表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/258

3-20 豊穣の舞い



 収穫祭の二日目は、夜明けとともに始まる。

 この町の教会は、質素だがとても広い。まだ朝も早いというのに、町の人たちが入りきらないほど集まっている。扉は大きく開け放たれ、周囲にまで人が溢れていた。

 ステンドグラスから入り込む色とりどりの朝日が、同じくらい輝かんばかりに晴れやかな人たちの顔を淡く照らしている。

 供物台にはたくさんの花と作物が置かれており、神職者の壮年男性が祭壇の前に立ち、祝詞を捧げる。


「光の神よ、そして緑の妖精よ。今年も多くの実りを授けてくださったことに感謝します」

「――感謝します」


 神職者がそう締めくくると、老若男女さまざまな声が復唱する。

 乱れることのない斉唱は、教会の壁に何度も反響して余韻を残す。わんわんと、何度も鼓膜を揺さぶって、まるで何かの暗示をかけられているかのような不思議な感じがする。

 扉の外の集団の後ろに紛れていたケイとハルトは、もの珍しそうにしながらも周囲の警戒を続けていた。

 供物台の花は、集まった人たちに配られた。

 花は大小さまざまなものがあったが、どれも色は白だ。もっと色とりどりにした方が供物台も華やかになるのでは、と思ったのだが、この祭りでは白と決まっているのだそうだ。

 花を髪や服に飾り、人々は笑顔を浮かべながら我先にと散っていく。露店やイベントに向かうのだろう。

 昨日ケイが行動を共にした神職者たちが集めて回った供物である農作物は朝一番に回収して調理され、昼の炊き出しにて皆に振る舞われた。

 二日目のイベントや屋台、ステージも滞りなく開催された。

 今日も祭りの会場を巡回していたケイとハルトだったが、何か起きるどころか、またしても屋台の食べ物をサキにもらったり、炊き出しの美味しいご飯を食べさせてもらったりと至れり尽くせりだった。

 町の人は主催側のサキとアオ夫妻ほど、植物に関するおかしな出来事も気にしていないように思えた。ケイたちスピリストももう少し警戒されると思っていたのだが杞憂だったようだ。ただ祭りを楽しみに来た子供だと思われているのかもしれないが。

 ハルトの予想通り、一日目も今も特に何も起こっていない。ケイの方もやはり、神職者たちが順調に供物を集め奉納しただけだった。

 サキとアオは、今日も実行委員として朝早くから仕事をしている。

 何度か見かけたが、二人とも忙しそうに飛び回っており、また特に何か指示をされることもなかった。午後からは、サキは踊り手たちの身支度を整える。その後はアオをはじめとする他の実行委員たちとと共にステージを見守って、祭りは終了する。


 あと少しだから、と。


 ほんの少しだけ言葉を交わしたサキは、ケイとハルトにそう言うと、クマをこさえた顔を怪しげに綻ばせ、屋敷へととって返していった。


 ――そして、日が沈む。

 山の谷間を鮮やかな橙色が彩って、紫から茄子紺へと、空がグラデーションを描く。太陽に阻まれていた星の光も、今は優しく瞬いていた。

 暗くなってきたので、誰かが指示する声があがった後、そこかしこに飾り付けられた電球に灯りが灯される。途端、さまざまな色が飛び交う幻想的な空間ができあがった。

 短い歓声とともに、辺りの熱気が高まるのを感じ取る。

 反対に、ケイとハルトは表情を引き締めた。


「そろそろだな」

「うん」


 ハルトは頷く。二人は人々の群れに目を向けた。

 祭りもいよいよ大詰めだ。人々がメインステージの前に我先にと集まって来ていた。

 二人はその流れに沿って進む。

 昨日のように別行動をし、警戒する範囲を広げるべきかとも考えたが、多くの人はこのステージに集まってきている上、その中心にナオはいる。何かあるとしたら彼女の周りである可能性が高いと踏んだ彼らは結局二人で観客に紛れ込むことにしたのだ。

 この黄昏時、真ん丸の月が、山の隙間から顔を出す時間。

 村人が満月とともに出会ったという、美しい妖精へ捧げる舞いが、今まさに始まろうとしていた。


 七人の少女たちが、ゆっくりとステージに登る。

 緑、黄色、青、空色、橙、紫、そして赤。

 華やかな衣装を纏った可憐な少女たちに、皆が釘付けになる。日没を迎えて少しだけ冷えてきた空気に、澄んだ花の香りが混ざったような気がした。

 誰かが息を呑む気配や、感嘆の声が連鎖する。


「ナオ……」


 思わず、ケイは真ん中に立つ、ひときわ小柄な少女の名を口にしていた。

 やや硬い表情から緊張の色が見て取れるが、真剣そのものだ。

 ステージの隣で、弦楽器を中心とした楽器やそれを弾く人たちが準備をしている。真ん中にいた男性が何か合図のようなものを送ると、スポットライトがステージに集まった。

 少女たちが目を伏せ、それぞれの位置へついた。

 淡い光を反射して色とりどりに輝く衣装が、彼女たちをより美しく染め上げた。

 ぴんと張り詰めた空気が熱を帯びる。

 満を持したかのように、優しい弦楽器の音色が舞台の幕をあげた。


 七人は一斉に右手をもたげる。彼女たちの中指に飾り付けられた小さな鈴が、高く澄んだ音をあげる。

両の手をつなぐ半透明のレースが、きらきらと輝きながら翻った。

 三拍子の曲が流れる。テンポは速めだ。

 静かなイントロからクレッシェンドがかけられると、少女たちはステップを踏み始める。

 リズムに合わせて鈴が鳴る。シャンシャンと、小刻みに。

 三人ずつに分かれて左右対称に動く少女たちの真ん中で、ナオは瞳を煌めかせて両手を広げた。

 歓声が沸き起こり、ライトが躍る。

 少女たちの動きが激しくなるにつれ、漂う生花の香りが、風に乗って包み込むように強まった気がする。

 彼女らの髪には一様に白い生花が飾られている。この香りも演出のひとつなのだろうか。

 酔いしれてしまいそうになりながら、ケイとハルトはふわふわと浮き上がりそうに感じる足で地を踏みしめた。


 楽器を持つ集団の前で、ドレス姿の女性が優しいソプラノで歌い始めた。

 少女たちはくるくると回りながら三角形を描くような立ち位置になり、前後が入れ替わると、何段も重ねられたフリルのスカートが翻る。

 サビへ向けて曲が盛り上がってくる。彼女たちの手足の動きが大きくなった。

 サビに入る直前、楽器と歌が一瞬止んだ。少女たちもそれに合わせて、手を掲げた姿勢でぴたりと止まる。揃った鈴の音が、シャン、と響く。

 その瞬間、ナオは跳躍すると、頭から舞台に飛び込んで大きく転回した。側転からの、前方倒立回転飛びだ。


「ひょわーすごい。さすがナオ」

「なな……なにやってんだあいつ……」


 思わず舞台に釘づけになっていた二人だったが、ハルトが唇を尖らせて拍手をしている横で、ケイは顔を引き攣らせた。

 何がとは言わないが、見えそうで怖かった。


「あ、サキさんあんなところにいる」

「あ?」


 人々の海の先、ハルトはやや離れたところにある席に座る一人の女性を見つけた。

 個性的な服は遠目でもよく目立つ。ステージをまっすぐに見つめ、両手を胸の前で祈るように組んでいる。薄暗くて表情はよく見えなかった。

 彼女の手がけた衣装を着た踊り手たちは今、華麗にステージを盛り上げている。大成功と言っていいだろう。

 あと少し、この舞いが終わるその時まで、片時も目を離さない。

 踊り手たちの動きが綺麗に重なる。

 一番の見せ場となるサビは、彼女らも笑顔で美しく舞った。

 

 ステージは最高潮だ。


 隣にいる友人や恋人、親の手を取る人も、歌を口ずさむ人も、口を開けたまま呆けている人も様々だが、皆幸せそうに見えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ