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4-5 捕まったのさ、指輪に。


 人差し指をちょいちょいと動かし、ユキヤは悪びれる様子もなく笑っているだけだ。

 それ以上何も言おうとしないユキヤに対し、ケイが遠慮なしに嫌悪感を顔に出す。本当に湖に潜って探すなどできればやりたくない。というより、先ほどここは深いよなどと忠告してきたのは何だったのか。

 声無き声で何か返そうと模索しているケイや、もはや言葉もなく目を点にしているナオを置いて、ハルトが口を開いた。


「それで、その指輪の特徴は? いつなくしたの?」


 訝しげな表情のハルトに視線を落とすと、ユキヤは待ってましたと言わんばかりに頷いた。


「ええと、けっこう大きめの白い石がついてるんだ。こう、いろんな色が見えてキラキラしててね。指輪は金色。形は楕円形で、親指の爪よりふた周りくらいは大きいかな。なくなったのは今朝だね」

「今朝? 朝からこんなところにいたの?」

「うーん、いたというか、向かってしまったというか」

「うん?」


 ユキヤはのらりくらりと答える。返す言葉に困ることばかり言われると、会話が続けにくい。

 滑らかな動きで、ユキヤは手のひらを上に向ける。どちらかの手首には三人と同じく精霊石があるはずだ。無意識にそれを確認しようと目を向けたところで、ハルトははたと気づく。


「っていうかユキヤさん、もう指輪してんじゃん。それは?」


 ハルトはユキヤの手を指さした。それにユキヤはほんの少しだけ目を丸くした後、すぐにまたへにゃりと笑う。


「ああ、これかい。これとはまた別。必要なものではあるんだけど」


 指摘されて初めて知りました、と言わんばかりのわざとらしい口調だった。ユキヤはさして興味もなさそうに右手をひらひらと揺らす。

 彼の右手の薬指の付け根に、小振りな赤い石のついた華奢な指輪があった。ナオが小さく声をあげていたが、彼女の反応通り、どちらかというと女の子の方が好みそうなデザインだ。男性の指にはやや浮いて見える。さらにその主が見た目にあまり気を使っていなさそうなユキヤだということもあり、一見すると不釣り合いだ。

 ハルトは首を傾ける。しまりのない声で笑うユキヤの顔と指輪を交互に見やるが、なぜか指輪がユキヤの指の一部であるかのように馴染んで見える。いや、不自然なほどに、指輪自体が目立たないように感じられた。

 しばらく唸りながら逡巡すると、ハルトはようやく自分を納得させられる考えにたどり着く。


「もしかしてただ全体的に影が薄いだけとか……?」

「ええっ、ひどいなそれはー」


 ユキヤは眉尻を下げながら言う。ハルトがやたら真剣な顔をして呟くものだから、普通にけなされるよりもダメージを受けたようだ。

 しょんぼりと肩を落とすと、ユキヤは小さな声で呟く。


「もー、この口が容赦ないとこなんかほんとあの子と同じだよなぁ」

「あ? なんだよ?」


 返したのはケイだった。表情を見るに、内容までは聞き取れなかったらしい。顔を上げると、ユキヤはぷるぷると首を振る。


「いやいや、なんでもないよー気にしないでー」


 見た目は良い歳の男が、まるで少女のように手を胸の前で大げさに振りながら笑顔を向けてくる。言外に何かを言っている半目を向けただけのケイに、今度は苦笑を浮かべたユキヤだった。

 まるで何か反応を返さなければと気を使ったかのように、風が草を撫でる音がする。どこからか魚が跳ねたような水の音がしたかと思うと、ユキヤは不意に湖に目を向けた。

 水面は静かに揺らぐ。先ほど飛び立った水鳥は、まだ戻らない。

 突然三人に対して興味を無くしたように、ユキヤは湖をじっと見つめている。


「…………?」


 ハルトは眉をひそめた。ユキヤの行動に、というよりも、包み込まれるような出所がつかめない妙な気配が、風に合わせて揺れた気がしたのだ。まるでこの景色と同調するかのようにして。


「さてと」


 唇の端を吊り上げると、ユキヤは低い声で言う。

 三人に背を向けながら、ユキヤはすいと空を仰いた。彼のぼさぼさの髪が静かに踊る。


「僕が頼みたいこと、口で説明するよりも実際見てもらったほうが早いと思うんだよね。たぶん、そう待っちゃくれないだろうし」

「ああ? だからなんだってんだよ」


 ケイの声に、ユキヤはくるりと振り返る。

 意味ありげに笑うと、ユキヤは右手の人差し指を再び上に向けた。


「そろそろ来るんじゃないかな。気を付けといてほしいんだけど、実はあの指輪はね……」

「ふぇ?」


 ナオの上がり調子の声が、強引に捻じ曲げられたかのようにして掻き消える。それと同時に、辺りの景色がゆらゆらと揺れて歪みはじめた。

 驚いて辺りを見渡した時にはすでに、これまでと全く別のものが網膜に映し出されていた。


 先ほどまで青かった空は血を落としてかき混ぜたかのように赤い。広大な湖は一瞬にして干上がり、小さな水たまりがいくつか残っているだけの荒れた大地が広がる。鮮やかな緑の植物は寂しげなにび色の岩々に、上空を旋回していた白い鳥は黒い雲に変わる。

 薄暗い夕焼け色の荒野が、辺り一面に広がっていた。

 まるで絵の具をぐちゃぐちゃに溶かしたかのように変わり果てた、不気味な光景だった。


「な……なんだよこれ、何が起こった!」

「どうなってんだ!?」

「うぇえっ! ここどこ!?」


 一様にして狼狽える三人に、ユキヤは一人のん気に肩をすくめてみせた。


「あららー、遅かったか」


 わざとらしく語尾を上げるユキヤを、ケイは思い切り睨みつける。


「遅かったか、じゃねぇよ! てめぇの仕業かよ!」

「気をつけてとは言ったじゃないか。それに僕じゃないよ」


 胸ぐらに掴みかからんばかりの勢いのケイをかわすと、ユキヤは赤い空を指さした。


「捕まったのさ。指輪に」

「は?」


 いけしゃあしゃあと言ってのけるユキヤに対し、三人は揃って呆然とした声をあげる。

 彼が失くしたという指輪のことか。見ると、ユキヤの右手の薬指の赤い指輪はそこにはまったままだ。

 ケイは混乱する頭をどうにか落ち着かせようとかぶりを振る。


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