4-4 ユキヤの依頼
「……なぁんてウソ。本当に隠すつもりだったなら教えてよ。あんたが現れてから気づいたけど、このへんを取り囲んでいるような変な気配があってさ……それ、あんたの周りが一番強い」
ケイははっと瞠目すると、すぐに魔力を練り上げてみる。右手の精霊石が微弱な光を帯びて応えた。しかし能力を発動しても、ケイにはハルトの言う気配とやらを感じ取ることができなかった。だが、反射的に抱いたユキヤへの警戒心は、何かを感じ取ったからなのかもしれない。
ユキヤは剣とハルトの顔を交互に見、何か考えるようなそぶりを見せる。
本心の見えない、嫌らしい笑みを一層強めると、ユキヤは頷いてみせた。
「剣か……兵器属性、つまり魔力で武器を作り出す能力のひとつだね。人間が持つことができる魔力はほとんどが自然界のエネルギーに似たところがあるものなんだけど、君は純粋に、人間としての意志と力を持って生まれたようだ。珍しいね」
「どういうことだ?」
「言った通りさ。自然界に存在する火や水といったものと違い、君の持つ魔力は属するものが大きく異なる。だからそんな風に別の気配に敏感になれるんだよ。君に恵まれた大きな才能のひとつさ。だからやめた方がいい」
ユキヤの口から意味深にこぼれ落ちた言の葉が、空気を細かく振動させたような妙な錯覚に陥る。
ハルトが懸命にそれを拾い集めようとしたとき、ユキヤは何を思ったのか、素手で剣の刃を掴んだ。
「何する……!?」
ハルトは目を大きく見開く。反射的に剣を回転させ振りほどこうとした。
しかしユキヤの手から血は一滴も流れず、刃はぴくりとも動かない。
次の瞬間、握りしめられたハルトの手から、忽然と剣が消え失せた。魔力が物質を形作るのをやめて霧散したのだ。ハルトが思わず発動を解いてしまったのだろう。
ユキヤは手のひらをハルトに見せつけるようにひらひらと振る。その手には傷一つなかった。
「な……!」
「相手の能力が知れないうちに、自分の力を見せてしまうのはあまり利口とは言えないよ」
言葉を失うハルトをよそに、ユキヤは優しげに目を細めてみせた。まるで大人が子供を穏やかにあやすようだった。
ハルトは思わず息を呑む。
「……くそ!」
「ごめんごめん、僕もびっくりしただけで君を甘く見ているわけじゃないんだ。むしろ頼りにしている。だからせめて話だけでも聞いてくれないかい」
目を悔し気にすがめ、唇をかみしめるハルトを見て、ユキヤは慌てて首を振った。
「実際、僕にはどうすることもできないんだよ。だからこうして任務として政府に依頼することを部下がすすめてくれてね。どんな任務でも自分の実力を正しく判断し、時には頼ることだって大事だろう」
「確かにそうだね」
ハルトは頷く。不貞腐れたような口調だったが、唇は挑発的に吊り上げられる。自嘲的とも言える表情だった。行動が先んじてしまったことに関しては、ユキヤの忠告通りである。
「でもこう言っちゃなんだけど、オレらはまだスピリストになってから日が浅いから、人の任務とかだったら手伝えるようなもんじゃないと思うけどなぁ。利用されることはあってもね」
「それはわからないさ。だって僕と君たちは違う人間だからね」
『利用』という言葉をわざとらしく強調させたハルトに対し、ユキヤは大して気にも留めずにこりと頷いただけだった。
「事実君は僕の魔力に違和感を覚えているはずだ。だから自分の発動を強め、それを僕に向けることで気配を確かめようとしたんだろう。僕には異常だと分かっていても、それを確かめる術はない。僕自身と同じものに囲まれていたところで僕にはその差を感じることができないからだ」
「……」
ユキヤの言っていることの意味が全く理解できない。ハルトはついに言葉を返すことを諦めた。
「さて、それで君たちに頼みたいことなんだけど」
ユキヤはくるりと子供たちを順番に見渡す。ナオは首をひゅっと縮めた。
いかにも胡散臭いものを見るかのようなケイの目を見ると、ユキヤはすっと左の人差し指を真上に立てた。
「僕は今、捜し物をしているんだ。ここに嵌っていたはずの指輪がなくなってしまってね。たぶんこの湖にあるはずなんだけど見つけてもらえるかな」
「へ?」
「はぁ?」
ハルトとケイのすっ飛んだ声が綺麗に重なる。ナオは口を尖らせて目を丸くしていた。
ユキヤは右手で自身の左手を指さしている。ケイはわなわなと震えながらそれを見ていたが、脆くも爆発した。
「なんなんだよそれ、俺たちにだって見つけられっかそんな小っさいもん……!」
「大丈夫だよー。だって君たちは僕じゃないし」
「だからさっきから言ってる意味がひとつもわかんねぇよ! だいたいたぶんって何だ、まさか潜って探せとか言うんじゃねぇだろなっ?」
「それで見つかるならそうしてくれても僕は別に……」
「見つかるかーっ!」
ケイの盛大な突っ込みに驚いたのか、湖に浮かぶ鳥たちが一斉に飛び立つ。




