4-21 研究員と風の町
「大丈夫だ、今は政府の監視は逃れている。だがナオ、ハルトの言うとおりだ。無駄に刃向かうような発言は控えろ。奴らは逆らう者には容赦しない」
「この電話、大丈夫なの?」
慎重な面持ちでハルトが確認する。スゥは迷わず頷いた。
「ああ。あまり長くは持たないだろうが、室長、ユキヤさんが誤魔化してくれる。彼は『幻』の能力者だ」
「あ、なるほど」
ハルトはやっぱりな、と頷く。
精霊使いとして精霊と魔同属性の能力を持っており、ユキヤは明言しなかったが『水』ではないと思っていたので、消去法で幻覚系ということになる。『幻』とは初めて聞く能力だが、攻撃力がないというのはそういうことかと納得したハルトだった。
無意識に半眼をしてユキヤの方を振り向く。
ユキヤの右手首が、白衣の袖の下で僅かに光っている。能力を発動しているのが見て取れた。
ハルトはそこでようやく、自分がユキヤの発動に全く気付いていなかったことを知る。大抵は発動したら魔力の流れができるのでハルトなら気付けるのだが、そんなユキヤが心の奥底の方で怖いと、そう思ってしまう。
ハルトに笑いかけると、ユキヤは左手でスゥの方を指さす。会話の続きを促しているらしい。
ハルトが映像に向き直ると、スゥはまた表情を硬くした。
「それで。おれも別に私情だけで話がしたかったわけじゃない。お前らには先日の任務について聞かなければならないことがある。あの風車の町のことだ」
「え……?」
意外な切り口に、ナオは目を丸くした。
風車の町といえば、あのランと出会った任務だ。彼とは任務が重複して混乱したり衝突したり、最後は協力もしたが、結局は謎の事務員の女性のために振り回されただけだった。
町の人を襲う凶悪な恐喝犯。町や政府の情報を盗み出そうとしていたハッキング。そのどちらにも関係する犯人は、任務を放棄して政府に逆らった『裏切り者』と呼ばれるスピリストだった。
「あの町はおれたち研究員と深い関係がある。風力発電の騒音対策の研究のため、研究員が定期的に訪れている町だからだ」
「研究員が?」
ケイとハルトの声が重なる。
もちろん、任務は位置情報と個人の実力を考慮して指示されるものなので、内容はイレギュラーそのものだったものの、風車の町の任務もただの偶然だったに過ぎない。だが、意外な所でスゥとの接点ができていたことに驚きを隠せない。
だが、ケイたち三人に対し、スゥの表情は険しい。まるで、関わってしまったことを嘆くかのようだ。
「ああ。あの町は昔、住宅地の開発が進んだことによって発電所との距離が近くなってしまい、騒音に悩まされるようになった。おそらく依頼があったのだろうが、そこで研究に乗り出したのが政府というわけだ」
なるほど、ありそうなことである。
無言で納得していたハルトをよそに、スゥは続ける。
「まぁ、一年と少し前にスピリストになったおれは直接的には関わっていなかったわけだが。おれの能力のこともあって一度駆り出されたことがあった。と言っても、すでに完成した装置をメンテナンスするだけだったが」
「騒音対策って、そんなもの研究でどうしようってんだ?」
空の果ての話を聞いているような表情で、ケイは言う。スゥはいとも簡単に答えた。
「精霊やスピリストの力を応用してコントロールすること。それができるなら可能だろう。音と言うのは空気の振動。それを遮断するなら、精霊の結界を町に再現して風を操ればいい」
「んな……っ」
ケイは絶句した。
政府の研究室などどう考えても怪しい印象でしかないが、そんな突拍子もない技術を開発しているのか。恐らく他にも、政府のために様々な研究をしているのだろう。
同じように青い顔をしたナオと顔を見合わせる。その横で、ハルトは話を進める。
「それでスゥ、聞きたいことって何?」
「『裏切り者』を捕えたという旧発電所の施設。あそこは政府が昔使っていたんだ。何かおかしなことはなかったか? 妙な魔力の気配が感じられたとか、変なものがあったとか。今後のために、情報はできる限り集めておきたいと思ってな」
「え、あの変な施設政府のだったの?」
「ああ」
ハルトの心底驚いた声とは逆に、スゥは低い声で言う。
「あの町、不自然だと思わなかったか? 騒音で廃止されたという旧発電所関連の施設の隣に、なんであんな巨大な風車がわざわざ残されているのか。あれこそが人工的に結界を作り出す装置だ」
スゥが何やら資料を取り出した。カメラに映るように見せてきたのは、風車の町『ヤナギ』の簡易的な地図だった。
住宅地を示す箇所が、マーカーペンで囲われている。その範囲に隣接する四か所に、「×」マークが書きこまれている。そのうちの一つの横には、さらに四角く塗りつぶされた書き込みがあった。恐らくこれが旧発電所施設で、×はそのすぐ隣に佇んでいた巨大な風車だ。
スゥは白衣の胸ポケットからペンを取り出すと、印を頂点にし、四角形に繋いでみせた。
「あの町には住宅地を囲むようにして四か所に風車が建っている。あれを直線で繋いだ内側の範囲は、外側からの騒音を遮断するように結界が組まれているんだ。結界より外の範囲で、本物の風車が発電をしているというわけだ。結界装置が風車の形をしているのは単に景観を損なわないためと、その音が住民に届いたとき、結界の効果が薄れたと判断するための指標になる」
「ふ、ふわぁ……そうだったんだ……」
あまりのことに、ナオは口を閉じるのも忘れて呆けていた。
確かに、思い出してみれば不自然な風車だったものの、任務の時には気にする間もなくランに遭遇し、すぐに不気味な施設に乗り込みと色々あったので流してしまっていた。
ハルトは唇を尖らせると腕を組んだ。
「ふぅん、なるほど。けど、おかしな気配か……気配なら逆にさっぱり分からなかったけど」
「分からなかったとは?」
ハルトが視線を斜め上に上げたところで、スゥの眼鏡が光る。
「うん。『裏切り者』が潜んでいても、奴らが明らかに能力を使っていても、オレら自身の魔力でさえも、不自然なくらい気配がしなかったんだよ。だからナオがおばけだーぎょえーきえーとか言って大変だっ……」
「ハルトー!? ひどいよっ、スゥにまでわざわざ言わないでよっ! あと私そんな変な声出さないもんっ」
余計なことを言い始めたハルトに、ナオがすぐさま抗議する。頬を膨らませて小さな拳を振り回していたが、ハルトはそれを軽く躱すと、あっさりと手首を掴んで止めてしまった。
「ほんとのことじゃん。あと、なんか町の見取り図的なものがあったけど、それはもう政府に提出しちゃったよ」
映像越しに繰り広げられる間の抜けたやり取りに、スゥは眼鏡の奥の目を瞬かせた。
懐かしいその光景を噛みしめるかのようにしばらく眺めた後、スゥは笑みを浮かべた。
「そうか。見取り図は恐らく町の地下配電の資料だ、それは聞いてる。気配の方はハルトでも分からなかったなら、おそらくあの施設にはまだ何か人為的な要因がありそうだな……わかった、ありがとう」
「スゥー? ユキヤさんと電話してる? なるべく早く戻ってきてもらうよう言ってくれないか……」




