修学旅行。その1
お久しぶりです。
書き始めております新作には、まだまだストックもなく時間がかかるので、きちんと書いていますよーな証明にとりあえずこのAfterを投稿です。
「部長のところにも届いたんかー」
「そうなんですよぉ。どうすればいいのかわからなくて、とりあえず持ってきてはみたんですけど……」
「もう聞いてみたほーが早いよなー」
ボランティア部部長と健太の会話である。時間は1時間目修了後のこと。朝から何名かが招待状について話していることに気付いたのだ。ちなみに健太自身はそれを我が家に置いてきている。
「みんなー!! 招待状届いた人、手ー挙げてー!!」
これができるのは健太という少年の特権かもしれない。クラスメイト全員に親切でいい奴。こんなポジションを確立し、そのまま卒業の運びとなりそうだ。
「届いたぞ」
「俺も」
真っ先に答えたのはサッカー部の友人2名だ。
「あ、やっぱり?」
鷹見 健太は大学進学を決めた。開花することなく、スタメン出場することがあった程度の高校サッカー生活だったが、大学でも続けるらしい。今後、花開くことを祈る……が、小柄なせいで体格的に不利なため、現実は厳しいかもしれない。
「なんだ、やっぱり全員かー」
健太のアンケート的な問いかけにはクラス全員の手が挙がった。小用で抜けていたクラスメイトを除いてだが、もちろん憂たちの手も。
――それは突然の招待状だった。C3-5全員に届いたらしい。
今から1年ほど前、観光客やら湯治客やら呼び方は色々あるが、これを急激に増加させ有名になった温泉地がある。
きっかけはただひとつだった。某自治区、巨大学校法人の修学旅行地に設定され、そこのシンボル的な少女が宿泊してくれたこと。この温泉地はそのワンチャンを活かしきった。
……その少女が浸かってくれた温泉ということをアピールしたわけでもない。むしろ、『利用しやがって!!』などの中傷により、逆効果になるかもしれないと尻込みしていたところ、あの子が行った温泉地として一ヶ月後くらいに突如バズった。
それ以降、どこの宿も満杯な状態が続いていた。
謳ってもいなかったはずの美肌効果抜群の美人の湯。全ての疾患を網羅する万病の湯。寿命を延ばすという不老長寿の湯。免疫機能を向上させる……などなど、日本中にある温泉効能の大半があると囁かれ始めた。
元々、謳っていた冷え性、神経痛などへの効能はどこへいってしまったやら、よくわからない。わからないが、誰かさんの持つ特異な物質の効能に付随するものだったりするので、間違いなく例の子の関係で生じた噂だ……が、病は気からという言葉の通りなのかもしれない。実際に効果があるというから不思議なものだ。
あの千穂誘拐騒動からしばらく。憂は姉が悩みに悩んでいた修学旅行について、チラリと述べた。単なる休憩中の話題で。
『――おんせん――いいね――』
『温泉……あったっけ?』
『なかったよなー?』
……言葉の通り、温泉地など全く指定されていなかった。学園が配布した今年度の修学旅行先すら見ずに、どんなとこがいいのか言ってみただけだった。
蓼学の修学旅行については以前述べた通り(本編278話参照)だが、もう一度おさらいしておく。
基本的には、2年生時分の夏休みと冬休み。生徒数が多すぎる関係で他の学校を避けるべく長期休み中に修学旅行をこなしてしまう。その上、もちろん選択式だ。それなりに多くの場所を設定しておかなければ宿から生徒があふれるだろう。
夏休みと冬休み。離れた休みに設定してあるだけに2回旅立つ子もいるそうだ……が、憂の場合は冬休みの1回だったので関係ない。夏休みは忙しすぎたのだ。蓼園市が自治区になったタイミングだったから。
ひとつも候補に入っていなかった温泉地。
テキトーに述べた憂も憂だが、学園は学園であっさりと新たな候補地にそこまで有名でもない温泉地を加え、憂の希望を叶えてしまったのである。
――その冬休み。憂は嬉々として修学旅行を楽しんだ。
メンバーは案外多かった。憂と一緒がいいと申請を保留にしていた同クラスの子たちが多かったからだ。
憂の修学旅行先が温泉地だと決まって以降、男子勢は尻込みしてしまった部分があるのだが、それはクラス全体、持ち前の愛(友?)情で何とかしてしまっている。決して、語るのが面倒だから端折っているわけではない。
この修学旅行。愛あたりはめっちゃ心配していたが、問題は発生せず。無事に帰還している。
憂の入浴については、割愛させて頂く。本編で『これでもか!?』ってほど何度も何度もお風呂やら温泉やらには入って頂いているので、そちらを参照して頂きたい。
ただ、委員長コンビやら明日香やら。いつもより人数が多かった上、知らない人までいた……が、彼女は慣れてしまったのだ。面白みも何もない。もはや、憂の反応よりも初めて憂の全裸を目撃した女子たちが『本当に生えてないんだ……』とかいう目で見たことのほうが語り甲斐があるほどだ。
それはともかく。
憂としてはクラスメイト以外の元々女性な方々に配慮していたのか、たまたまガラ空きだったお風呂を最初に選んだ……が、最初だけだった。そもそも余り有名でなかった温泉地。お客さんが少なかったからこそ、実行できた貸し切り状態。ところがすぐに人が集まってきた。憂たちご一行の周囲に。なので次に入ったところからは憂も気にしなくなった。配慮しようにも勝手に付いてくるのでどうしようもない。
お風呂をラリーしたのは、この温泉地がイベントを実施していたからだ。10カ所近くにも及ぶ外湯(宿に宿泊するお風呂を内湯。これに対し共同浴場的なお風呂のことをいう)をコンプリートしたら……とかいう、よくある類いのやつだ。このスタンプをほとんどの女子が集めきった……が、景品が欲しかったわけじゃなかったので貰わずじまいだったそうだ。憂が忘れてしまったからではない。きっと。
護衛の一員として男子勢は当初、外湯に浸かることもなくその共同浴場周辺で警戒に当たっていたが、もちろん憂と千穂が混ざる旅行ともなれば相当数の私服な(入浴時には無論、私服ではないが)身辺警護がおり、彼ら彼女らに任せて男子勢も入浴した。なにせ睦月・一月。寒い中、女子たちばかり入浴してりゃそうもなる。
そしてバズった理由は、このスタンプラリー中、憂たちご一行に付いていった一般の湯治……というか観光客の一人だ。
【旅先でまさかの人物をはっけーん。他県に出ること滅多にないはずなのにラッキー。自治区の憂ちゃんだよー。温泉大好きなのか、喜んで入ってて可愛かったー】
【なんか、気のせいだと思うけどいつもより肌がつるつるー】
【これももしかしたらあの子のお陰かも。憂ちゃんのお姉さんも千穂ちゃんもキレイだしー】
【温泉の効果に憂ちゃんの特性がついてきてるのかもー?】
特にフォロワーさんの多いわけでもない人のこんな呟き。ゆっくりじっくり拡がっていき、ある日、突然、フォロワーさん多数抱えるアカウントが拾ったのか一気に拡がったのだ。
そろそろ冒頭の招待状の件に戻ろう――
散々、恩恵に与った温泉地だったが、さすがに1年以上の効果は厳しかったようだ。リプライに要らんコメントが付き始めたせいでもある。
【もしかしたら当初は憂ちゃんの成分が溶け出してたかもしれんw だが、さすがにもう効果ないだろw】やら【成分残ってたら逆に問題だよな。浴槽、一切洗ってないことになるし】とか、こんなコメント群だ。冷静な指摘であり、正論だ。きちんとしておかないと法律違反である。
つまり、絶えず予約満杯だった宿に空白が出来はじめてしまったのだ。
これを払拭するために今回、招待状を送付した……のだが、時期が遅すぎる。
5組の子たちが卒業旅行を考えてしたとしても、卒業間近すぎるだろう。
「憂ちゃんたちも卒業旅行先決まってるしなー」
「でも、行こうかな……折角だし。健太くんはどうするんです?」
「んー、部長が行くなら付き合ってもいいぞ! 憂ちゃんたちは4人での旅行って決めたしなー」
「有希さんはいいんですか?」
「行くなら誘うぞ! もちろん!」
「健太ぁ!! 俺ら抜きで話進めんなよ!」
わらわらと健太くんを中心に人が集まってくる。話が混沌となりそうなのでこの辺で。きっとこれから有希やら優子やら色々と話に参戦してくるに違いない。
……憂の来訪に期待していたであろう温泉地だったが、残念ながら憂のクラスメイト止まりになってしまいそうだ。憂が来なきゃ意味がない。彼女はすでに行き先もメンバーも決めてしまっている。
なので今回の招待では赤字になりそうだが、今後は一発に期待ではなく、堅実に経営していくことだろう。
さて、彼らの会話の中に出てきた憂の卒業旅行についてだが、憂はクラス全員を誘った。誘ったが、がっつりと断られている。
最後の旅行。一緒に行きたいのはやまやまだが、憂と千穂。佳穂と千晶。一緒に過ごす時間の長かったこの四名の中に割り込みたくない。そこまではちょっと申し訳ないので。
これが表向きの理由だ。
表向きの理由と表現したならば当然、裏がある。
……憂と千穂が各国から招待されていることもあり、卒業旅行先に決めた。欧州の歴訪を。
欧州の歴訪がついでなのか、卒業旅行がついでなのか、よくわからない状態ではあるが初の海外旅行を楽しみにしているそうだ。主に憂が。
それなりにそういう扱いに慣れてきている千穂はともかく、佳穂も千晶も尻込みしているらしい。
そりゃそうだ。
国賓、これに準ずる者として招かれてしまっているのである。




