つまり……。
「そっちか!!」
「違うでしょ!!」
すかさずアルカネットがつっこんだ。
新人が懐いてるのは私だけじゃない。私にじゃれついてくるのは、他の連中となんら差はない。ただの戯れ。
それでも悶々としながら日々を過ごしていたある日。
王宮の中庭を通りがかったところで新人が、王宮女官と一緒にいるところを見かけた。
中庭といっても広場からは影になっていて目立たない場所に二人はいた。
白々しくそばを通りすぎるのも憚られて、とっさに物陰に隠れたアンゼリカ。
なんで私が隠れる必要があるのよ。
自分で自分につっこみながらも身を潜める。
「お慕いしています。お付き合いしてください」
ギュッと指を組み、震える声で新人に告白する女官。
かわいい子じゃない。プルプル震えながら告っちゃって、私ならギュッと抱きしめちゃうわ。
私にはないかわいげだね〜、と思うと切なくなった。
当然あの愛想のいい新人のこと、『喜んで〜!』といつものように愛想全開でオッケーすると思いきや。
「無理です」
きっぱり。むしろ冷ややかにお断りを入れてしまった。
驚き目を見張る女官。……とアンゼリカ。
いつもの新人らしくないっ!! むしろ周りの空気が凍てついてる!!
顔色一つ変えずに淡々とおつきあいを断る新人を、別人と見間違えたかと思って目を擦っていると、
「あ、僕の好きな人、この人なんで」
なぜか新人はスタスタとアンゼリカの隠れているところにやってきて腕を取ると、見えるところまで引っ張り出された。
「「ええっ!?」」
女官とアンゼリカの声が重なる。
「アンゼリカ様!!」
「……あ、はい。コンニチハ〜」
「アンゼリカ様が恋敵なんて……っ! 敵うわけないじゃないですかっ!!」
「いや、それは……ドウデショウ??」
「もうっ! もうっ! いいです、お幸せにっ!!」
どう答えていいかわからなくて棒読みになるアンゼリカを、女官は涙目でキッと睨むと王宮の方に駆け出して行ってしまった。
「ええ〜っ!?」
私、巻き込まれ事故なんですけど!? と女官に手を伸ばすアンゼリカと、
「もちろん、幸せになりますよ〜」
なんて言いながらのんきに手を振る新人。
……はあ、もう。
「もうっ。人をダシにしないでちょうだい」
さりげなく肩に回されていた手をどけながら、アンゼリカはため息をついた。
「本気ですよ」
どけたはずの手が、アンゼリカの手を捕まえる。
「そんなこと、そこらじゅうで言ってるんでしょ」
解こうにもしっかり捕まえられて逃げられない。新人事務員のくせに……と、悔しくなる。
「言ってませんよ。アンゼリカさんにだけ……」
まっすぐな瞳に射抜かれた。
「あ〜、アンゼリカ様のロマンスも素敵でしたぁ〜」
瞳をキラキラと輝かせながらアンゼリカの話を聞いていたヴィオラ。
「じゃあ今から恋愛しましょうか。全力で落としにかかりますよ!」
キラキラ麗しい笑顔でヴィオラに迫るサーシス。
「あ〜、うん。お断りします」
「なぜですか!!」
「でも、お姉様方のロマンスって、みんな旦那様の方からのアプローチなんですね?」
「「「あ〜。そう言えばそうですね」」」
ヴィオラの言葉に、お互い顔を見合わせるアンゼリカたち。
「恋愛よりも仕事優先だったからかしら?」
「恋愛にうつつを抜かしている暇もなかったし?」
「恋愛より仕事の方が楽しかったから、男は二の次だったから?」
「なるほどなるほど。でもやっぱりこ〜んな美人さんたちを、旦那様たちは放っておけなかったんですね! 納得」
ありがとうございました(*^ー^*)




