4-20 スゥ
*
「……任務、完了だね」
「うん」
光が消えたのを確認すると、ハルトは上を見上げたまま小さく呟く。その隣でナオは頷いた。
ナオは胸の前で拳を握る。
「これでよかったんだね……。でも、精霊のことは、やっぱり私にはまだよくわからないよ……」
「うん。オレには人のことだって、よくわかんないや」
「そういうものさ。たくさん精霊を研究してきたって、僕だって同じだから」
いつの間にかユキヤが二人の方に顔を向け、話に入ってきた。
「研究?」
ハルトが上がり調子に言う。
ユキヤは白衣を翻すと、ケイを促してハルトとナオの所へ近づいてきた。
「ところで、実は君たちにはもう一つ用があるんだ。君たちと話したいっていう人がいるんだよ」
「ほえ? 私たちに?」
「うんそう」
ユキヤはとびきり胡散臭く笑うと、皺だらけの白衣のポケットから携帯電話を取り出す。
銀色の携帯電話を手早く操作すると、画面をタップして耳に当てた。
「うん。任務が終わったら連絡を取る約束をしててね。今電話するから待っててくれるかい」
「ふぅん。誰かは知らないけどユキヤさん、やっぱオレらのことある程度知ってて依頼してきたんだね」
ハルトが腕を組んで上目遣いに言う。ユキヤは携帯電話を顔から離して彼を見下ろした。
「おや、驚かないんだねハルトくん」
「だって、精霊使いの説明してくれたとき、オレらを見てこう言ってたろ。『息ぴったり、さすが幼なじみだ』って。オレらの関係なんて言ってないでしょ。まぁ、依頼のときに政府に聞いたって言われたらそれまでだけど」
「さすがだ。本当、まだ子供なのにすごいね君たちは。あの子もそうだけど」
「あの子?」
ハルトが首を傾げたところで、電話が繋がったらしい。ユキヤはぱっと顔を輝かせると話を始めた。
「――ああ、うん私だ。無事に終わったよ。え、早くしろ? はいすみません」
電話口から男性と思われる声が聞こえたが、内容は聞き取れなかった。何を言われたのか、やや背中を丸めて縮こまりながら、ユキヤは通話中の携帯電話を三人に差し出す。
「はい。君たちもよく知っている人だよ」
「よく知ってるって……?」
誰だろうか。
怪しいものを見る目をしていたケイの隣で、真ん中にいたナオが携帯電話を受け取ろうと手をのばす。
そして、画面に映る人物を見て、三人は言葉を失った。
「――久しぶりだな。ケイ、ハルト、ナオ」
聞こえてきたのは、落ち着いた少年の声。厳格さを感じる固い口調。
彼らの名前を呼ぶその声音は、記憶にあるよりも低いもの。だが、間違えるはずがなかった。
「ス、スゥ!?」
三人の声が揃って裏返った。
我先にと三人が群がると、ユキヤはあっさり突き飛ばされて携帯電話を奪われる。
駆け抜ける心臓の鼓動をうるさく思いながら、ナオは震える指先で携帯電話の画面に触れる。「展開」という文字をタップすると、短い音とともに画面が投影された。
三人の目の前に映し出された長方形の画面。
そこには、白衣を着た一人の少年の姿があった。
黒い直毛に、血の色のような赤い瞳。画面越しに見ても整った身だしなみと、真面目な印象を際立たせる黒縁眼鏡。まだ幼い顔立ちの少年が、じっとケイたちを見据えている。
彼の後ろには、びっしりと本が詰まった大きな本棚や、何かの実験器具のようなものが収納されているガラスの棚がある。どこかの実験室のような印象を受けた。
――懐かしい。
ケイたち三人にとって、彼は求めてやまなかった、大切な存在だった。
同じ故郷で育った幼なじみの少年、スゥだった。
「ど、どうして……!? スゥ、なんでキミが? ユキヤさんの電話に?」
「ユキヤさんはおれの上司だ。っていうかナオ、ちゃんと携帯を真っ直ぐ持て。映像ブレてるぞ」
身を乗り出す三人に対して、スゥは冷静に返した。
肩を震わせるナオの手から携帯電話を取ると、ハルトは腕を伸ばしてカメラを自分たちに向ける。
ケイはハルトの隣から携帯電話を覗き込んだ。
「スゥ、お前は今どうしてるんだ? 大丈夫なのか……?」
「おれは今、政府の直属機関である研究室に配属されている。おれの能力は『音』と言って、さほど攻撃力がないからか派遣隊の任務には就かず、主に研究員の下っ端業務をこなしている。他の二人はおれと違って強力な魔力を持っているから、それぞれ第一線で任務に当たっている」
「他の二人も……無事なんだな」
「滅多に会うことはないが、そう聞いている。安心しろ」
「……ああ」
頷いたケイの横で、ハルトはほっと眉を下げる。ナオは大きな目をみるみる潤ませて下唇を噛む。
ナオはハルトの手に飛びつくと、携帯電話を掻き抱いた。
「うわぁーん! スゥ――――ッ!」
「うわ! こらナオやめろ、映像暗い! お前の胸しか映ってない! 携帯離せっ」
電話口から明らかに上擦った声が聞こえてくるのを、ユキヤは笑いながら見守っていた。
「はは。スゥのあんな元気な声初めて聞いたよ。やっぱり、僕らの前では気を張っていたんだね」
口元に手を当てながら、ユキヤが歩み寄ってくる。
携帯電話を持ったまま小動物のように跳ねるナオを優しく諌めると、ユキヤも画面越しにスゥと対面した。
「君たちのことは彼からよく聞いていたんだよ。故郷の町で特に親しくしていた幼なじみの仲間が五人いるんだって。今回の任務は色々と偶然が重なったこともあるけど、頼めるなら君たち三人にって提案してくれたのはスゥだ。その代わり、君たちと話がしたいからって」
映像の中で、スゥは肩をすくめてみせた。彼がほんのりと笑みを浮かべていることに気付いて、ナオは浮かんだ涙を拭って笑顔をみせた。
「……スゥ。よかった、私たち皆心配して……」
「それはこっちの台詞だ馬鹿。お前らみたいな特に危なっかしい面子を残して来ても不安しかない」
「はぅ」
すぐさま鋭い声音が飛んでくる。頭から抑え込まれるようにしてナオは縮みあがる。
だが、スゥのことは幼い頃からずっと知っている。彼は口数は少ないし生真面目だけれど、とても優しいのだということも。
小さな頃の思い出も、最後に会ったときに見た彼の切ない横顔も。全てが昨日のことのように脳裏に蘇って、ナオは顔を歪ませた。
「でも、私たちが町に残ったわけじゃないよ。キミが、キミたちが政府に連れていかれたんだ」
縋るように、ナオは言う。スゥはただ少しだけ顎を引いて彼女を見守った。
「ケイとハルトがそばにいてくれるように、私はキミにだって毎日でも会いたいよ……! キミたちみたいに、なりたくもないのにスピリストにさせられる人がいるなんてやっぱり納得できないよ。私たちは……!」
「ナオ!」
ハルトの鋭い声に、ナオは口を押さえる。
「それ以上言っちゃだめだ。政府に筒抜けだ」
「あ……」
青ざめながら、ナオは動きを止める。言った言葉は取り消せない。
焦りを露わにする彼女に、スゥはいくぶん声音をやわらげて言った。




