3-26 ともに見る夢
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「三人とも、いろいろとありがとう!」
「世話になった」
サキとアオ夫妻が揃って見送りに来る。
サキは昨日あれほど泣き喚いていたのに、今は実に晴れやかな顔である。少し心配していたケイは拍子抜けしてしまい、彼女に対し何とも言えない表情を向けて頷いた。
祭りも終わり、エリアも森に帰っていった。少しばかり中断したのと、思ったよりも長引いてしまったこと以外は概ね成功したと思って良いのだろうか。
何はともあれ、任務は無事に終了である。政府からきちんと報酬も受け取り、早々に立ち去ろうというところ。
文字通りお祭り騒ぎの徹夜明けだ、眠くて仕方がない。だが、長居をする立場にはない。次の任務の指示は今のところないものの、さっさと町を離れて列車で仮眠を取るつもりだ。
「この町、これからどうなるの?」
目を擦りながら、ハルトがサキに問いかける。
「話し合いが必要だと思うわ。たくさんの人が住んでいるんだから、色んな考えがあるはずだから」
サキは頷きながら、切なげに目を眇める。
彼女の場合、衣装作りの仕事もあったので連日徹夜だったはずだ。にもかかわらず、整えられた三つ編みを小さく揺らして言った。
「けど……妖精様。いえ、エリア様が昔この町を救って、ずっと実りの恩恵を与えてくださっているのは事実だから。少なくとも私とアオは、これからもエリア様とともにこの町で暮らしていたい。もちろん、お祭りだって続けたいわ」
サキはアオを見上げる。頷くと、先はまた子供たちに視線を戻した。
「正直、私はまだ少し複雑な気持ちなの。『村人と緑の妖精』に出てくる妖精は、私にとってはやっぱり妖精だから……。精霊は気まぐれで時に人を襲う生き物だから、私たちは気を付けないといけない、何かあるなら政府に相談する。この町じゃなくたって誰だってそう教えられるでしょ? だからあなたたちスピリストがいるんでしょ? だから……」
サキはそこで言葉を切る。
彼女の指先がぴくりと跳ねる。彷徨うような動きを見せた彼女の手を、アオはそっと握る。
「真実を受け止めるとはいえ、少なからず混乱するのは必至だ。だからこそ、おれはその責任を取らなければならない。逃げずに、皆で意見を出し合って」
「そうね。もちろん私も一緒よ、アオ」
「ああ、ありがとう」
夫婦は手を取り合うと、二人で笑いあう。
仲睦まじい二人を見て、ナオもまた微笑んだ。
アオはサキの肩にそっと手を置くと、低い声で静かに言う。
「本当はスピリストを踊り手に推した理由はもう一つある。スピリストがあの場、豊穣の舞いのステージにいたらもしかしたら、そこに現れるかもしれないと思ったからだ」
「え?」
サキは目を見張る。無意識にナオに目をやると、彼女は首を傾げた。
次いでサキは己のスカートの裾をきゅっと握る。自分の大切な作品を愛でるように。
「サキ、お前の夢は自分の作った衣装を着てもらって、緑の妖精に最高の舞いを見てもらうこと。出会ったとき、そう言っていただろう」
「ええ……」
「結果として妖精は妖精でなかったが、物語の登場人物ではあった。余計なことをしたのかもしれない。だが、夢を叶えることができるチャンスかもしれない……と」
「アオ……そうだったの。ありがとう」
見つめ合うと、サキはアオの胸にそっと額を当てて寄り添った。身長差の大きい夫の優しい顔を見上げていると涙が流れそうだった。
アオはそんな彼女の頭を撫でる。妻を想う夫の横顔をじっと見つめながら、ケイは複雑な表情を浮かべていた。
「それ、結局こっちは振り回されただけのような……」
「何言ってるのケイ。それが任務だったんじゃない」
「え、お前こそなんでそんなにあっさりしてんだ? それに結局あのチャラ男のせいでこんなことになったんじゃねぇか」
「いいんだ。私はこれでよかったって思えるんだもん」
今回の任務では間違いなく貧乏くじを引いたナオだったが、彼女自身は晴れやかだった。眠い上に数日分の疲労も溜まっているはずなのに、ケイはそんな彼女を見て口をもごもごさせながらも黙る。ナオが精霊を惹きつけた原因になったのがあのランというのも気にくわないのだ。別れてもなおいちいち苛立つことしかしでかさない男である。
これについてはハルトも予想だにしておらず、「ランからある種の執念のようなものを感じるなぁ」などととこぼして苦笑いだ。おそらくランも無意識だったのだろうが、それがまた余計にそう思わせる。
ちなみにハルトは一日目の巡回の際に、すでにアオから任務の意図を聞いていた。それでいて彼もケイやナオには伏せていたのだ。
ナオは舞いの最中、無意識にほんの少しだけ能力を発動してしまったため、それが決定打となってエリアは現れた。舞いを途中で遮るような形にになってしまったが、もしナオが発動をしなくても、舞いが終わった直後彼女に近づき、「発動をしろ」と言うつもりだったのだ。それを聞いてケイがますます納得のいかないような表情をしていたが、だから言わなかったのだとハルトは口笛を吹きつつ受け流した。
いずれは知ることになる緑の妖精の正体。
エリアが森の中からひっそりと現れ、おもむろに町に飛んでくるよりも、この収穫祭の場で多くの住民たちの前に姿を見せる方が受け入れられ易いのではないか。
そう考えたハルトだったが、おそらくアオや政府も同じだったのではないだろうか。アオの個人的な想いがあったにせよ、政府もそこまでお人好しではない。要するに、ナオは最後にはハルトにまで売り飛ばされたのである。
とはいえ、正体も何もエリアは最初からエリアであり、人の勝手な解釈が一人歩きしていただけであったことなのだが。とりあえず、最終的に良い方向へ落ち着くことを願ってこの町を去るだけである。




