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3-20 収穫祭1日目④


「そうかもしれません。けど私たちはそれでも、任務を果たさなきゃ」

「なんでよ。そんなわざわざ、危ないことだってあるでしょうに」


 ヒマリの口調が荒くなる。

 ナオは彼女の顔から目を逸らすと、床に水の容器を置いた。空いた右手で、かき抱くように左手首を握りしめる。強く、強く。


「――自分のためです。自分の目的のために必要だったスピリストの力を得る代わりに、それが払わなきゃいけない代償だから」

「……それがあんたとは無関係のサキさんのために踊ることなの。やっぱり私にはわからない」

「サキさんのため?」


 ナオは顔を上げる。反対に、今度はヒマリがぷいと目を背けた。


「サキさん、あの通り思い込みが激しいところがあるから。町でおかしなことが起こって、町の政府に依頼しようって言い出したのも最初は反対してた。最後は折れたけど、そのかわり条件をつけたのよ」

「それって、お祭りを中止させないって……」

「それは大前提。プラス、派遣するスピリストは未成年の女の子を最低一人以上含むこと。きっとそれがあんたよ」

「ふ、ふぇ?」


 どうやら最初から踊らされる運命だったようだ。

 ナオは唇の端をひくつかせた。今更言っても仕方ないが、それならばせめて最初から任務のメールにでも書いておいてほしい。

 思案にくれるナオをよそに、ヒマリはそっと目を伏せる。


「サキさんは私の従姉なの。子供の頃から憧れのお姉ちゃんだった。昔から手先が器用で、デザイナーになる夢だって叶えたのよ。けど、もう一つの夢をまだ叶えてないからって、この数年は特に一生懸命だった」

「もう一つの夢? それって……」


 ナオは反復する。言い終わる前に、ヒマリは首肯した。


「そ。いつか自分の作った衣装を踊り手に着てもらって、緑の妖精に最高の舞いを見てもらうんだって。そのチャンスが今年の収穫祭だった」


 ナオは瞠目した。

 そうか、だから踊り手は七人揃わなくてはいけなかったのだ。

 精魂込めたサキ自身の作品を、七色の、七着の衣装を、完璧な形で活かすこと。

 それが彼女の夢なのだろう。

 だからこの任務はサキのためだと。ヒマリはそう言ったのだ。

 ヒマリは顔を上げた。いかにも気が強そうな双眸をまっすぐとナオに向ける。


「でもね。だからこそ、私は反対したのよ。収穫祭は今年だけじゃない。スピリストが使う能力とかいうのは精霊の力に似てるんでしょう? あの蔦だってそうよ、あんな変なのを呼び込んで、祭りを台無しにしたら許さないから」

「……すみません」

「ああもう、だからなんであんたが謝んのよいちいち腹立つわねっ! あんたは命令されただけなんでしょ!」

「ふゅっ!」


 ついに声を荒げたヒマリに、ナオは口をすぼめて縮こまる。

 また怒られてしまった。だが、練習を始めたばかりの頃の罵声とは声音が違うように思えて、ナオはヒマリを上目遣いに見やる。

 ヒマリはヒマリで、自分が言いたいことがよくわからなくなってきたらしい。ナオの大きな瞳に、ヒマリの方がたじろいだ。


「な、なによ……?」

「教えてくださってありがとうございます、ヒマリさん。あとお水も」

「は、はぁ!? 別に、サキさんのためよ! 調子に乗るんじゃないわよっ」

「えへへ」

「えへへじゃない! このチビ!」


 ナオはにっこりと明るい笑顔をみせた。それが予想外のことだったのか、ヒマリは明らかに顔を赤らめて、ナオを追い払うように手を振っていた。


「……もう! アオさんもアオさんだわ。なんでわざわざこんなのを推したのか」

「え? サキさんじゃなくて……?」


 ヒマリが小さく零した愚痴に、ナオはすっと笑みを消した。


「え? ああそうよ。未成年の女の子、っていう条件をつけたのはアオさんよ。サキさんは最初、町の中で代役を探そうとしていたわ。なかなか見つけられなかったけど。スピリストに踊り手をしてもらうことをアオさんが提案して、サキさんはそれならと政府に依頼することを承諾したの」

「え……?」


 思い出したかのように言うヒマリに、ナオは目を見開いた。


 ――どういうことだろう。


 てっきりサキの意思によって押し進められた任務だと思っていたのだが。

 初日からサキが暴走していた時にも、アオは特に何も口を出していなかった。ただ妻には頭が上がらないだけなのかとも思ったのだが、何を考えているのか分からない人だとは認識していた。

 それがむしろ、サキを動かしていたのはアオの方だったのか。

 そう考えると、ナオは急に彼が底知れない、恐ろしい人に思えてきて、無意識に自身の肩に片手をやると、掻き抱いた。


「アオさん……なんでわざわざ」

「そんなの私にわかるわけないでしょ」


 ヒマリは一蹴すると立ち上がる。そのまますたすたと部屋を出ようとしたところで振り返ると、座ったままのナオを見下ろした。


「ほら、さっさと戻るわよ。今日はもう最後に衣装で一回通したら上がるわ。あんた、やるからにはちゃんとやり遂げるのよ!」

「は、はい!」


 ナオは勢いよく立ち上がる。

 廊下を突き進むヒマリの後姿を見て、ナオは慌てて後を追った。




 一日目の夜は、静かに更けていく。何事もなく、平穏に。

 そっと肩を落とすと、夜空に向かって祈った。

 明日もどうか無事に、素晴らしいお祭りになりますようにと。

 大きな屋敷の窓から、真ん丸に近づいた月を眺めると、サキは手を組んで俯いた。

 その後ろ姿を、アオは切なげな目をして、じっと見つめていた。





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