3-27 白い花
「あ、そうだ!」
変な顔をしながら腕を組んでいたケイに、サキが何かを思い立ったかのように三つ編みを揺らして駆け寄る。
視界の中でカラフルなスカートの裾が揺れたのに気付くと、ケイは顔を上げる。すぐそばにサキのにこやかな顔があって、ケイは思わず驚いた。やや小柄なサキはケイとほとんど目線が同じだ。
「お礼と言ってはなんだけど。ねね、ケイくんケイくん」
「え、何……?」
訝しむケイの耳に顔を近づけると、サキは明らかに弾んだ声で囁いた。嫌な予感がして肩が強張る。
そして予感は的中した。
「将来ウェディングドレスが必要になったら呼んでね。昨日の衣装にだって負けない、最高のドレスをプレゼントするわ」
「な……っ!?」
予想もしなかった話に、ケイは上擦った声を荒げた。
「何言ってんだよ! 別に俺はナオ……」
「あら、私相手がナオちゃんとは言ってないわよ?」
「あっ……」
「うふふふ」
サキは手を口に当てながら震えている。ケイの反応があまりに予想通りで、可笑しくてたまらない。
ケイはケイで真っ赤になりながら口を押えている。次いで己の言動の後悔に頭を抱えていると、一番気付かれたくない人が彼の不審な行動に気付く。
「ふに? 私がなぁに?」
「何でもねぇよ!」
声をかけるも、一瞬で追い払われてしまった。よくわからないままナオはしょんぼりと眉を下げる。
「あはははは! あーんもう可愛いんだからっ。何年か後に期待してるわよ!」
「サキ、やめなさい」
サキはもはやひっくり返りそうな勢いで笑いこけていた。すでに成人した彼女にとって、十歳近くも年下の男の子をからかうのは新鮮で面白い。彼女の後ろでアオが心底同情した目をしていたが、サキはお構いなしだった。ついでにハルトもケタケタと笑っていて、不思議がっているのは当のナオだけである。
「あ、そうそうナオちゃん。あなたに言づてがあるのよ」
「ふえ?」
サキは笑いすぎて目尻に溜まった涙を指で拭うと、ごそごそと荷物を漁る。
きょとんと口をすぼめているナオに、サキはリボンの付いた小さな包みを手渡した。
「うちの従妹がね、来年もまたお祭りにおいでって。見送りに来たらって言ったのに、あの子も照れ屋さんね」
サキは唇にそっと指を当ててウィンクをする。包みを開くと、白い花のブローチが顔を出した。
「わぁ、きれーい!」
ナオは瞳を輝かせた。サキは満足げに笑ってみせる。
小さな白い花を透明の樹脂のようなもので閉じこめ、さらにそれで花と蝶の形をかたどっている。きらきらと光るパールが揺れるデザインも可愛らしい。
「うちの町の花はその名の通りアベリア。白い花は緑の妖精……いえ、エリア様の花なの。ヒマリの夢は、手作りのアクセサリーのお店を持つことよ。あの子の自信作、ぜひ受け取ってあげて」
「すてき、ありがとうございます!」
ナオは両手でブローチを持つと、壊さないようにそっと抱きしめた。
ヒマリとも色々あったが、根は優しくて一生懸命だった彼女にはがんばってほしい、ナオはそっと目を細めるとそう思った。
「髪飾りよりもブローチの方がいいと思ったらしいわ。その方がつけやすいだろうからって」
「あ……」
ナオは左手で髪に触れる。赤い飾りのついたヘアゴムのつるりとした感触が指先に感じられた。
サキは左上に目線をやるナオの手から、そっとブローチを取る。彼女の胸元にブローチをつけると、サキは柔らかく微笑んだ。
「そのヘアゴム、大切なものなんでしょう? おしゃれは笑顔の魔法。女の子は好きなものや可愛いものを身につけていると幸せな気持ちになれるのよ。それを忘れないでね」
「はいっ」
ナオは声を弾ませた。それに合わせて髪が揺れる。赤いヘアゴムが、朝日を反射して輝いたように見えた。
――いや、ヘアゴムの上で何かが小刻みに動いている。
自身の頭が見えないナオ以外の者はほぼ同時にそれに気付くと、あっと声を揃えた。
「あれ? こいつ……」
「うにゅ?」
ナオだけは何故皆の視線が頭に集中しているのか分からず戸惑っている。ハルトがヘアゴムに指を近づけると、それは橋を渡るようにして指に飛び移った。
続いて揃った歓声があがる。
それは淡い色をした一匹の蝶だった。見送りに来てくれたのか、ぱたぱたと嬉しそうに羽ばたいた。彼らの頭上を数回飛び回ると、蝶はそのまま飛び去っていった。
豊かな農業の町並みを、三人は一度振り返る。
そこに溢れる緑も、澄んだ空の青も、全てが美しい町だ。
その鮮やかなコントラストを目に焼き付けると、彼らは町を後にした。




