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3-19 収穫祭1日目③



 鏡張りになった屋敷の一室では、七人の少女たちが息を弾ませ、舞いの練習をしていた。


「ワン、ツー、スリー! ワン、ツー、スリー! ……はい、一旦休憩しましょ」


 よく通る声とともに拍子を打っていたヒマリは、最後にひときわ大きな音で締めくくる。

 テンポの速い三拍子に合わせ、一心不乱に踊っていた踊り手たちはようやく肩の力を抜く。じっとりとにじみ出した汗が目に入りそうになって、ナオは鬱陶しげに目を擦りながらその場にへたり込んだ。

 途端、隣で水を飲もうとしていた少女から鋭い声が飛んでくる。


「ちょっと離れてよ。私まで怪我したらどうしてくれるの」

「す、すみません!」


 ナオは慌てて立ち上がると少女から離れた。

 見ると、他の少女たちも同様で、明らかに嫌悪を込めた視線を浴びせられる。

 初日と比較するとナオの舞いも形になり、へまをして非難されることはなくなったものの、決して居心地がいいとは言えない空間だった。

 猛練習により身体のそこらじゅうが痛むが、気づいたら水を飲むのもそこそこに、ナオは逃げるように部屋を出る。


「あ、あの! 私もうちょっとやってみたいので、隣の部屋をお借りします……!」


 甲高い声が部屋いっぱいに響く。

 ぱたぱたと軽い足音が遠ざかるのを聞き届けると、少女たちは開け放たれた扉を見て鼻で笑う。


「なぁにあれ、ばっかみたい。今更がんばったって結果なんてそう変わんないわよ」

「ねぇ。でもまぁいいじゃん隣行ってくれたし。あの子の近くにいたら私たちまで蔦に襲われるかもしれないよ。気持ち悪っ」

「そうよ! 別に六人で踊ったって良かったのにね。伝統だかなんだか分からないけど、せっかくのお祭りなのに彼氏と行きたかったなぁ。お母さんがやれっていうから踊り手になったけど。それに、あの子のせいでこんな直前に舞いの変更まであったし。ねぇヒマリ」

「……っち。悪かったわよ」


 突然話を振られ、ヒマリは思わず舌打ちをして腕を組む。

 ヒマリを除く少女たちは銘々に汗を拭ったり身体を伸ばしながら、ヒマリに対しても非難の目を向けている。

 一昨日、突然踊り手になってしまったナオをサキが他の踊り手たちに紹介したものの、反応は冷たいものだった。サキの手前表立っては言わないが、まさに異物を疎んじるかのように扱う。ナオ自身もそれを感じ取り、ずっと肩に力が入ったままだった。

 ヒマリは踊り手たちの中でリーダー的存在だった。舞いの練習にも積極的に取り組んできたし、自薦他薦様々の中集まった少女たちに対し、仲間意識も芽生えていた。だからこそ、ともに研鑽を重ねてきた赤い衣装の踊り手が怪我をしてしまったとき、大きな絶望を感じた。


 そこに突然現れた余所者の代役。

 大切にしなければならないはずの植物に対する恐怖心。

 綻びが見えてきた、他の踊り手たちとの熱意の差。


 これまで築いたものが壊れていくようで、それらを認識することが怖かったのだ。

 踊り手たちの反応をすぐさま理解したヒマリは、彼女らとの団結を壊したくなくて、ナオを排除しようとした。無茶な動きをさせたり怪我をさせようとしたが、ナオはヒマリの想像を超えて身体能力が高く、また一生懸命練習に取り組んだ。

 結局のところ、完全に拒絶することができなかったのだ。

 ヒマリは唇を噛むと、ひとつにまとめた長い髪を翻す。


「……様子を見てくるわ」

「ちょっと、ヒマリ!?」


 背中に少女たちの声が飛んでくるが、そのまま早足で廊下を進む。

 隣の部屋の扉をゆっくりと開く。

 耳に小さなイヤホンをつけたナオが、広い部屋の中でひたすらに踊っていた。


「ヒマリさん?」


 視界の隅で捉えたヒマリに、ナオはイヤホンを外して動きを止める。


「それくらいにしときなさい。明日に響くわよ」

「でも……」


 ナオは遠慮がちに眉を寄せる。

 ヒマリは心の中にわき起こった苛立ちを抑えると、ナオに水の入った容器を突き出した。

 ナオは迷いつつそれを受け取ると、ヒマリに促されて壁際に二人で座り込んだ。

 午前中に合わせたナオの衣装はサキが最終調整をしているので、今は普通のショートパンツにTシャツという動きやすい服装をしている。開放感が半端ない。サキが貸してくれたのだが、機能はしっかりしつつ裾にしっかりフリルが付いていたり、柄が個性的だったりしてさすがのチョイスである。

 慣れない化粧もすぐに落としてしまった。もともと目が大きいのに、さらに強調するようにアイシャドウやらアイラインやらをぐりぐりと描きこまれ、鏡を見たら色んな意味で度胆を抜かれたが、舞台用の化粧はこういうものだと、サキの助手のお姉さんたちがからからと笑っていた。

 着替えをすませ、お姉さんたちが持ってきてくれた屋台の食べ物に舌鼓を打った後、午後一番から練習を再開した。結局のところ、化粧も含めると衣装合わせには早朝からかなりの時間がかかってしまい、踊り手たちの態度がなくともじっとしていられなかった。夕方には、今度は踊り手全員で衣装を着て調整を行う。自分だけが圧倒的に足りていない練習時間を補うには、今しかない。

 ナオは水を一口飲む。乾いた身体に染み渡るようで、とても美味しかった。

 お礼を言おうとしたところで、ヒマリが頬杖をついて半眼を向けてきていることに気づく。


「休憩と水分補給を怠らないこと。こんなの基本でしょ、バカじゃないの」

「は、はい……」


 ナオはしょぼんと俯く。何一つ反論できない。

 それを見て、ヒマリはさらにわざとらしくため息をついた。


「あーあ、見ててムカつくわ。あんた、無理矢理踊らされてるくせになんでそんなにがんばるわけ?」

「え?」


 意外な問いに、ナオは目を丸くする。

 水を持つ手に無意識に力を込めると、ナオは首を横に振って答えた。


「えと、無理矢理じゃないですよ。これが任務なんですから」

「は……?」

「私はスピリストだから、命令には従わなければならないんです。私たちはそのために旅して、ここに来たんです。だから」

「じゃあ犬になれと言われたらなるって言うの? 滑稽ね」


 ヒマリの鋭い視線に、ナオは小さく肩を踊らせる。

 しかし、すぐに眉尻を下げると、どこか悲しそうな笑みを浮かべた。


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