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【コミックス3巻発売】結婚前日に「好き」と言った回数が見えるようになったので、王太子妃にはなりません!  作者: 来栖千依


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25/41

25 お互いにごめんなさい

 顔をあげたキャロルの瞳は、じんわりと濡れていた。


「レオン様。わたくし、思い切れませんでした」

「思い切らなくていい。君が無事で、ほんとうに良かった」


 抱きしめようと腕を回すと、すっと体が離れる。

 彼女の方から拒否されるのはめずらしくて、レオンは目を見張った。うつむいたキャロルは、おずおずと口を開く。


「お聞きください。わたくし、人の頭上に浮かんだ『好き』と言った回数が見えるのです。今も、レオンさまの数が見えています。……ごめんなさい」


 心からの謝罪を、レオンは黙って聞いている。

 何を考えているのか、読みとるのが怖くて、顔を上げられない。


「はじめは軽い気持ちで見てしまったのです。そして、レオンさまのお気持ちを疑ってしまいました。こんな卑怯で愚かな人間は、レオンさまのお妃に相応しくありません。レオンさまは、品行方正で、誠実で、嘘を吐いたりなさらない、素晴らしい王太子ですもの」


 レオンを穢さないためにも、自分から身を引かなければ。

 けれど、レオンから離れたくない。


 キャロルは、相反する理想と欲望のはざまで苦しんでいた。

 悲しげに表情をゆがませると、レオンは小さな声でこぼす。


「キャロル。俺は、君が思っているような王太子ではないよ」


 懐から、地図板を取り出す。


「君にわたした指輪は、魔晶石という魔力がやどった石が使われているんだ。そろいで作られた水晶板の地図に、指輪のありかが示される。こんな風にね」


 水晶にはキャロルがいる場所――黒霧の森のまえが、白い光で表示されていた。

 キャロルは、手にはまった指輪をしげしげと見る。

 

「この指輪に、そんな力があったのですね」

「そう。俺はつねにキャロルがどこにいるのか分かっていた。シザーリオ公爵邸から脱走して町を歩いていても、城のなかを歩き回って人探しをしているときも、安心していられたのは、そのおかげだよ」


 キャロルがどこに行ってもレオンに見つかったのは、明らかな理由があった。

 レオンは、キャロルを手の平のうえで踊らせておいて、素知らぬふりを続けてきた。


「俺は、君が生まれてからずっと、そういうことをしてきたよ。君が俺から逃げないように、俺だけを好きになってくれるように、君が知らないところで色々とやってきた。『好き』の回数なんて、当人も覚えていないものを見てしまうより、俺のほうがずっと卑怯だ――」


 レオンは、わざと地図板を落とした。

 角から地面にぶつかった薄い水晶は、ガシャンと音を立てて割れる。


「地図板が……!」

「いいんだ。もうこんなことは止める。卑怯な真似をしているかぎり、君に相応しい王太子にはなれない」


 レオンは、指先でキャロルの目尻を撫でて、丸くなった涙をぬぐった。

 公爵邸を抜け出してから、黒霧の森に来るまでに、一しきり泣いたのだろう。肌が赤くなっていて、少し腫れぼったい。


「今なら、この卑劣な男から逃げられるよ。俺がいちばん好きな人を知らないままなら、君はなんの罪悪感をもたずに俺から離れられる。どうしたい?」

「わたくしは……レオンさまの、いちばんお好きな方を知りたいです。きちんと知った上で、レオンさまに愛されたいです」


 胸のおくにあった本音が、喉を通って、すっと出た。

 自分を偽ることをやめたキャロルに、レオンは幸せそうに目を細めて答える。


「君がいちばん好きだよ、キャロル。俺の『好き』は君だけのものだ」


 美しい顔がかしいで、触れるだけのキスが落とされた。

 目をとじると、重ねられた唇から、甘い気持ちが染みこんでくるのを感じる。


 キャロルはレオンが好き。

 そして、レオンも、キャロルがいちばん好き。


 秘密を打ち明けた二人の心は、大きく扉をあけて、大切にしまいこんだ愛を輝かせた。


「ワン!」


 パトリックの一声で、パチッと目蓋をあけた二人は、体を離した。

 キャロルは熟れたリンゴみたいに頬を赤くする。


「わ、わわ、わたくしったら、結婚前のレオンさまにとんでもないことを!」

「いや、したのは俺の方だから」


 照れた二人は、顔を見合わせて吹きだした。


「帰ろうか、お姫様」

「はい!」


 手を取りあって白馬に乗り、城へ向かって歩き出す。

 馬の横を歩いていたパトリックは、ふと後ろを振り返った。朝日が照らす道に誰もいないのを確認すると、再び前を向いて進んでいく。


 馬と犬が角を曲がって見えなくなると、黒い布にくるまって物陰に潜んでいた女があらわれた。


「……あの指輪か……」


 そうつぶやき、地面で砕けた水晶を手にとって、怪しく笑ったのだった。

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