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4-23 研究室にて

4章はこれで完成です。次は5章になります。




 アイコンをタップして通話を終了させると、スゥは携帯電話を机に置いて席を立つ。襟を整えて顔を上げると、部屋の扉の近くに先ほどの少年が佇んでいることに気付く。

 少年はすらりと長い脚を交差させて、壁にもたれていた。通話が終わるのを待っていたようだ。


「スゥ、さっきは悪かったね」

「問題ありませんよ。こちらこそ忙しいときにすみません、先輩……アランドさん」

「いや、きみは少しくらい休憩を入れたらいいよ。ほら」


 アランドと呼ばれた少年は優しく微笑むと、スゥにマグカップを差し出した。スゥはコーヒーの良い香りに促されそれを受け取ると、アランドは隣の机に自分の分を置いて席についた。

 スゥはコーヒーを一口啜る。甘い味が広がって、ほうっと一息ついた。

 この研究室に来るまでは飲めなかったコーヒーも、今は砂糖とミルクをたっぷり入れることで飲めるようになった。対するアランドはブラック派だ。好きなものには拘る性質の彼が淹れるコーヒーはとても良い香りがするが、真っ黒で苦いままのそれを優雅に堪能する彼の嗜好はまだまだ理解できそうにない。

 マグカップに顔半分を隠していると、不意にアランドがスゥの方を振り向いた。


「ところでスゥ、盗み聞きしたようで申し訳ないんだけど、風車の町の研究施設の件」

「はい、それが何か?」

「例の施設、昨日取り壊されたらしいよ」

「は……?」


 危うくコーヒーを噴き出しそうになりながら、スゥは上擦った声をあげる。

 マグカップを机に置くと、スゥはアランドに向かって身を乗り出した。


「な、なぜですか?」

「うーん、俺もよく知らないんだけど。『裏切り者』が捕まった後、任務で派手に町の施設を壊してしまったから事実確認とか言って、何故か政府の調査隊が送り込まれたらしくって。それで、そのときに何か異常な魔力を感知したとか」

「なんだ、それは……」


 やや間延びした口調のアランドも、おそらく噂で聞いた程度の情報なのだろう。スゥは自分の席に戻ると、無意識に顔を顰めて頭を掻いた。

 アランドはそんなスゥを不思議そうに見ながら、またコーヒーを一口啜る。


「さっきの子たち、スゥの幼なじみなんだって? 例の任務では彼らともう一人『水』のスピリストがわざわざ衝突するように仕向けた人がいたらしいんだけど、まるで町の調査の口実を作ったみたいだよね」

「…………」


 スゥは答えない。彼自身も考えたことを、アランドが言ったからだ。額に手を当てて俯くと、眼鏡がずれて赤い瞳がより露わになる。


「まぁ、政府の上の人間が考えていることなんて分からないことだらけだし。僕ら研究員としては、もう使っていない施設がなくなったところで影響はないから大丈夫だろうけどさ」

「…………」

「スゥ?」

「……ざけるなよ」


 アランドがぽつりと呟いていたことなど、耳に入っていない。首を傾げるアランドに目を向けることもなく、スゥは机に拳を打ち付けた。

 衝撃に合わせて、マグカップが揺れる。


「おれは納得していないからな、ケイ。お前らまでスピリストになる必要なんかなかったのに、巻き込まれやがって……!」


 飛び散ったコーヒーが袖を汚したのも気にせずに、スゥは低い声で唸るように言う。

 そんなスゥの小さな背中を、アランドはただ黙ったまま、じっと見下ろしていた。




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