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気がついたら家族離散していました【修正中/休載中】(目処がつき次第再開)  作者: 桜木彩
第一章 五年越しの再会篇

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03 帰国直後の激務

 ――激務だ。

 数時間ほど休むことなく動かしていた手を止めて、ため息を零す。だいたい、苦手な書類仕事をするというだけでストレスがたまるのに、帰ってきて早々、執務室にがっちり拘束されるとは。

 王宮で開催された舞踏会に顔を出す時間は捻出したものの、これでは家に帰る時間もない。思わず、あの鬼畜王子め、と内心毒づいたとき。


「五年ぶりだねえ、従兄弟どの」


 ノックもなしに現れたのは、当の本人だった。

 本人に武の才があることもあって、騎士団の統括を任されている第三王子は、時折こうしてふらりとやってくる。

 帰国の挨拶と報告はしたが、ちゃんと会話をする時間はなかったので『久しぶり』ということらしい。


「ルーファス。用事がないなら、あとにしてくれ」

「まあまあ、たまには休憩も必要じゃないか」


 ソファーに座り、勝手知ったる様子で寛ぐルーファス・ヨハン・ルヴェリオ。常に人の目を気にしなければならない王族にあるまじき気の抜けた姿勢だが、それはここが気心の知れた従兄弟の執務室(テリトリー)だからだろう。

 アルトン、とルーファスが呼んだ。

 仕方なくペンを置いて向き直ると、こちらを向いていた翡翠色の瞳が面白そうに細められている。


「昨夜の舞踏会はどうだった?」


 脈絡のない質問に、アルトン・ジョンズ・バルニエは眉根を寄せた。舞踏会、と口ずさみ、それから思い出したように、ああ、と頷いた。


「災難だったな」

「災難?」

「絡まれていただろう、令嬢に」


 王族が顔を出すほどの大規模な夜会や舞踏会ともなると、その美貌も相まって、未婚の令嬢に囲まれるのが常である第三王子だ。

 女性同士のトラブルは見慣れたものだったが、時折、ああした()()()()()()()が暴走するのである。


「いや、厳密に言うと、絡まれていたのは僕じゃないけどね」

「ああ、あの女性も災難だったと思う」


 アルトンがそう言った瞬間、はあっ、とルーファスの口から堪えきれない息が漏れた。ため息かとも思ったが、どうやら笑っているらしい。口元に手の甲を当てているので表情は見えないが、肩が震えている。

 普段は飄々としている彼の年相応な姿に、アルトンは目を瞬いた。


「アルトン、お前、自分の妻の姿も忘れてしまったの?」


 ――つま。

 慣れない言葉を、舌の上で転がした。


「いや、まさか……」


 決して忘れていたわけではない。

 しかし、どうしても五年前の姿とは結びつかず、アルトンは戸惑いながらルーファスの顔を見返した。


「――本当に?」


 紺色の髪の毛に、神秘的な赤い瞳。

 確かにその組み合わせは珍しいかもしれないが、舞踏会で見た女性は、アルトンの記憶にある()とはまったくの別人だった。

 とはいえ、冗談が好きなルーファスも、意味のない嘘はつかない。それは従兄弟である自分がよく知っている。


「ま、待て、待て待て待て」


 事実なのだ。

 そう認識した途端、アルトンの頭の中に混乱が生まれた。


「俺の妻? あれが? ――俺のルイーズだって?」


 ようやく笑いが収まってきたらしいルーファスが、(まなじり)に浮かんだ涙を指で掬う。


「『俺の』、ねえ……まあ、混乱する気持ちはわからないでもないけどね。実際、五年前のルイーズと今のルイーズじゃ、ほぼ別人だと思ったほうがいいし。といっても、僕が知っているのは今のルイーズだけなんだけど」

「……『ルイーズ』? お前、妻とそんなに親しかったか?」

「安心しなよ。人前では、誤解されないようにちゃんと『夫人』って呼んでいるから」

「いや、それもそうだが、そういうことでなく」


 ――完全に狼狽えているなあ。

 基本的には何事にも冷静に対応する従兄弟の珍しい姿に、ルーファスは口角を持ち上げた。

 そう、暇を持て余した第三王子は、真っ直ぐすぎるきらいのある従兄弟をからかうためだけに、執務室に押しかけてきたのである。


「自分の妻が今、社交界でなんて呼ばれているか知っている?」

「……なんと?」

「『社交界の華』と」

「しゃこうかいのはな」

「それから、『女帝』とも」

「じょて……!?」

「学生を中心に嫌な噂が出回っていることもあるけど、おおむねそんな感じかな。ファッションリーダーさながら、社交界を牽引しているうちのひとりと言っていいね」


 記憶の中の妻とはついぞ合致しなかったのだろう。

 アルトンはいよいよ絶句した。

 そんな従兄弟の姿を眺めながら、ルーファスは続ける。


「ちなみに彼女は今、魔術師団で働いているよ」


 五年という月日はどうやら、己の理解を超えた存在を生み出すらしかった。

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