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4-9 精霊使い


「幻覚……って、あれが?」

「あれは幻惑と幻覚の力を持つ精霊でね。精霊っていうのは火とか水とか、自然界に近い属性を持つのが多いけど、スピリストで言うならハルトくんの『剣』とはまた違った特殊属性だ。実はちょっと珍しい奴なんだよ。もちろん生まれた場所に依存するから、複数の属性を持つものだっている。というか、スピリストと違って属性なんて精霊にはあってないようなものか……やはり生まれた場所と強い相関が……」


 驚いた表情を見せたナオに対し、ユキヤはどこか満足げに言った。語尾に行くほどに何かを納得したようにうんうんと頷く彼に、ナオはまた困ってしまい眉尻を下げる。

 ユキヤは顔に手を当てて何かを考え込んでいる。ブツブツと何かを言っているだけで、自分の世界に入り込んでしまっているらしい。


「そこはわかった。けどいい加減にしてよおっさん戻ってこい」

「ふぐっ!?」


 ハルトが普段より三割増しの低い声をあげながら、ユキヤのネクタイを容赦なく下に引く。その勢いに顎を天に向け、ユキヤはナオにも負けない奇声をあげて我に返った。


「いたた……舌噛んだ……」

「で、おっさん。さっさと続けてくれるかな。結界というのは分かった。それと指輪とはどう関係があるの」

「おっさんて……僕はまだ二十五だよ」

「えっ……?」


 顎を押さえながら涙目で答えたユキヤに、ハルトは思わず絶句した。

 口には出せないが、正直に言うともっと老けて見える。

 ただ言葉にしないだけで、揃って目を丸くしながらユキヤを凝視している子供たちの表情は本音を如実に表している。ユキヤは苦笑を浮かべた。


「確かに年齢より上には見られがちだけど……そんな本気で信じられないって顔するのはちょっと傷つくからやめてもらえるかい……」


 明らかに声がしぼむ。子供たちにすっと目を逸らされたので、乾いた笑いで誤魔化したユキヤだった。もう少し驚いたり慌てて何か反応を返してくれるほうがまだ良いくらいだが、これ以上深く突っ込むとさらに傷つきそうだった。


「ま、まぁいいか。さっきの結界は君が思っている通り、僕が探している指輪の仕業だ」


 逸れた話を元に戻す。話が回りくどいユキヤにしては珍しい。よっぽど触れてほしくないらしい。数瞬反応が遅れた後、三人の中ではいち早く石化状態から離脱すると、ハルトは眉をひそめて反復した。


「指輪の仕業? 精霊じゃなくて?」

「精霊だよ。その指輪が僕の精霊なんだ。悪い奴じゃないけど、いたずら好きで手を焼いているんだよね」

「ん? どういうこと? 指輪が? 僕の精霊?」


 事もなげに言ってのけるユキヤに対し、三人の頭の上に漂うクエスチョンマークがどんどん増えていく。


「僕のって……そんな自分の所有物のような言い方……」

「うん、所有物だよ」


 ユキヤは口調を変えない。言っていることはやっぱり分からない。

 返す言葉に迷って黙ってしまったハルトに代わり、ケイは大仰にため息をついた。


「いや、だったら尚更自分で探したらいいんじゃ? 大体、精霊をどうやって所有するんだよ」


 任務と言われていなければそろそろ殴ってしまいそうだが、どうにか拳を握りしめただけで抑えたケイである。


「精霊は自然界の生命力を糧に生まれた生命体だ。誰のものでもないし、強いて言うなら生まれたところの精霊だろう」

「うん、元はね。でも今は僕のなんだよね」

「だからわけがわかんねぇよ……」


 ケイはがっくりと項垂れた。怒るより先に話がかみ合わなさ過ぎて疲れてきた。

 しかし、ユキヤはユキヤでまた意外そうに首を傾げていた。


「あれ? 君たちひょっとして『精霊使い』のことも知らないのかい?」

「精霊使い?」


 聞き慣れない言葉だった。三人は声を揃えて言うと、訝しげな表情をユキヤに集める。


「おお、息ぴったりだねさすが幼なじみだ。『精霊使い』というのは、精霊を使うスピリストのことだよ」

「そのまんまじゃねぇかよ!」


 ケイはついに声を荒げて突っ込んだ。

 右手首を光らせ、もはや攻撃体勢のケイをひとまずハルトが抑え込む。

 ハルトも気持ちは分かるものの、これ以上こじれても良いことがないと判断したらしい。

 ケイと同じくハルトの精霊石も先ほどから光を帯びており、能力発動はずっとしたままだ。もっとも、こちらはまたおかしなことにならないように気配を探る目的のためだが。

 当のユキヤは、まるで客席から漫才でも見ているかのようにどこか楽しそうにさえ見える。のほほんと拍手でもしそうな勢いだ。

 今度こそケイは舌打ちをした。ユキヤは先日会ったチャラ男、ランとはまた違ったタイプだがケイにとって苦手な人間だ。何を考えているか分からない。何も考えていなさそうだが。


「君たち、精霊の最期に立ち会った任務の経験は?」

「……あります」


 ユキヤの問いに答えたのはナオだった。


「そうか。そのとき、精霊はどうやって消えた?」

「……森の精霊でした。森の生命力が尽きて、精霊の身体を維持できずに、霊力を放出して消えました」


 ナオは瞳に影を落とした。


 つい先日の任務の話だ。

 自分の命よりも、生まれた森を守るためにあらゆる手段を使って奔走した、幼い子供の姿をした精霊たち。それを受けて変わろうとした町の人間と子供たちとの出会いと別れを、任務を通して目の当たりにした。

 精霊の身体は膨大な霊力を蓄えている。その容れ物である身体を形作る糧もまた、生まれた場所の生命力だ。生命力が得られなくなると、まるで薄い風船のように身体は壊れ、霊力は解き放たれる。

『精霊たちの願い』は、そんな滅びの道を辿るであろう自分たちからさえも森を守ることだった。それが分かったからこそ、ナオも全力で森を守った。降り注ぎ、地面を穿とうとする精霊たちの霊力を全て、スピリストの能力をもって打ち消したのだ。

 たとえ人間に邪見に扱われたとしても、精霊たちにとっては大した問題ではない。彼らにとっては、生まれた場所のみが唯一絶対なのだから。

 ナオの話を聞くと、ユキヤは表情を変えずに顎に手をやる。


「なるほど。その森の精霊たちは自分の死を受け入れていたんだね」

「はい。そう思います」


 神妙な顔をして、ナオは頷く。


「では、もしも最期の時、死を望まない精霊がいたとしたら? 君はどうする」

「え……」


 予想外の質問だった。ナオはやや下に向けていた顔を持ち上げて瞠目する。目に映ったユキヤの黒い瞳が鋭く光ったように見え、思わず竦んだ。



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