友達以上? 〜アルカネットの恋愛事情〜
「この間の出張旅費の請求と、次の出張の申請……と」
ブツブツ言いながらアルカネットが王宮の廊下を歩いていた。
財務部からお金をぶん取り……げふげふ、いただきに行くところなのだ。請求漏れがないよう書類を確認しながら歩いている。
財務部の部屋に着くと、迷わず見慣れた顔のところに行く。
「はい、これ今回の請求で〜す。処理、ちょっぱやでよろしく! で、こっちが今度の出張経費の申請書」
「……ちょっぱやでって、他のもあんのに図々しい奴だなぁ」
アルカネットの声にだるそうに返事しながら顔を上げた事務官。彼は騎士団の経費の担当官なので、アルカネットや他の騎士団メンツともすっかり顔なじみになっている。しかも二人が同い年とわかってからは、すっかりタメ口で話すようになっていた。
「え〜だって今回立て替え分ヤバかったんだもの。早く返ってこないと破産しちゃう〜」
「嘘つけ、この高給取りが」
「バレてるか」
「当たり前だ。ま、急いどくよ。ついでにそっちのもな」
「よろしくぅ」
何気ない会話を交わして立ち去ろうとしたところで、事務官の机の上の紙切れがアルカネットの目に入った。
「あれ、この歌劇って、今オペラ宮で上演されてるやつじゃないの? 人気高くてなかなかチケットが手に入らないって聞いてたんだけど、手に入ったんだ。羨ましい〜」
「まあね、ちょっとしたツテからもらったんだけど、行くか?」
「行く! ぜっっっったいに行く!」
「じゃあ、今日の仕事上がりに」
「おけ! ……いつもみたいに残業押し付けられないでよ?」
「さあ? ほら、こうやって後から持ってきて『ちょっぱやで〜』とかいうやつもいるし?」
「んもう!」
「大丈夫だって。じゃ後で」
今夜の約束をして、アルカネットは今度こそ屯所に戻るべく踵を返した。
職場の顔なじみ、同い年というだけで特に付き合っている訳ではなかったが、アルカネットと事務官は、たまに王宮の食堂で会えば一緒にご飯を食べ、休みが合えば町に遊びに行ったりする関係だった。
趣味が一緒なのよね〜。
アルカネットも事務官も芝居や歌劇を観るのが好きで、面白そうな演目があったり、こうしてチケットが手に入った時には一緒に出かけて行ったりもしている。
食べ物の好みも似てるし、興味のある事が似ている。
ま、強いて言えば『友達以上』ってとこかな。
劇を見ながら、アルカネットは隣に座る事務官の事を考えたのだった。
だいたい、いつ行ってもこの事務官はいる。
朝は人より早めに来ているし、夜もかなり遅くまで残業している。まあその大半は上司から何かややこしい仕事を押し付けられているようなのだが。
だから自然と騎士団メンツが持ってくる書類を受け取る回数が多くなり、彼と騎士団メンツはすっかり顔なじみになっていた。
「ま〜た残業おしつけられてる」
「まあね〜」
たまに夜遅い時間に書類を持って行っても働いている事務官を見て、
こいつは過労死するんじゃなかろうか?
少し心配になったアルカネットが、そっと差し入れをしたりすることもあった。
ある日。
アルカネットが書類を持って事務官のところに行くと、彼は難しい顔をして書類とにらめっこしていた。
「あら。難しい顔してどうしたの?」
「ん〜。いや……。ちょっとここでは話しにくいから、中庭に」
「? いいけど」
そう言うと事務官は、休憩がてらアルカネットを連れて王宮の中庭に出た。
広々としたそこは、カフェテリアなどと違って近くの人の耳を気にせず話ができる。
「ここだけの話、ちょっと気になる事があってね」
「何?」
「○○師団ってさ、そんなに出張多いとこ?」
「え?」
事務官が口にしたのは、むしろ市中警護などを担当している部署だった。主な任務が市中なのだから、出張もクソも滅多にない。
「いやぁ? たまにはあると思うけど、ほとんどロージアにいるわよ?」
「じゃあ、そこの小隊長だけが出張多いってことは……」
「ないない」
「だよなぁ」
まだ疑惑の段階に過ぎないから俺の独り言だと思って聞いてほしいんだけど、と前置きして、
「そこの小隊長からちょくちょく出張旅費の申請が上がってくるんだよ。ちゃんと上司のサインもあるから経費は落ちるんだけど、出張多いとは聞いたことないし……」
声のトーンを落として事務官が言った。
「……経費着服」
「かなぁって」
「……ちょっと調べてくるわ」
「おう、頼む。こっちはこれまでの書類集めておくから」
そう言うと事務官は自分の仕事場に戻って行った。
あ〜これ、あの人また残業確定だわ。きっとこの〝仕事〟も、上に言われてやってるんでしょ。たまには他の人に回せばいいのに、生真面目に全部背負い込んじゃって。
しょうがない、手伝ってやるか。
その背中を見送りつつアルカネットは思う。
ということで、アルカネットは屯所に戻って調べることにした。
アルカネットにとってこの手の仕事は得意中の得意。
さっそく探りを入れると、やっぱりその小隊長は出張などしていない、つまりは経費の空請求をしていた。
事務官が探し出してきたこれまでの書類と、アルカネットが調べてきた出張の実態とを照らし合わせると一目瞭然。書類上では出張に出ていたという期間と、実際は王都で勤務していたという期間が合わないものがほとんどだった。そして上司のサインは、小隊長が真似て偽造したものだった。
「経費の着服、だな」
「そうね」
「とりあえずうちの上司に報告するわ。そっちも調べてくれて助かった」
「いえいえ。うちも上司に報告しておくわ。うちの団長・副団長、仕事めっちゃ早いから」
仕事〝は〟できるサーシスと、仕事のできるユリダリス。地位も実力もあるから怖いものなし。
「そうだろうな。財務部でモタモタしてる間に捕まえてそうだ」
サーシスとユリダリスの顔を思い浮かべた事務官が苦笑いしていた。
案の定、財務部が件の小隊長を告発した時には、すでに特務師団長命令が下りていて捕まった後だった。
「前から怪しいという噂が流れてたから、膿が出せてよかった。ついでにあの無能も追い出せたし」
サーシスが今回の報告書を読みながら言う。
着服した小隊長はもちろんクビ、そしてその不正に気付かなかった無能な上司も閑職へと左遷になった。アルカネットからの報告を受けてすぐにサーシスたちが動いたのだ。
「そうですね。しかしお前の彼氏は有能だな。一人で証拠の書類を揃えたんだろ? 今回のことで昇進するらしいぞ」
ま、今までの働きもあるけどな、とユリダリスが何気なくアルカネットに言うと、一瞬頬を染めたのだが次の瞬間にはジト目になって、
「彼氏じゃないです友達です! 副団長、セクハラで訴えますよ、というかこの場で切り捨てましょうか?」
腰の剣に手をかけた。
「いやいやいやいや、まて。落ち着け。オレが間違っただけだ剣に手をかけるな〜っ!」
「わかればいんです、わかれば」
「ったく。お似合いだと思ったんだけどな〜」
「切りますよ」
ニヤニヤとしながら続けたユリダリスをキッと睨んでから、アルカネットは団長室を後にした。
「おつかれさ〜ん」
かんぱ〜い、とグラスを合わせる。
就業時間後のカフェテリア。
夜の時間は仕事終わりの職員たち用に、ちょっとしたダイニングバーのようになる。その一角でアルカネットと事務員は、今回の不正疑惑が無事解決したことを祝っていた。
「騎士団の対応早かったなぁ。さすがというか」
「ま、うちの上司はフィサリス公爵様よ? 無敵だからね」
「それもそうだ。そう言えば、プルケリマ副団長に『あなたたちは付き合ってなかったのか』って、さっき廊下ですれ違いざまに言われた」
「えっ!?」
さっきその話は否定したはず、と慌てたアルカネットに、
「だから『いいえ? 付き合ってますけど』って答えといた」
しれっとそういう事務員。
一瞬何を言われたのかわからなくて、アルカネットはフリーズした。
「はぁぁぁ?? いや待って、いつからそういうことになってたの?」
我にかえり猛然と抗議すると、
「今から。てか、さっき副団長に答えてから」
さらに予想外な答えが返ってきた。
——もう、なんなのよ、こいつは。
趣味も好みも合って、友達以上だけどさぁ。
「…………そういうことはちゃんと段階を踏んで欲しいんですけど」
「あ〜、スミマセン。こほん、では、俺と付き合ってもらえますか?」
「王宮内カフェテリアで告白ってどうなの?」
「場所とか関係なくない? 好きなものは好きなんだからさ」
「ぐっ……」
「きゃ〜!! アルカネット様のお話もロマンスです〜!! 友達から始まるっていうのもいいですねぇ〜」
目をキラキラさせてアルカネットの話を聞いていたヴィオラが叫んだ。
「ヴィーは友達から、というのがよかったのですか?」
「ええ? 別に? 私はどうでもいいんです。人様の恋バナが面白いんじゃないですか!」
「……そうだ、うちの奥さん、自分の恋愛には興味ない人だった……」
ありがとうございました(*^ー^*)




