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1-6 精霊を見た


*


「……先ほどはすまなかったね、私の孫が失礼をした」


 しばらく無言で歩いていたがふと、町長は口を開いた。

 弱々しい声音だった。まるで独り言を言うかのようだったが、肩を落とした彼を見てケイは立ち止まる。

 町長も足を止め振り返ると、ケイたち三人を順番に見てからハットをとり、小さく頭を下げた。

 シルキと同じ淡めの茶色の髪のなかにも白髮が目立っていて、頭頂部には毛がない。吐き出されたため息に口髭が微かに揺れた。

 対してケイは短く答えた。


「いや別に」

「そだね、任務に支障がないなら問題ないよ」


 ハルトが続けて口を開く。彼の言葉に、町長は一瞬言葉を詰まらせた。


「……しかしやっぱり信じられん。いくらスピリストとはいえ、君たちを危険な目には遭わせるのも忍びない。まさか孫でもおかしくない歳の子供が派遣されてくるなんて」

「あんたがまだそれ言ってんの? さっき自分で本物だって言ってたじゃん」

「…………」


 町長は今度こそ黙り込んでしまう。俯いてしまった町長に、ハルトは有無を言わさず続けた。


「さて、さっきの人たちももういなくなったし。そろそろ話の続きをしてくれないかな? その誘拐? 事件のあった日、子供たちはどういう状況だったの?」


 ハルトはその子猫のような明るい茶色の目をわずかに細める。それにまるで睨まれた獲物のように怯える様子を見せたものの、町長は頷いて答えた。


「……事件が起きたのは三日前。攫われた子供は二人だ。いつものように町中で仲良しの友達三人で遊んでいたらしいんだが、突然目も開けていられないような突風が吹いたんだと。風が止んだときにはすでに二人の姿はなく……ただ辺りに『助けて』という声だけが響いていて、すぐに遠ざかっていったそうだ」

「え、それだけでどうしてあの森の精霊のせいだと思ったの?」

「それは……」


 きょとんとした様子でそう言ったのはナオだった。

 町長は一度大きく息を吐き出すと、持っていたハットをかぶり直した。肩が上下した後、彼はふと顔を上げる。その視線は町外れの森の方だ。


「遊んでいたのは森のすぐ近くだったのさ。もともとあそこは町の一部で昔からあるものだし、子供たちも時々虫を捕りに行ったりして遊んでいた。森の精霊たちも昔からずっとそこに住んでいたが、特に関わることはなかった」

「じゃあ今回も……」

「あの日、三人のうち一人だけ助かった子供というのはシルキなんだ」

「えっ、それじゃ……」

「ああ。あの日あの場所で森の精霊を見たと、そう言ったのはシルキだ……」


 町長は重い鉛を吐き出すようにして言った。

 三人は驚きつつも、そこでようやくシルキの必死そうだった様子が理解できた。


「あーだからさっきオレがなんとかするーとか言ってたんだ」

「うん。自分のお友達だもん、それはシルキくんも心配だし不安で当たり前だよね」


 眉根を寄せながら頭をかくハルトに、ナオも顔を曇らせて同意する。


 しかし、シルキが森の精霊のことを口にした途端、町の人々は皆顔色を変えたという。

 もともと精霊の存在をよく思っていない人も少なからずいたそうだ。彼らの怒りと焦りは瞬く間に町中に伝染し今に至る、ということだった。


「つまりその言い方じゃ、精霊が関わっている可能性が高いが確証はない、ということか」


 それまで黙っていたケイが口を開いた。

 眉根を寄せて唸る彼の茶髪が吹き抜ける風に揺れる。その風は化学製品を燃やしたような独特の臭いを一緒に運んできて、ケイは眉間に刻む皺をさらに深くすると風上の方に目を向けた。

 それは東に見える森をちょうど背にする方角、つまり西だ。ケイの視界に映し出されたのは建物が点在するどこにでもある町並みだったが、それらに混じって濁った色の煙を吐き出している煙突らしきものもある。どうやら何かの工場のようだ。ケイは思わず口元を覆った。


「臭ぇ……」

「え? ああすまない、開発計画の一端でね」


 こともなげに町長は答えた。そう言う町長自身も二、三回咳込んでいる。臭いを感じないわけではないらしい。


「この町の財政は残念ながらあまり思わしくなくてね。一部からは反対の声もあるが、広大な土地を利用し、民家のないところにああやって工場や事業所を置いていずれは工業地域として発展させる。町の方は観光のビジネスをもっと強化するんだ」


 やけに熱っぽく町長は語る。これまでの疲労困憊した様子から一変、自身の描く輝かしい未来に希望を見出しているかのようにその目を煌めかせている。


「もうすぐそのための住民調査や町長選挙も控えているから、私も色々と忙しくてね。お恥ずかしい話、シルキのことを気にかけている余裕がなかったんだ。だけどまさかこんなことになるとは……精霊たちはいったいどうしたと言うんだろう」

「わからない。それは今から確かめることだ」


 少なからず顔をしかめ、ケイは再び町長の正面に向き直る。それに続いて、ナオが首を少し傾けた。


「町長さん。お孫さんは……シルキくんはやっぱりどこへ行ったのかわかりませんか?」

「ああ……家に連絡を入れても帰っていないらしくて、家人も心配してるんだが……」

「そうですか……」


 ナオはしょんぼりと眉を下げた。

 公園を離れた後、ケイたち三人はまず一人去って行ったシルキの後を追おうとした。彼の行き先に見当がつかないわけではなかったが、同時進行で町長からの情報収集をしたというわけだった。シルキ自身がこの事件に大きく関わっていることが分かった今、なおのこと彼を放っておくわけにはいかない。


 シルキが走り去ったのは東、森がある方角だ。彼は間違いなく森へと向かったのだろう。もしかすると町の誰かの家を訪ねたのかもとか、町から出たのかもとか、家に隠れているのかもしれないなどといった淡い希望はあっさりと消え失せた。先ほどはあまりの剣幕に呆気にとられてしまったが、まだ幼い彼を危険な目に遭わせないためにはあの場で捕まえてでも止めておくべきだったのだ。ケイたち三人も、そして町長自身も。


 ケイは森を見据えて眉根を寄せる。彼らの足はもちろん、そちらへと向いている。

 嫌な予感と気配がした。森へと近づくたび、それは強くなっていく。気のせいか、吹き抜ける風もざわついているかのようだ。



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