第7話 別異世界悪役令嬢、創作少女を助ける
ある日、カノンは憂いを帯びた表情で、学園内にいくつもあるベンチに座っていた。
通行人たちはそのカノンの表情を見て、呆ける。顔が良いカノンはどんな表情をしても絵になってしまう。
道行く生徒たちは噂をする。外交的な問題、勉学的な問題、はたまた恋愛的な問題。
男子生徒はともかく、女子生徒たちはカノンを見て、憶測に花を咲かせていた。
さて、そんなカノンが考えていたことを開帳しよう。
(もしかして学園をぶっ壊せば、アンジェル=クライシスにおけるフラグが全て消滅するのでは?)
あまりにバイオレンスな思考を巡らせていた。
結論から言って、学園の即時破壊は可能だ。
カノンの魔法の真髄は“破壊”。その最奥が心の魔神へ放った攻撃だった。
転生したとはいえ、カノンは一秒でこの学園を更地に出来る。
(でもそれをやったらきっと、お父様とお母様の立場が終わる。やってもいいけど、心が痛むな)
前世のカノンは早くから両親を亡くし、一人で生きてきた。
頼みの綱は魔法一つ。だからカノンは死にものぐるいでその魔法の腕を磨いてみせた。
改めてカノンは、家族の重さを痛感していた。だけどそれは、悪くない重さだ。
「ん?」
物思いに耽っていると、少し遠くから会話が聞こえた。しかも多人数。
ここは学園でも目立たない場所にある。カノンは少しだけ興味が湧き、こっそりとその会話の場へ向かう。
「貴方、気持ち悪いのよ! 平民生徒だけでなく、私達、同じ貴族の生徒に対してもその目つきなの!?」
その場面を見たカノンは、思わずため息をついてしまった。どこの世界にでもあるイジメというやつだ。
貴族の男女数名が一人の女子を相手に、責め立てている。
被害者である女子は、声を張り上げた。
「ご、誤解です! 私はただ、その、物語を考えていただけなんです!」
カノンはその女子に対し、既視感を抱いていた。
ハーフアップにした青髪、桃色の瞳。どこかで見たことがある。今の会話の流れで、彼女も貴族令嬢だということは分かる。だが、それ以上のことは思い出せない。
「物語? いつも色んな生徒を見てはニヤニヤしていることは、物語を考えるのに必要なの? 気持ちが悪い」
カノンは少し様子を見ることにした。
動くにしても、双方の言い分を聞いてからだ。大人数が一人を責める構図だけで判断してはいけない。
カノンは前世での経験から、それを良く理解していた。
「必要なんです。私のインスピレーションを刺激するには、日々観察あるのみなので、だからその……」
「一貫して気持ち悪いわね。駆除してあげなきゃ」
そう言って、貴族の女子の右手に火球が生まれた。
「ひっ!」
「貴方の創作なんてくだらない! 火傷でもすれば、少しは懲りるのかしらね? 『ファイアボール』!」
行使されたのは、炎属性の初級魔法だった。
精神力と大気に満ちる魔力素を体内で合成し、世界に働きかけることで、魔法を行使できる。
その際、己の適性次第で、各属性を司る精霊にも働きかけ、その力を借りることが出来る。
それが属性魔法。
カノンは片方の手のひらをゆっくりと『ファイアボール』へ向けた。
(ありがとうどこかの貴族さん。手を出したのなら、どっちに味方しようか悩むことはない)
カノンがぎゅっと、握りつぶすように手を動かした。
次の瞬間、青髪の女子に迫る火球が破壊エネルギーによって、かき消されてしまったではないか!
(良し。皆、死んでいない)
この攻撃は、心の魔神へ行ったものとは違う。
カノンの視界に入る範囲で、威力や範囲を調整した破壊エネルギーを生み出すことが出来るのだ。
心の魔神へ行った攻撃が『最大破壊』ならば、今の攻撃は『局所破壊』とでも名付けることが出来る。
久しぶりだったので、コントロールに少しだけ不安を抱いていたカノンである。
「そこまでよ」
「誰よ、出て来て名乗りなさい! ……って、貴方は!?」
いじめていた側の貴族たちがカノンの姿を見て、後ずさる。
「名乗りが必要な状況だったのね、ごめんなさい。じゃあ皆さん、お互いに自己紹介しませんか? しっかりと顔と家名を覚えたいもので」
友好的な笑顔を浮かべた所で、カノンは思い出した。
確か、設定ではカノンの笑顔は怖いとされる。冷たい印象でもあるのだろうか。
それなのに、満開の笑顔になったらどうだろうか。
答えは簡単。
「ま、またの機会にさせていただきますわ。私達、用事を思い出したので、これにて失礼しますわ」
「待ちなさい」
「ひっ! いつの間に!?」
カノンはいつの間にか、逃げようとする貴族たちの前にいた。
これはカノンの魔法の一種。時空間を“破壊”することで、擬似的な空間跳躍が出来るのだ。
「『貴方の創作なんてくだらない!』、これだけは今、この場で撤回していきなさい」
「何を――」
「撤回しろ」
すかさずカノンは発言を被せた。
「ッ! ……て、撤回しますわ。これでよろしくて」
「よろしい。さ、お行きなさい」
貴族たちは身震いした後、そそくさといなくなってしまった。
「ふぅ……この顔と地位はちょっぴりでも役に立つのか」
「あ、あの。助けていただき、ありがとうございます」
青髪の女子はぺこりと頭を下げた。
「怪我はありませんか?」
「はい、お陰様で。さっきのは、魔法ですか? それにしては、魔法名を口にしていた感じはしなかったのですが……」
「魔法です。貴方を助けたいと思って放った、名もなき魔法ですよ」
「か……」
「か?」
カノンは青髪の女子へ顔を寄せ、耳に手をやる。
聴力は悪くない方なのに、聞き逃してしまったのかと、カノンは思ってしまったのだ。
次の瞬間、青髪の女子は目をキラキラさせ、声を上げた。
「かぁぁっこい! ちょっと待ってください。今の台詞とその立ち姿を、この瞬間の私の語彙で表現するとしたのなら!? あぁすいません、ちょっとメモを取りたいので、少しだけ時間を頂けませんか!? いいえ、もらいます!」
めちゃくちゃ早口である。
彼女は懐からメモ帳とペンを取り出し、ガリガリと何かを書き始めた。




