4-10 選び取る意思
「精霊には生命力を供給してくれる『場所』が必要。もしそれが失われるとしても、精霊にだって意思がある。死にたくないと思うことだってあるとは思わないかい?」
「それは……」
ナオの声が上擦る。だが、確かにユキヤの言う通りだ。精霊にも心はある。自分の死を受け入れられなくて、どうして責めることができようか。
ナオは切なげに目を伏せた。どうするかと言われても、炎を操るのみの自分にはどうすることもできないと思うからだ。
もしもそんな場面に遭遇したとき、せめてどんな言葉を並べればいいのだろう。
答えることができない。ケイとハルトも同様のようだ。
悔しげな表情を浮かべて押し黙るナオに、ユキヤは苦笑を浮かべて声音を和らげた。
「ごめん、意地悪な聞き方だったね。『場所』を失っても、精霊が生きる方法はある。それはスピリストが『場所』の代わりになることだ」
「場所の……代わり?」
ユキヤの衝撃的な言葉に、ナオはどうにかそれだけ口にする。
驚きのあまり、瞳孔がぱっと開く。ナオの大きな瞳には、口元にわずかに笑みを浮かべて淡々と言うユキヤの姿が揺らめいていた。
「つまり精霊に生命力……というよりも、魔力かな。精霊が精霊であり続けるための燃料を与えてやる。そうすれば精霊は『場所』を失っても死なない。代わりにその主たるスピリストから離れることはできないし、同じ理屈で主が死んだら精霊も死ぬけど」
「そんなことが……」
「可能だ。条件はいくつかあるけど」
ユキヤはようやく乾いた白衣を羽織る。
ふわりと風に乗って膨らんだ白衣が、小柄な彼をとても大きく見せて、ナオは息を呑んだ。
「まず、強大な魔力を持っていること。なので少なくともスピリストでないと不可能だね。属性の問題もあるから、魔力が適合しない場合も多いけど。次に、精霊の死の瞬間に立ち会うこと。そして強く望むこと……ヒトはその精霊を生かしたいと、精霊は生きたいと願うこと。お互いを必要としたとき、初めてその主従関係は成立する。魔力を精霊に与え続ける代わりに、精霊はその力を主のために使う。それが『精霊使い』だ」
「ならあなたも、その指輪の精霊と主従を……?」
「縁があってね。あと、責任も」
「責任?」
「うん、そう」
静かに言うと、ユキヤは微笑む。
それはどこか悲しげな表情だった。瞳の奥に淡い光りの粒が揺らめいた気がして、泣いているのかとさえ思わせる。
それ以上の言葉が返ってこないのをみると、ユキヤは瞑目してナオから目を逸らす。
眉根を寄せて話を聞いていたケイの方に向きなおると、ユキヤは声音を元に戻した。
「それでつまり、僕の依頼はね。僕が失くした指輪を、僕の精霊を見つけ出して結界を破り、奴を倒してほしい」
「倒す、って……どういうことだ」
ケイは訝しげに答えた。
『指輪を探してほしい』という依頼の意図はこれでようやく分かったものの、そこから精霊を倒すことに何故行き着くのか。
促されるまでもなく、ユキヤは続ける。さすがのユキヤもこれ以上焦らすつもりはないようだ。そうしたら今度こそ間違いなくケイの拳が飛んでくる。
「スピリストの力は破壊の力。だが、それでしか救えないことだってあるだろう。それがあれの願いを叶えるのに必要なはずだから」
ユキヤは右手を掲げる。薬指の赤い指輪が太陽の光を反射して輝き、ケイは目を細めた。
「僕でさえも、あれの気持ちは理解しきれない。けど、しょっちゅう脱走したり、僕にさっきみたいな結界攻撃を仕掛けてきたりして、何かを訴えているはずなんだよ。実は今朝も脱走して追いかけてきた先がこの場所なんだ」
ユキヤは眉を下げると、腕をゆるりと動かして湖を示した。
「だけどあれは幻覚の力を持っているから、嘘だって上手くつけるのさ。だからこそ、結界の中に入り、本当のことを探らなきゃ」
「……わかりました」
ナオはきゅっと顔を上げると、ケイとナオにそれぞれ目を向ける。三人で頷くと、ユキヤは柔らかく笑って礼の言葉を告げる。
ハルトは湖を見やる。穏やかな水面が風に揺らめいている。だが、辺りに妙な気配が漂っているのは今も変わらない。発動をしてもしていなくても、感じ取ることができる気配に大きな差はない。
だが、最初にユキヤに会った時にこの気配に気づいたことも、精霊の霊力が彼の魔力に通じるならば納得がいく。ハルトは口に指を当てて頷いた。
「ユキヤさんに攻撃力がないからどうにもできないっていうのは確かにその通りだよね」
「うん。それプラス、主従関係にあるとお互いを傷つけることはできない」
「なるほどね。そりゃそうか、その理屈だと同じ魔力を共有しているようなもんだもんね。ところでユキヤさん、攻撃力がないってどんな能力なの? やっぱりその精霊と同じ……」
最後まで言う前に、ハルトははっと目を見開いた。突然、辺りが張り詰めたのを感じたのだ。
辺りをきょろきょろと見渡して、ハルトは警戒を強める。出所が分からないのは、やはり精霊の霊力に包み込まれているからだろう。
――となれば、また捕らわれる。
「来たな……!」
ハルトは剣を構える。金色に輝く柄をぎゅっと握りしめた。
肌に突き刺さるような霊力を感じる。精霊はおそらくもう、待ってはくれない。
「――これより任務、開始だ」
澄んだ声で告げられたハルトの言葉は、最後のほうにはフェードアウトするようにして遠ざかっていく。
同じように身構えていたケイがそれに気付いて彼の方を振り向いた時にはもう遅かった。ハルトの明るい金髪はまるで水面に溶けていくように消えていった。
「ハルト! ナオ!」
ケイはハルトに手をのばすが空を切る。慌てて先ほどまでナオが立っていたところを見ても、彼女の姿もすでにない。
ぐにゃりと、視界が丸ごと大きく歪む。辺りの景色が不安定に揺らめいて、また何か別のものを彩ろうとしていた。




