4-15 はじけて消える
身体はふわふわと漂っている。
まるで雲の上にいるかのような、柔らかなものに包まれた気がして、ケイはゆっくりと目を開けた。
意識を失っていたのだろうか。
ほんの一瞬だったのか、少し時間が経ったのか、それは全く分からない。
身体は少しずつ随意運動を示すが、まだ力が入らない。だが、いつの間にか頭痛は収まっていた。
ようやく顎を持ち上げて目の前を見る。徐々にピントが合ってきて、辺りの景色の輪郭がはっきりしてくると、ケイは目を見開いた。
そこは、光の溢れる美しい水辺だった。
水面はきらきらと輝き、草木が風に揺れている。
ケイはその少し上空に漂いながら、それを見下ろしている姿勢だった。身体は地面と平行にうつ伏せの状態だ。
「…………!?」
喉がひゅっと乾いた音を上げる。声が出ないのだ。
ケイは目だけをきょろきょろと動かして、辺りを把握しようとする。
既視感があったが、少し地形が違う。任務のためにやってきた湖畔ではないが、色合いや澄んだ風の匂いもよく似ている気がした。
この水辺は、川だろうか? 幅が広く、向こう岸は見えないので湖かもしれない。だが、海ではなさそうだ。
鳥の鳴き声が聞こえる。晴天を貫くように短いエコーをかけて響くさまは、のどかで、この美しい光景によく合うのだろう。
ここはどこだろう。まだ結界の中なのだろうか。
指輪の精霊はどこへ行ったのだろう。消えてしまったのだろうか。
ぐったりとして発動はできそうにないので、気配も探れない。ただ流されるまま漂うだけだ。
そんなケイの耳に、不意に子供の高い声が届く。
ケイは懸命に辺りを見渡す。少しだが首も動いてくれるようになった。
ほどなくして、水辺に駆け寄る小さな影を視認する。
子供だ。
十歳にも届かないであろう、小さな男の子が一人。
彼は可愛らしい笑い声をあげながら足を止めると、その場でしゃがみ込んだ。
岸際で水面をのぞき込んでいるらしい。
危ない。そう声を上げたくても、やはりそれは叶わない。
俯瞰の状態では男の子の頭頂部しか見えないが、それだけでも彼が好奇心に満ち溢れていることが分かった。
彼は小さな手を水面にのばす。何かを掴もうとしたのだろうか。
少しだけ見えた、水面に映る彼の笑顔が、きらきらと輝いた気がした。
直後、彼は頭から水底へと落ちていった。
「…………っ!」
ケイは手をのばそうとするが、届くはずもない。あっという間に、男の子の姿は見えなくなって、小さな気泡が水面で儚く弾ける。やがてそれも見えなくなった。
ケイは喉の奥で悲痛な叫びをあげる。目の前で消えた小さな命を、これが幻であることを強く願いながら。
そのとき、今度はケイの身体がぐるりと大きく回転した。
「ごぼっ……!?」
直後、突然重く冷たい水が身体にのしかかってくる。気付けば水中にいて、口からは大量の泡が吹き出す。呼吸ができない。
必死で水をかき分けようとしても、身体は潰れそうに重くて、どんどん水底へと押し込まれていく。
上を見ると、水面らしき光が射し込んできていて、そちらに手をのばした。
薄れていく意識の中で、小さな子供の声が確かに聞こえた。
「たすけて」
と。




