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4-6 暑くてたまらない


「あのな、どういうことか分かるようにもっと端的に説明してくれ! とりあえず普通の指輪じゃねぇんだろ!」


 そのまま今度こそユキヤに詰め寄ると、ケイは片手を広げて辺りを示してみせる。


「あーうん、そうだね普通じゃない。端的にって言うと……」

「だからそれが端的じゃねぇっての、一体指輪がどうやって俺たちを捕まえるんだっ」

「それは説明が長くなるのでね……」

「あのなぁ!」


 もはや額に青筋を立ててまくし立てるケイにも怯まないユキヤは、風に遊ぶ木の葉のようだ。

 苛立ちのあまり横隔膜が下から一気にせり上がったかのように肺が縮まり、ひゅっと喉が鳴った気がした。改めて息を吸い込んで声を荒げようとしたケイだったが、その前に鋭い音が聞こえ、何かが頬を掠めた。


「ん?」


 その直後、弱いが脈打つような鋭い痛みを神経が伝えてくる。

 一瞬のことで何が起こったかわからなかった。手で触れると、頬から血が滲んでいることに気づいた。

 冷や水を浴びせられたかのように、ケイは冷静さを取り戻す。全身が総毛立った。

 何か嫌な気配に包まれているような、そんな気がしたのだ。そしてそれを感じ取ったのは、ケイだけではなかった。


「ケイ、危ない!」

「うわっ!」


 ナオの甲高い声を合図に、突如として大きな岩がケイに向かって飛んでくる。ケイはそれを間一髪で躱した。しかしそれだけでは終わらず、転がっていた岩がゆっくりと地面から離れる。

 大小様々な岩が宙に浮き、三人に一斉に襲い掛かった。


「きゃっ!」


 驚きつつナオはひらりと身を翻すと、持ち前の身軽さで次々と岩を躱す。飛び回る三人の姿と赤い空を鮮やかに映している水たまりの水が、地を踏みしめる勢いに合わせて大きく散った。

 一度大きく跳躍すると、数メートル後方へ飛び退って体制を立て直す。はずだったが、着地した左足が地面に吸い込まれるかのようにめり込んだ。


「ほぇっ!?」


 後ろに大きくバランスを崩し、ナオは思わず間の抜けた声をあげる。どうにか反対の足で強く地を蹴ると、そのまま前転して立て直した。

 直後、容赦なくナオの目の前に大岩が迫る。避けきれないと判断した彼女は、火を放たんとその手に魔力を凝縮する。精霊石が鋭く光った。

 小さいが強力な火の塊を放つ。しかしそれが衝突するよりわずかに速く、右方向から飛んできた短剣に大岩が破壊され砕け散った。


「ハルト!」

「ナオ、大丈夫!?」

「ありがとう!」


 普段手にしている長剣ではなく、いくつもの短剣を生み出して身体の周囲に漂わせているハルトが、ナオのもとに駆け寄ってくる。

 二人分の甲高い声が辺りに反響している。不自然に何度もぶつかっては空気を震わせるその声に、三半規管が揺さぶられているようで気持ち悪い。めまいにも似た感覚だ。

 そしておかしいのはそれだけではなかった。


「ていうか何ここ……めっちゃ暑いんだけど」

「え?」


 額に大粒の汗を滲ませながら、ハルトは恨めしそうに言った。それに対し、ナオは首を傾げる。

 わざわざ言わずとも、この辺りの平均気温は年間を通して高い。暑いのはいつものことである。

 そう思いたいところだったが、やけに辛そうな顔をして汗を拭っているハルトを見て眉をひそめた。彼はこんなにも暑がりだっただろうか。


「ハルト、だいじょうぶ?」

「なんとか……ってお前は平気なの?」

「うん、ぜんぜん」

「うへぇ……」


 反対に清々しいナオを見て、余計に辛くなった気がしたハルトだった。

 周囲への警戒を強めるため、ナオは両手に炎を構えている。それを見て一瞬考えたが、いくらなんでも彼女の能力のせいではない。


「あ、そういえばケイはっ?」

「あ」


 ナオが甲高い声をあげて辺りを見渡す。その間にも飛んでくる岩や石が煩わしく、腕をないで打ち落とす。意外と攻撃力は低いようだ。

 その間にも、ハルトは直感にも似た嫌な予感を覚えた。ナオがこのおかしな環境下で元気ということは、もしかしてと。

 冷たい空気が流れたのを感じて、ナオは振り返る。後方の少し離れたところにケイはいた。


「よかった、無事だったんだね!」


 立ち尽くす彼に向かって、ナオが弾んだ声をあげる。彼が答えるより先にまた小ぶりな岩が飛んで行ったが、ケイは冷気でそれを軽く跳ね返す。氷に包まれた岩は力なく地面を転がった。

 ケイの体は、全身が淡い青色の光を帯びている。いつもより発動が強いようで、それが周りの空気を若干冷やしているらしい。


「もう、またものが浮いて襲ってくるなんてやだよ……ってケイ?」


 ナオとハルトが駆け寄っても、ケイは俯き、反応は鈍いままだった。不思議に思ったナオは彼の顔を下から覗き込む。


「ねぇケイ? どしたのだいじょうぶ? どっか痛いの?」

「いやだから……お前もうそれから離れろよ……」


 ケイの顔はハルトと同様、いやそれ以上に汗ばみ、息も絶え絶えな様子だった。慌てたナオは彼の二の腕を両手で掴んで詰め寄るが、その体は冷気でひんやりしている。


「ケイ、もしかしてキミもやっぱり暑いの? 私は何ともないんだけど……」

「逆になんでお前は平気なんだよ……」

「ほぇ?」


 できる限りの冷気で防御してもこの有様だった。

 ナオの余裕綽々とした表情に内心愕然としつつも、彼女の後ろのハルトに目を向ける。彼の様子を見る限り、やはりおかしいのはナオの方だ。火で臨戦態勢を取っているのはいいが、今回ばかりは頼むから離れてほしいと思ったケイである。暑い。いや熱い。

 ふらつく頭で、ケイはひとつの仮説にたどり着く。


「ってことは、この差はもしかしてお前が『火』だからとかじゃ……?」

「あ!」


 ナオは目を見開いた。

 確かに、熱を生み出す能力と奪う能力、二人の差を考えれば……納得がいくのだろうか。だが。


「そうだとしてもどうしてっ」

「それはわかんねぇよっ」


 ゆっくり話す余裕はなさそうだった。すでに地面に散らばっていたものは全て消え去っており、一体どこからどうやって飛んで来るのか全く分からないが、考えることを許さないと言わんばかりに岩が飛んでくるので躱さなければならないからだ。それは気付いたら風を鋭く切る音とともに、突然現れるように思える。

 埒があかない。

 すでにへばっているケイを庇う形で、ナオは左手を掲げ、ボール大の火を投げつけた。

 正面から岩とぶつかった火は瞬く間に空中で火柱をあげる。直後、どちらも跡形もなく消え去った。


「ふぇ!?」


 ナオの甲高い声が響く。

 駆け寄って地面を見下ろすと、そこには変わらず荒れた大地と水たまりがところどころにあるだけ。火に包まれたとはいえ、岩が破片も残さずに消え去ってしまうとは思わなかったからだ。

 いくらなんでも脆すぎる。あれは本当に岩なのだろうか。

 そう思ったナオの足元から、ぱきんと音があがる。見ると、ケイの冷気に当てられたのか、水たまりは一部が凍っており、ナオがそれを踏みしめたせいで割れたらしい。

 やけに鮮明に映し出されているナオの怪訝な顔が、ヒビによってさらに歪んでいた。


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