第2話 別異世界悪役令嬢、ラスボスと対峙する
あれからカノンは、アクリスに懐かれるようになった。
「カノン様!」
「アクリスさん、こんにちは」
「さ、さん!? 呼び捨ててください! 恐れ多いですよ!」
「そうですか? なら、アクリス。アクリスももうちょっと砕けた喋り方で良いんですが」
「駄目です! 私の心臓が保ちません!」
アクリスは身振り手振りで、恐れ多さをアピールする。
その仕草が可愛くて、カノンはこんなことを考える。
(妹がいたら、こんな感じなのかな)
近い所で言えば、大親友だろう。彼女も人懐っこいところがあった。
妹度はアクリスのほうが上。それだけに、カノンはそんな彼女の敵になることに対し、憂鬱な気持ちだった。
(アクリスはとても良い子だ。なのに私はそんなアクリスと敵対するなんて……)
アンジェル=クライシス、通称アンクラ。
このゲームは四人のイケメンとの恋愛を楽しむことが出来る。
しかし、それはアクリスの視点だ。カノンはそのライバルキャラである。
アクリスとイケメンとの恋を邪魔する最後の壁として立ち塞がり、そして、彼女の魔力砲によって消滅する。
元のカノンは剣と魔法に関して凡百な才能を持ち、そして自己肯定感が低い公爵令嬢だ。
ただでさえ彼女は、途方もない魔力量を持つアクリスに嫉妬していた。そういう状態だった彼女は、ゲーム開始の冒頭で起きた事故によって、それが一気に爆発してしまう。
それからのカノンは余計にアクリスのことを敵視し、嫌がらせを行い、様々な場面で彼女と競り合う。
そこまでならまだ良かった。肝心なのはここから。
彼女は心の闇を爆発させ、闇の魔法に目覚めてしまった。
最終決戦の際、カノンは闇の魔法を最大限に使う。
アクリスと、恋人になったキャラ二人を相手に勇敢に戦うも、最後は彼女の全力魔力砲にて敗北するのだ。
「……当然、死にたくない」
「え、何か言いましたか?」
「あっ……い、いいえ! 風が気持ちいいなと独り言を呟いてしまっただけです」
気づけば口に出していたカノンは無理やりアクリスを納得させる。
(私が死ぬことになるのはアクリスたちと敵対したからだ)
カノンはアクリスと歩きながら、彼女と戦うことになった要因を振り返る。
一つ目がゲーム冒頭の事故。
二つ目がアクリスへの嫉妬と対抗心。
ここまでは良い。それは気持ちの整理の仕方が問題だから、いくらでも対処法はある。
問題は三つ目だろう。
(そして、カノンが抱えている心の闇を増幅させた存在)
カノンはゲーム中盤の出来事を思い出す。
カノン・ヴェルゼファンはゲーム中盤で、アクリスへの憎しみが最高潮に達する。
その瞬間、とある存在が彼女の前に現れるのだ。
『貴様の抱える心の闇は極上だ。透き通っており、激しく、そして底知れない。我が背中を押してやろう。自由に感情を吐き出し、その本能に従うのだ』
カノンが闇に堕ちた最大の原因。
その名は、心の魔神ベルゼルディアス。
ゲームのトゥルーエンドを迎えるには、この魔神を打倒しなければならない。
魔神は戯れにカノンの心の闇を増幅させ、最終的にはその闇を媒介に、王国を襲う最大級の脅威となる。
(色々とやることはあるな)
ふとアクリスを見ると、すごく楽しそうにしている。
何か面白いことがあったのかと訪ねてみると、彼女は顔をふにゃっとさせた。
「えへへ。カノン様と歩けて嬉しいんです!」
「そう言ってもらえると光栄ですね。私もアクリスと歩けて楽しいですよ」
「か、かかカノン様! 嬉しさで心臓止まっちゃいそうなので、そういうこと言うの禁止です!」
前世では誰かと歩きながら話すという経験が少なかったカノン。
この時間に、楽しさを見出していた。前世では貴重だった瞬間。もしもずっと、こんな時間が味わえるのなら、転生も存外悪くはない。
そんなことを、カノンは考えていた。
――次の瞬間、世界の色が反転する。
「えっ、カノン様これは……?」
「アクリス、まずは落ち着いてください。これは空間を固定、隔離する魔法です」
これが魔力と技術を要する高等魔法だということを、カノンは知っていた。
ゲームでこのような展開はなかった。ならば、これはイレギュラー中のイレギュラー。
カノンは豊富な実戦経験から、すぐに良くない状況だと判断し、警戒態勢に入った。
どこからともなく現れた無数の灰色の粒子が、彼女たちの前方で収束する。
「あれは……!」
山羊に似た頭部、灰色の翼、太く長い腕を持つ逆三角形の上半身、球体の下半身。
その姿を見た瞬間、カノンは思わず声をあげた。
何せ、それは――!
『なんという強き心と力。揺さぶり甲斐がある至高の魂だ』
「か、カノン様あれは何ですか……!?」
「心がごっそりと削ぎ落とされるような酷い威圧感と存在感。圧倒的な力は対峙する者から希望を奪い去る。……間違いない」
『我を知っているような口ぶりだな』
「知っていますとも。人の心を玩具にする最低な存在でしょう?」
カノンは一呼吸おき、その名を口にする。
「ねぇ――心の魔神ベルゼルディアス」
『然り。貴様の心を堪能するため、降臨した』
乙女ゲーム、アンジェル=クライシスのラスボスがカノン達の前に現れた。




