花火大会(憂のほう)・こうへん
愛のワンボックスカーから降りた一行は、その舞台の様相に足が止まった。
……というか、元々、車を降りた直後であり、止まっている。
「――あれ?」
「……あれ……ですか……?」
「あれみたいだね……」
衝撃的なものを見た気分なのだろう。
何せ、そこには水族館の水槽みたいなアクリルの箱が鎮座していたのである。
(あそこで――せんげん――)
無理! ……と思ってみたところで、もはや予定は変わらない。憂は千穂と一緒に、手の届かない存在に成らねばならない。
……とは言ったところで、本気で嫌がれば甘い周囲のことだ。総帥を筆頭になんだかんだ言って、重荷を憂の小さな肩から下ろしてくれることだろう。ところが、責任感だけは人一倍なので、憂が役割を放り投げることなどない。
「うむ。堂々とするがいい。何も気にせず楽しめば良いのだ」
話に出たばかりの総帥が憂と千穂に対して、手を差し伸べる。物理的に……だが、これは第一秘書に目線で咎められ、寂しそうにアクリルの箱へ、ひと足先にと足を向けていった。
実はこの時、2人とも、総帥の手を取ろうとしていた。緊張している憂はともかく、千穂の苦笑いが印象的だった。
「……行こっか」
「そだね。行こ行こ。考えてても仕方ない!」
このあと、意外なアクリルケース内の涼しさに驚いたらしい。
◇
(がくえん――みたい――)
来賓席に予定していた全員が揃い、それなりに時間が経過した。
VIPな席の面々は自治区のお偉いさんが5名と、あとは全員が憂の顔見知りだ。蓼園商会絡みの面々を含む。拓真&美優、佳穂&千晶、京之介&圭祐に明日香&樹にセナヒナ。更には正副委員長プラス健太。それらの先陣を切った凌平&結衣と元々一緒だった梢枝&康平などなど。なるほど、たしかに学園みたいだと表現できる環境なのである。
(かんがえる――よゆう――できた――)
友だちの存在は偉大だ。お陰で憂の緊張は一時的にだが、軽減した。
考える余裕が出来たというよりは、周りを見られる精神状態に落ち着いたといったほうが正しいだろう。なので、最後に到着した佳穂には挨拶。千晶には手を振ってあげることができた。
(勇太――つれてくれば――いいのに――)
隣りでソファーのような柔らかで上質なソファー様の椅子に深く体を預けた千穂がスマホ中だが、そこは問題ない。
至極、冷静になったような思考だが、それなりに緊張している。周りが見えるようになった分、近場が見えなくなっている。
要するに千穂が何をしているかなど、見えてない。
『千穂くんの優しさに触れるがいい!』
総帥の主催者挨拶が終わったようだ。大きな拍手が彼に捧げられる。
この男は、未だに畏怖の対象だ。噂を打ち消すことは出来ていない。未来永劫、消えない烙印なのだろう。
なので、拍手しておかなければ……と云った、強迫観念からのものがほとんどだ。
『それでは……開会宣言です……。主催者の……指名を……快く……引き受けて……下さった、立花 憂 様、よろしく……お願いします……』
進行を任されているウグイス嬢のような女性がゆっくりと話しているのは、憂にも聞き取れるようにしているのだろう。
「う――」
「ほら……。憂……?」
出番が来たのに立ち上がらない。
(――しっぱい――したら――)
どうしよう?
そんなピンチに陥っている。心配しなくとも、憂の場合、ご愛敬で終わる問題だ。
「……行く……よ?」
千穂が先に立ち上がってしまった。これを見た憂も慌てて立つ。
(千穂に――!)
顔付きが変わった。土壇場になって、スイッチが入った。
憂が稀に見せる、可愛いを綺麗に変える瞬間だ。
(ボクが――!)
負けられない。それ以上に、千穂に助けて貰ってばかりでは、男が廃る。
男は元であり、とっくに男として廃れてしまっているが、そこはそこだ。
なので憂は自らの足で立ち上がる。
力強く。ただし、千穂の手は離していない。大好きだから。
「あ」
手を引かれることなく、進み始めた。
すると、来賓席の照明がひと際、光度を増した。
前方にあるマイクの置かれた周囲には、スポットライトが当てられた。
そこを目指してゆっくりと進み出た。無論、手を繋がれたままの千穂も。
(まぶし――)
スポットライトに憂と千穂の姿が浮かび上がると、暖かい拍手がその小さな2人を包み込む。
(えっと――)
千穂の手前、勇ましくそこに立った憂だが、いつものことだ。何も驚くことはない。
「ご指名を……受けた……」
流石だ。もはや憂への理解度は、姉や母を超えているのかもしれない。正確な物差しなど存在しないので何とも言えないが、憂検定でもあれば、この3名こそが1級の輝きを得ることだろう。
『ごしめいを――うけた――』
「立花 憂……です……』
途中でボリュームが上がり、千穂が困ったように微笑む。何をささやいているのか、何故だか多くが知りたがるそうだ。
『立花 憂です――』
ここはスムーズだ。自分の名前が流暢に言えなければ、それはそれで問題だ。
『フォローさせて頂きます漆原 千穂です』
『ふぉろー――』
(んぅ――?)
『そこはいいの』
『そこは――あぅ』
『あはは』
漫才でもしているのかのようだ。
憂は千穂のささやき全てを聴衆に伝えようとし、千穂がツッコミを入れ、楽しそうに口元を隠す。
見えていないのだ。煌々と照らされた煽りで、2人の視界には観客の1人も見えていない。
きっと、この全てが計算済みだ。
『開幕……宣言……』
『かいまく――せんげん――』
『ここに……第一回……蓼の花自治区……』
『――えっと。ここに――たでのはな――んぅ――?』
端折った。千穂が。
蓼の花自治区。微妙に長いが、一単語なのでイケると踏んだが、当てが外れたがスルーしてしまった。
『自治区花火大会の……』
『じちくはなびたいかい――』
『の』
『――の?』
『開催を』
(ぅ――?)
憂の頭が傾いた。
『の』だっけ? ……と問い掛けたはずなのに、千穂は先に進んでしまった。
『かいさいを』
だが、憂も立ち止まらない。傾げた小首を元に戻して続けた。
頑張って、超簡素化された宣言文を読み上げている……というか、千穂の宣言を拾っている。
『宣言します?』
『せんげん――します――?』
「……終わったよ……? おじぎ……」
(おじぎ――)
これは得意分野だ。何気に憂は教育の賜物で礼儀正しい。
2人が揃って挨拶する前には、もう割れんばかりの拍手が鳴り響いていた。
「お疲れ様……」
「――ありがと」
最後の囁き合った言葉をマイクは残念ながら拾えなかった。
スポットライトを背にしており、聴衆どころか来賓席の全員。仲良しな美少女2人が微笑み合う最高のシーンを切り取ることができなかった。
だがしかし。
「戻ろ?」
「うん――」
大役を緩い感じでやり遂げた千穂は、憂の手を引きさっきまで座っていた席に戻っていく。
「「わっ!」」
自分たちの席。ソファー様のソレに腰掛けた瞬間の『思ったより背もたれが傾いていて、2人して焦っていたシーン』は、ばっちりと数多くの者が目撃したのだった。
◇
――おわった!
――これで――みるだけ――。
はなび――。
VIPルームで――みたの――きれいだった――。
千穂は――はじめ――みれてない――。
すごいよ――? さいしょ――。
あ――。
千穂の――よこがお――きれい――。
しずか――。
千穂――たのしそう――。
――――。
――。
――しずか。だれも「――――ハキットサンシャクダマ。すごいのみレルヨ?」
千晶の――こえ――。
――。
しゃべるんだ――。
「ほら? 憂?」
んぅ――?
千穂――?
て――つよくない――?
ちょっと――いたい――。
あ――!
ひゅるるる。
はなびだ――!
すごいんだ――よ?
さいしょの――って。
とまった――!
きた――! あか!?!?!?!?!?
――――。
――――。
「ユウ……?」
――――。
「ヨシヨシ……」
――――。
「よしよし……」
――――。
「だいじょうぶ」
あ――!
「どうした!?」
――ちほぉ!
「コレハイカン!」
おと――! でかすぎ――!!
「うん。すごかったね」
あ――。
かわいい。
「ほら。なみだ……」
んぅ――?
――ぬぐって――くれた?
千穂。
ありがと――。
ラストでは、かなぁーり久々に純・side憂を入れてみました。およそ2年半ぶりです。
相変わらず、何が何やらわからない部分があるので、一人称・佳穂のほうと読み合わせてくださいませ。




