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4-2 湖畔で待つ人


「でさ、なんか一人で黄昏てるとこ悪いけど。この地図の場所が何って? なんか言ってなかったの」

やや非難を込めた声だった。ハルトが顔の前でぱたぱたと手を振ってみせたところで、ケイはやっと我に返った。


 考えごとをしていたら任務のことがどこかへ飛んでしまっていた。もはや剣を構えようとせんばかりに前のめりのハルトに、ケイは素直に謝罪する。


「あ、わり。で、任務なんだけど。とりあえずそこに行けと。で……」

「うんうん、この地図ね……でもさケイ、ここって湖だよね」


 言って、ナオは携帯電話の画面に指二本で触れて広げる。スクリーンに展開されていた地図が拡大され、より細かく表示される。

 黄色いマークが点滅して示された目的地の真横には、青色で塗りつぶして描かれている湖があった。

 町のすぐ近くにあるそこは、内陸に位置する『ギンネ』の町にとって重要な水源である。

 ナオは唇をきゅっと引き結び、コクリと頷いた。


「もしかして湖の精霊とかかなぁ? すっごく大きいよねこの湖、確かに精霊がいてもおかしくないよね」

「いやでも、この距離なら今もだけど、町にいながらでもギリギリ気配感じてもよかったんじゃない? 町の人も精霊に敏感になったって良さそうなのにそれもなさそうだったし、そこまで厄介な奴じゃないってことかねぇ」

「ハルトがそう言うならそうなのかなぁ。ねぇケイところで任務って……」

「だから、お前らだって勝手に話膨らませてるだけだろうが」


 地図を見ケイを見、盛り上がるナオとハルト。ケイはもはやがっくりと肩を落とした。

 二人揃って笑いながら誤魔化すのを軽くねめつけてから、ケイは再び地図に目をやった。


「依頼主本人がその場所に来る。任務はそいつに直接聞け、ってことらしい」

「ほえ?」

「へえ?」


 ナオとハルトは揃って抜けた声を上げた。口をぽけっと開けた顔でケイに視線を集める。


「何の前情報もなしに? それはまた新しいパターンだねぇ」

「だろ。前みたいな祭りがあるからとりあえず町に行け、なんてわけでもねぇし、何だってんだよ全く」


 ハルトも困惑した表情を浮かべる横で、ケイは低い唸り声を上げた。

 多くの場合スピリストへ命じられる任務はまず、政府に依頼されるものである。

 各地のトラブルなどは一般市民によって伝えられ、政府はそれを解決すべくスピリストを派遣する。

 任務を命じるスピリストは政府が選ぶ。各々の能力者としての実力を考慮し、かつ最も現場に駆けつけやすい者を決め、電話で通達する。

 先ほど散々喚いてくれた携帯電話は、政府との連絡専用として配布されたものだ。言わずもがな、位置情報を通じて所有者の現在地は政府に筒抜けなのである。

 ケイはやれやれとため息をつくと頭を掻く。いくら考えても仕方がないことは仕方がないのだ。

 とりあえず、三人肩を並べてしばらく歩を進める。ほどなくして、ナオがあっと高い声をあげて前方を指さした。


「見てみて二人とも。あれじゃない?」

「あ?」


 ナオの短めの茶髪と赤いヘアゴムが、いっそう大きくはねる。ケイははっとして顔を上げた。

 前方には、太陽の光を受けてきらきらと輝く湖が見えていた。本当に駅から目と鼻の先だった。

 なるほど、遠目に見てもそこそこの大きさがある。耳を澄ませば水の音も聞こえてきた。すぐ近くに川もあるようだ。

 三人は思わず湖に向かって駆けだした。


「うわぁ、きれーい!」


 見事な俊足でいち早くたどり着いたナオが、甲高い歓声をあげる。

 数歩遅れたケイとハルトも、揃って感嘆の声を漏らした。

 背の低い草木に囲まれた湖畔は、近くで見てもとても美しかった。やや遠くに向こう岸が見え、目測でもかなりの距離がありそうだ。青々とした緑に囲まれて、いっそう輝いて見える。

 澄んだ風が水面を揺らす。ところどころに水鳥が漂い、可愛らしい声でさえずっている。

 ナオは目を輝かせた。軽い足取りで水面ぎりぎりへと近づく。


「ねぇねぇあれ、何て鳥かなぁ? こっち来てくれないかな?」

「おい、あまり近づくと危ねぇぞ」


 ナオは今にも湖に飛び込まんばかりの勢いだった。ケイは慌てて待ったをかけるが、振り向いたナオは満面の笑みを浮かべていた。


「だいじょうぶだよ! 鳥さん近くで見たいし私も泳ぎたいなぁ」


 ナオはうれしそうに水面を指さすとその場にしゃがみ込む。その目はまた水鳥に釘付けだ。

 遠くにいる水鳥をつかもうと延ばした手が、もどかしく空を切る。今にも前へ傾きそうな彼女の後ろに、ケイははらはらしながら近寄った。


「確かに泳いだら気持ちよさそうだねぇ。この辺はちょっとだけ涼しいけど」


 ハルトもひょいと覗き込む。こちらもはちきれんばかりの好奇心にうずうずしている様子だった。

 ゆらゆらと揺れる水面に、三人の顔が鏡のように綺麗に映し出された。澄んだ水は明るい太陽光をほどよく反射している。よく見ればすいすいと動く影もあった。魚だ。

 ナオは笑顔を浮かべながら、猫のように反射的にそっと水面に手を延ばす。その時だった。


「やめといた方がいいよ。ここはけっこう深いから」


 不意に、背後から落ち着いた声がかけられた。


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