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4-1 目的と理由

**


『ギンネ』の町。


 特筆するようなことはない、ごくふつうの町である。強いて言うならば、地図上でも青色が目立つほど広い湖を有していることくらいだろうか。

 都会でも田舎でもなく、人口の移り変わりが激しいわけでもなく、いい意味で普遍的な雰囲気がそこかしこから漂ってくる町だ。

 吹き抜けてくる風を感じてみても、どこか懐かしい庶民的な香りがして、なんだかほっこりと心暖まる。人在らざるものの気配はどこにも感じられず、これではスピリストもお役御免だろう。

 現にケイたちも、前の任務の後偶然ここに立ち寄っただけだった。

 目立った観光資源もなく、特にこれといった関心は持っていなかったため、夜を明かして体を休めただけで素通りするつもりだ。

 政府にとって主要な町は、どちらかと言うと海沿いに面していることが多い。そのため任務の指示がなく、行動の自由がきく今のうちに内陸から再び海の方へ出よう、というハルトの意見には満場一致で賛成し、列車に乗るために駅へ向かおうとしていたところだ。

 まさに駅に着こうかというときに、携帯電話が容赦なく鳴り響いた。服のポケットの中でバイブレーションと大音量の着信音のコラボレーションを披露され、文字通り飛び上がって驚いたケイはどうにか平静を装って電話に出る。

 政府からの電話、つまり新しい任務の命令である。つい昨日も任務をひとつ遂行したところにこれだ、最近はなんだか間隔が短いような気がする。

 心の中では何かしら悪態をつきつつも、ケイは短い相槌で応答する。

 そんなケイを二対の目がじっと見つめる。ナオとハルトは耳をすませるが、電話口の声は事務的で淡々としており、内容までは聞き取れない。


「え? それってどういう……」


 そうしている間に、だんだんケイの眉間に皺が刻まれていった。それに合わせて相槌も歯切れが悪くなっていき、ナオとハルトは揃って不思議そうにまばたきをしていた。


「……わかりました」


 低い唸り声を混ぜながらも、ケイはひとまず任務に了承の意を示す。瞬間、通話はあっさりと途切れた。政府は時間の無駄使いはしない主義なのだ。


「…………」


 ツーツー、という不在を示す音が聞こえてくる携帯電話を耳から離すと、ケイはしばらくそれをじっと見つめていた。

 やがて諦めたかのように画面をタップする。見かねたナオがケイの肩をぺたぺたと叩くと、ケイはようやく我に返った。

 ナオが大きな瞳を丸くして、斜め下からケイを覗き込んでいた。


「どうしたのケイ、なんだか難しそうな顔してるよ? 任務はなぁに?」


 その言葉通りのケイの顔をじっと見つめると、ナオは顔を曇らせる。


「そんな大変そうな感じなの?」

「いや、そういうわけじゃなさそうだけど……」

「じゃあケイ、どこか痛いの? だいじょうぶ?」

「なんでそうなるの?」


 語尾が上がってばかりのナオに律儀に突っ込みを返すと、ケイは腕を組んで唸る。なぜだか時々飛び出すナオの「○○痛いの」シリーズだが、だいたいがよくわからない。

 ケイの周りで手をぱたぱたと振ったり、自分の頬を引っ張って謎のアピールをしているハルトに関しては、構いたがりのケイにしては珍しく完全に無視だった。

 本気で何かを訝しんでいるらしいケイに、ナオの頭の周囲を漂う疑問符は増える一方である。


「なになにー? ケイが黙ってたってオレらにもわかんないよー?」

「あ」


 軽い口調が降ってきた。それを認識するより早く、無言のアピールを諦めたらしいハルトはケイの手からひょいと携帯電話を取り上げる。

 同時に、今度はメールの受信を告げる優しい音色が響いた。


「お、なんか地図が送られてきたぜ」


 ハルトは早速地図を展開する。目の前に映し出された目的地を示すマークを確認すると、近くに駅がある。

 手が届きそうな距離になって待ったをかけられた件の駅は、すぐそこに見えている。ということは。


「おりょ? ここからめっちゃ近くだ」

「ああ、とりあえずそこに向かうんだが……」

「が?」


 三人仲良く地図とにらめっこしながら、ナオは再び隣にいたケイの腕をぺちぺち叩いて促した。

 ぴょこんと揺れる彼女の髪を見ながら、ケイは頬をかいた。


「いや、それが内容がまだわかんねぇんだよ」

「ふえ?」


 ナオはますます怪訝な顔をする。

 そして何かに思い当たったかのように表情を固くした。


「電話で何も言わなかったの? もしかしてまたハッキングの危険があるから支部へ戻らなきゃとか?」

「いや、それは心配すんな。さすがにそんな前みたいなことはないだろう……と思う」


 即答しようとして、ケイは唸る。それに合わせ、だんだん声が小さくなっていった。

 そうとは思うが、政府の言うことを鵜呑みにしない方が良いだろう。この生活はそれほど長いわけではないが、日々振り回されている政府に対する信用などないに等しい。

 ナオの言いたいことはよくわかる。つい先日遭遇した、電気エネルギーの盗難と情報のハッキングを繰り返していたあの『裏切り者(クロ)』たちのことは、ケイも記憶に新しい。

裏切り者(クロ)』とは、政府の管理から逃げ、命令に背いたスピリストのことである。スピリストという戦力を厳重に管理している政府はそれを危険因子とみなし、排除する。排除というものがどういったものなのかはケイたちにはわからない。だがそれは決して甘いものではないということだけはわかる。


 スピリストにとって政府は絶対的。圧倒的な主従関係。


裏切り者(クロ)』がどんな目的で政府から離れ、さらにそのような犯罪に手を染めたのかはわからない。政府を敵に回すことのリスクを理解していなかったのだろうか。

 結局、彼らは謎の女性事務員に扮していた『雷』の能力を持つスピリストによって捕えられた。その後はケイたちが知る由もないが、政府も同じことをみすみす繰り返させるほど愚かではない。すぐに対策を練り今後の戦力管理を改めようとするだろう。

 あの事件はその後、大きくニュースに取り上げられた。一部からは批判的な声もあったようだが、政府の謝罪の言葉とともに報道された。

 一般市民や警察を巻き込んでしまったのだから仕方ないのかもしれない。だが、政府が自分たちの管理ミスとも言える戦力の暴走をわざわざ報道したのは、他のスピリストたちへの牽制の意味もあったのではないだろうか。記事を読んだハルトが眉間に皺を寄せながらそうこぼしていたのはつい最近の話である。


 それにしても、スピリストとしての力を悪用するなどどういう神経をしているのだろうか。今更ながら『裏切り者(クロ)』を思い出すと、ケイは小さく舌打ちを漏らす。

 ケイは己の右手首の青い石を見ながら、反吐が出そうな感情をこらえる。

 本来人が持ち得ぬ力を得ても、失うものの方がずっと大きい。よほどの理由がない限り、求めるものではない。

 いや、力を悪用すること(・・・・・・・・)自体が魔力を得る目的であるならばそれも合理か。何を犠牲にしても、全てを呑んだ上でその覚悟があるのなら、誰も彼も同じなのだろうか。

 スピリストは悪であればこそすれ、人を守るために働く崇高な存在であることは決してない。そういう「仕組み」なのだから。


 ――いいや、そうでもないか。


 ケイは頭を振る。自嘲を込めた笑みを浮かべると、心のなかで吐き捨てる。


 ――それを望んでいなかった者だって確かにいるのだから。



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