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4-12 浮き出る影


「……あ? こんな水たまりなんかあったか?」


 ケイはひとりごちる。

 地面に張った氷は所々にあったが、いつの間にか溶けたのだろうか。

 何か嫌な気配を感じた気がして、ケイは眉間の皺を深くすると水たまりを覗き込む。

 水面に映る自分の顔をじっと見つめていると、不意にそれはにたりと笑った。


「うわぁっ!?」


 驚いてしりもちをつく。慌てて体勢を整えると、ケイは氷の槍を構えた。

 警戒を強めながら再び水たまりに近づくよりも早く、それはちゃぷちゃぷという音とともに盛り上がる。

 地面から抜け出てきたそれは瞬く間に大きな人影となり、ケイの前に立ちはだかった。


「な……なな……っ!?」


 ケイはもはや驚愕のあまり口をぱくぱくさせる。

 対峙したのは、ケイと全く同じ姿をした何かだったからだ。ケイ自身は浮かべることもない恐ろしい笑みを貼り付ける何かに、さしものケイもすくみ上がる。

 それが一歩、ケイに向かって近づいた。

 ばしゃり、と水面を蹴るかのような水音が響き、ケイはようやく我に返ると、硬直しかけていた身体を叱咤する。

 同じ目線で、同じ顔で、そいつは楽しげに首を傾ける。だらりと下げていた左手を持ち上げると、その手に冷気を凝縮させた。

 そして、無数の氷の礫をケイに向かって放った。

 ケイは氷の槍でそれを的確に打ち落とした。地面に突き刺さった礫はその冷気で地面をさらに氷で覆っていく。


「……なんなんだよ、お前」


 ケイは思わず息を呑む。冷気の威力が高まるのは、この得体の知れない相手も同じらしい。

 そいつの左手は二の腕まで輪郭がぼやけるほど強い青い光に包まれ、辺りを不気味に青く照らしている。かなりの量の魔力が渦巻いていることが見てとれ、気温をさらに下げていった。

 答えることはなく、そいつは地を蹴る。砕かれた氷の欠片が宙を舞った。

 突進をかわすと、ケイは振り返りざまに氷を放った。

 弾丸のようにそいつの背中に突き刺さる。その衝撃で身体がわずかに仰け反るが、そいつは口を三日月に吊り上げたまま、ゆっくりと振り向いた。

 眼球が上転しそうなほどの三白眼が真っ直ぐにケイを射抜く。同じ姿でありながら全く生気を感じさせない。

 ケイは手を休めず氷を放つと、それは簡単に相手の胸を貫く。

 相手は表情を変えない。血も出ないようだ。自分自身を痛めつけているようで気分は良くないが、ケイがケイである以上偽物には違いない。


「お前も幻覚なのか?」


 ケイは独り言のように小さく言う。相手はやはり答えない。

 だが、やはり納得がいかないのは、相手から感じられる魔力も、冷気も、そして先ほど弾いた氷の礫もまるで本物のように感じたからだ。

 幻覚とは視覚を惑わすだけではないというのか、指輪の精霊にはまだ他にも何か能力があるのか。

 後者はユキヤの話を聞いたとき、頬に残った切り傷を押さえながら危惧していたことだ。ユキヤのことだ、聞かれなかったから言わなかった等と平気で嘯きそうなので、精霊がもう一つ属性を持っていることも十分考えられるのである。

 どちらにせよ、幻覚の中を彷徨い続けるよりも、仕掛けて来られるなら好機だ。

 ケイは相手の喉元に向かって槍を突きつける。

 ナオほどの火力はないが、標的が目の前にいるならば、彼女がしたのと同じように魔力を叩き込む。


「気味が悪ぃんだよ」


 槍の先から凝縮された冷気を放つ。

 そいつは薄い笑みを浮かべたまま、ぱきぱきと音をあげて凍り付く。やがて全身が氷に包まれると、右手を一閃したケイによってその身体は砕かれた。

 風船が割れるような、何かが弾けた音がした。

 途端、また視界が歪む。氷を踏みしめていた足は再び地面を失った。どうやら、精霊がこの空間を維持できなくなったらしい。

 だが、一度全てが消え失せて真っ白になったかと思うと、また色の粒子が生まれて新たな景色を作り出そうとしていく。


「くそ、ナオみたいにはいかねえかっ」


 ケイは舌打ちをしながらも、さらに容赦なく自身の纏う冷気を強めて気配の強い方へと放つ。火力が足りないならば手数で補うまでだ。

 作りかけの、色をごちゃまぜにしたような景色は未完成のまま四散し、またまっ白な視界が広がる。途端、視界がぐるんと回転した。


「……く……っ」


 何もない空間で体が漂い、どこが上なのか下なのかも分からない。目が回り、頭がぐらぐらして、気を抜くと意識が吹き飛んでしまいそうだ。

 ケイはその手に鋭利な氷片を作り上げ、自身の左腕を突き刺す。鮮血が飛び散ると同時に、鋭い痛みが全身を駆け巡った。

 歯を食いしばりながら声を噛み殺すと、ケイはぎっと目の前を睨む。

 また何かを描き出すのだろうか。

 極限まで神経を研ぎ澄ませる。どこから仕掛けられたとしても、迎え撃つことができる。

 そのとき、突然ケイの耳に微かな高い声が聞こえてきた。


「――……て」

「何?」


 耳に、いや、空間全体に響き渡るような不思議な声。ケイは辺りを見渡すが、何も視認はできなかった。

 精霊の声なのだろうか。

 追って、ぴちゃん、という水の音が聞こえる。


「どこにいる!? 姿を見せろ!」


 あてもなくきょろきょろと視線を動かしながら、ケイは声を張り上げる。だが、答えは返ってこなかった。

 代わりのように、また真っ白な空間に色が生まれて景色を作り出していく。ケイはまた冷気を放とうと身構えるが、今度は気配を掴むことができず踏みとどまる。ケイの持つ火力では持久戦になることも予想されるため、今魔力を無駄にすることは控えるべきだ。

 まだぼんやりとした景色。その奥に、うっすら揺らめく黄色い影をとらえた。


「ハルト……!?」


 ケイは目を見開く。

 輪郭ははっきり見えないが、淡い金色と黄色の小柄な人影らしいものは、見慣れた幼なじみの少年の姿を連想する。


「ハルト!」


 人影に向かって手を伸ばすと、ケイは叫んだ。

 そうしている間にも、景色はどんどん形成されていく。それと同時に、人影も徐々にはっきり視認できるようになる。

 金色の髪と黄色い服、細身の体格、左手には金色の柄の剣を持っている。やはりハルトの後姿に間違いなかった。だが、いくら呼びかけても彼はケイを振り返ろうとせず、背を向けたまま歩いて行こうとする。

 煙のように儚く掻き消えてしまいそうだ。

 気のせいか、ハルトの姿にどこか違和感を感じたものの、それよりも必死で叫んで呼びかける。


「おいハルト! 聞こえねぇのかよ!」


 いつの間にか、足の裏に固く冷たい感覚がある。夢中でそれを蹴って、ケイは駆け出した。



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