01 ルヴェリオの夜会にて
「この娼婦! 夫がありながらいろんな男の人を侍らせるなんて、気持ち悪い! 今すぐここから去って、娼館にでも行ったらどうなの! 厭らしい体つきだもの。どこぞの貴族が高値で買ってくださるわ!」
ざわり、と空気が揺れた。
(ええー……?)
隣でワイングラス片手にはっと息を漏らした男を横目でひと睨みし、ルイーズ・エマニュエル・バルニエは赤い瞳をわずかに細めた。
――挨拶に来ただけなのに変なのに絡まれた、と。
目の前にいるのは、まだ大人になりきれていない少女。真っ白なドレスを着用しているので、デビュタントのひとりだろう。
緩くウェーブのかかった髪の毛をツインテールにしている様子は貴族令嬢らしく、確かに可愛らしいが。
可愛そうに、考えが浅はかなために、ここですべてを失ってしまうのだ。
「『いろんな男の人を侍らせる』? わたくしが?」
公爵家に嫁入りした夫人――となっているルイーズには本来、下位貴族からの声掛けに答える義務はない。
それどころか、挨拶もなくがなりたてるように話しかけてきた令嬢はすでに、貴族としての簡単なマナーひとつ守れないもの、というレッテルが貼られていることだろう。
「『いろんな男の人』とは、たとえば?」
「それはっ、それは……」
少女の視線が、不意に逸れた。
(なるほど、少しでもいいから彼の目に留まりたかったというわけ。とはいえ、少しばかり捨て身すぎるというか、向こう見ずというか、……信じられないわ)
顔を背けた先にいるのは、先ほどまでルイーズとの会話を楽しんでいた男性の姿。ルヴェリオの第三王子である。
現在、婚約者がいない第三王子を狙う令嬢は多く、的外れなことに、時折ルイーズに文句を言いにくるのだ。
(でも、殿下はすでに二十代半ばだったはず。デビュタントを迎えたばかりのご令嬢とは少し年齢が離れているような気がするけれど……まあ、王族というだけあって、殿下はものすごくイケメンだものねえ)
のんびりと考えながらも、しかしルイーズは目の前の少女を見逃すことはしなかった。
「まあ、いいわ。わたくしが『いろんな男の人』とご一緒させていただくのは、職務上必要なことよ。それにしても、可愛そうに。貴族令嬢としての教育を受けてこられなかったのね」
「な――失礼だわ!」
少女が甲高い声を上げると、周囲の人間がぎょっと目を剥く。
「あら。許しもしていないのに声を掛け、名乗りもしないどころか挨拶もせず、突然喚き散らしたかと思えば、初対面の――しかも目上の人間相手に敬語も使えない。挙句の果て、人を娼婦呼ばわりするなど、あなたこそ、これ以上の無礼があるかしら?」
「なんですって? 事実、娼婦のようなことをしているのは本当じゃない!」
「『娼婦のようなこと』とは、いったいどんな?」
だいたいの場合、ルイーズが少し言い返すと立ち去ってしまうのだが、いかんせん、この少女はしつこかった。周りを見ていないと言ってもいい。
デビュタントなら、エスコート役として婚約者か身内がいるはず――とさりげなく視線を走らせると、この騒ぎを囲む集団の中に、ひと際青ざめた様子の夫婦の姿があった。
(伯爵家の当主夫妻だわ。あそこは確か、嫡子が跡を継ぐことになっているはず。いつだったか、挨拶をしたこともあったけれど、人柄に問題はないように思えた。もちろん、あの現当主夫妻も)
妻のほうなどは、すでに卒倒しそうになっている。それをなんとか支えている当主も、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
(娘可愛さで、教育を怠ってしまったということかしら。でも……ここまでイタいと、教育云々の話だけではないような気もするわね)
再び、少女に視線を戻す。
これだけ注目されているのに、なぜだか勝ち誇った笑みを浮かべていた。それで確信する。これは本人の資質の問題だ、と。
「複数の男の人たちと話したり、行動を共にしたり、――ふしだらだわ!」
「まあ、ふふ」
「……な、なによ」
「可愛らしいこと。話したり、行動を共にしたり……他には?」
「ほか?」
「わたくしは『娼婦のような女』なのでしょう? 話したり、行動を共にしたりするだけでは、到底そのような女に思えませんもの。もちろん、あなたが直接それを見て、わたくしに文句を言いに来たということでよろしいのよね」
「え……」
「それで、その『娼婦のような女』が、いったいどんな問題を起こしたのかしら」
「え?」
「殿下との会話を遮ってまでお伝えしなければいけない案件だもの。第三王子殿下関係となると、国防に関すること? それとも、王家に関わること?」
「え、いや、あの……」
そこまでは考えていなかった、と焦りが滲む表情を浮かべていたが、ルイーズの口は止まらない。




