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4-18 本体



 ――光が収まっていく。


 ようやく網膜に映し出されていく景色に目を凝らすと、湖の真ん中で何かがキラキラと輝いていた。


「あれは……?」


 ケイはぎりぎりまで湖に近づく。

 まだ慣れない目を細めて見ると、綺麗な丸い石が太陽の光を反射しながらそこに浮いていた。

 さらに石の下には、小さな金色の輪が接着している。それは。


「指輪……?」

「うんそう、僕の指輪だよ」


 答えたのは、いつの間にかケイの横に立っていたユキヤだった。

 いつの間に近づいてこられたのか。幽霊でも見たように飛び上がるが、声をあげそうになるのだけは何とか堪えた。

 遅れて、ナオとハルトも駆けてくる。遠目に見ても美しい指輪に揃って目を丸くすると、ナオはユキヤを見上げた。


「じゃあ、あれが精霊なんですか?」

「うん。あれは僕と出会った時から、すでに人の姿なんてなくしていたから」

「そんな……」


 指輪に視線を戻すと、ナオは肩を落とす。

 今はもう、精霊の気配はほとんど感じられない。宙に漂っている以外は至って普通の指輪に見える。

 精霊がそれほどまでに『自らの姿』を取り戻したいと願っていたのなら、最期にどんな姿を見たのだろうか。

 想いを馳せると、ナオはそっと瞑目した。

 ユキヤは優しげに目を細めると、ナオの頭にぽんと手を置く。

 触れられた頭頂部を押さえてきょとんとするナオから視線を外すと、ユキヤはケイに輝かんばかりの笑顔を向けた。


「ところでケイくん、あれ取ってきてくれない?」

「俺かよっ!?」


 ずけずけと言ってのけるユキヤに、ケイは本日二度目の突っ込みを返した。


「いやだって、僕水の上では何もできないし……こう念動力とかでくいっと引き寄せられたらかっこいいけど、そんなことできないもん」

「何がもん、だよ! だからなんで俺なんだよ自分で行けよっ!」

「ケイくんなら渡れるかなぁと。僕じゃまた溺れて濡れるだけだし……」

「ぴっ!?」

「は?」


 のほほんとした声と怒声の応酬に、ひときわ甲高い声が混じる。ナオが毛束を逆立てる勢いで縦にぴんと伸びた。


「うう、最初にユキヤさんが濡れちゃったのは私が火加減を間違えちゃったからだよ……ごめんなさい……」


 次いで縮こまる。キラキラとした上目遣いでケイとユキヤを交互に見やる彼女から、言外の逆らえない圧力を感じてケイはたじろいだ。

 何かを訴えられている。


「う……わ、わかったよ……」


 あっけなく白旗を上げると、ケイはため息をついた。

 とぼとぼと歩を進めるケイの後ろ姿に、ハルトがにやにや笑いながら惜しみない拍手を送っていた。


 ケイは迷いなく水面に足をのばす。スニーカーの底が触れ、水面に小さな波紋を作ったところで、円形の氷が広がる。

 水の上を滑るように、早足で駆ける。足元に留めた冷気で瞬時に触れる部分だけ水を凍らせているのだ。

 指輪の近くまで来ると、ケイは足の冷気を強めた。大きめの氷がぷかぷかと漂い、まるでボートに乗っているかのように水上で佇む。

 淡い魔力の光を帯びながら、指輪はただ美しく、しかし無機質な輝きを放つ。

 そろそろと手をのばす。指先が触れた途端、指輪は光を失くし、ケイの手の中に転がり落ちてきた。

 水中に落とさないように慌てて受け止めると、ケイはほっと胸をなで下ろす。本当に泳いで探すことになったら大変だ。転んでしまわないように慎重に、ケイは元来た道を戻った。


 湖畔の草を踏みしめると、ナオとハルトが待ちきれないと言わんばかりに両隣に寄ってきた。

 ケイが手を広げて見せると、二人は揃って嘆息する。


「へぇ、ほんとに指輪だったんだ……」

「ほわぁ……すごくきれい」


 少しくすんだ上品な金色の指輪。金色の爪に固定されているのは、楕円形の白い石。

 よく見ると、乳白色の中に淡い赤や青、緑など、たくさんの色が入り混じったような不思議な色をしている。光が当たる角度によって様々な表情を持つその石はとても美しく妖艶で、見る者を魅了する。

 じっと見入る三人だったが、ユキヤが遠慮がちに声をかける。


「あの、そろそろそれ借りてもいいかい?」

「あ」


 ようやく我に返る。ケイは指輪をつまむとユキヤに手渡した。借りるも何もユキヤのものだ。

 ほんの僅かだが、指輪は熱を帯びていた。ほとんど気配は分からないが、まだ少し魔力が感じられる。

この指輪は生きているのだと気付かされる。


「この指輪、やっぱりユキヤさんと似た魔力なんだね。ちょっと違うけど、根本的には同じ感じがする」


 指輪を目で追いながら言ったのはハルトだった。ユキヤは感嘆の声を漏らして頷く。


「さすがだねハルトくん。まぁ確かに精霊使い(魔力の供給元)が僕だから同じで当たり前なんだけど、僕とこれは元々同じ属性を持っていたんだよ。精霊使いは属性が違う場合はなり得ない。石油が必要なのに水を注いでも燃料にはならないからね」


 ユキヤは右手で指輪を持つと目を落とす。彼の薬指に光るもう一つの赤い指輪が、同調するように光った。


「これの属性は、幻覚という特殊属性と、水。ケイくんの言う通り、いわば鏡の精霊じゃないかな。鏡は他人は映せても、自分を映すことはできない。何か別のものがなければ、決して自分の姿を見ることはできないんだ」


 ユキヤは空いている手で指輪を撫でた。


「幻覚使いは嘘吐きだ。偶像や虚像を重ねていくと、最後には本当のことが分からなくなる。だから、呑まれないようにしないといけない」


 言って、ユキヤは指輪の石に指をかける。ぐっと力を入れると、何の躊躇いもなく石を引き抜いた。

 無造作に打ち捨てると、柔らかい土の上を蹴られた石のように転がっていく。驚いてそれを目で追うよりも先に、ユキヤは残った台座を向けてケイの視線を遮った。

 楕円形の石がぴったり嵌る、指輪の台座。石とその僅かな隙間に、何かが揺らめいている。


「水……?」

「これが精霊の本体だよ」

「えっ!?」


 思わず声をあげると、ケイはユキヤと指輪を交互に見た。


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