3-17 収穫祭1日目①
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収穫祭、一日目。
午前十時、打ち上げられた花火の音とともに、祭りは始まった。
会場となる広場は町のやや端寄りにある。すでにたくさんの屋台が設営されており、そこかしこからおいしそうな匂いが漂ってきた。
広場の真ん中には、大きなメインステージがある。ここでは途切れることなく、歌やダンス等のパフォーマンス、自由参加のゲーム大会など、様々なイベントが行われる。
各々が最後の準備に勤しむなか、ステージに一人の男性が上がる。途端、人々が手を止めそちらを振り返る。
開会の儀は実行委員であるアオが司会を勉める。町中のテレビや設置されたスクリーンに、よく日焼けした大柄な男性のやや緊張した顔が映し出された。
ステージの周りに人々が集まり、遠くにいるものはスクリーンをじっと見守る。
こほん、とわざとらしい咳払いをひとつ、アオは手短な挨拶とともに固い声で宣誓する。
「只今より、本年の収穫祭を開催することを宣言します」
割れんばかりの歓声が溢れる。大地がビリビリと震えるかのようだ。
「うわぁ、すっごいなぁ……」
観客たちの後ろの方でそれを見守っていたハルトは、あまりの熱気に気圧されながらため息を吐く。
この町の人がいかに収穫祭を楽しみにしているのかが窺えた。確かにこれでは下手に中止もできないだろう。
ケイとは別行動だ。このメインステージを中心としたイベントや屋台を楽しんでいる間、神職者たちが一日かけて町中をまわり、田畑に向かって祈りながらそれぞれの供物を集める。そして最後に、絵本の物語の舞台となった森の入り口にある祠に供物を供えにいくのだ。ケイはその道中に付き添うことになっている。
ナオは言わずもがな、二日目の舞いのための最終調整だ。基本的に、踊り手に選ばれたら練習に明け暮れ、その年の祭りにはほとんど参加することができない。このせいもあって、実は年々踊り手の志願者は減り続けているらしく、サキが悲しそうな顔をしていた。
「ハルトくん」
「およ?」
不意に背後から声をかけられ、ハルトはしまりのない声をあげた。振り向くと、挨拶を終えてすでに疲れた様子のアオが近づいてくる。
「様子はどうだい?」
「特に変な気配は感じないかな。ケイの方も連絡がない限り、とりあえず何もないんだと思う」
ハルトは手にした黄色い携帯電話の画面を見る。着信は告げられていない。
いつも持っている青い携帯電話は今、ケイの手元にある。今回は連絡用に人数分用意してもらったのだ。
ハルトは会場をメインに、祭りの間異変がないか見てまわる予定だ。ハルトの方がケイよりも気配を察知する能力に優れているため、対象が広い方を選んだのだ。
ハルトの左手首の精霊石が淡い光を帯びる。しかし、何も感じない。いっそのこともっと発動を強めようかと思ったが、こちらの気配が強まってしまう。余計な波風を立ててしまえば本末転倒だ。
アオは短いため息を吐く。
「そうか、それならいいんだが」
大柄な男性がやや小さく見える。ハルトは小首を傾げた。
「そうなの? オレにはあんまりいいって思ってるように見えないんだけど、アオさん」
「え?」
アオは口を開けたまま、一瞬動きを止める。
口元は親しげだが、ハルトの瞳は全く笑っていなかったからだ。
「いやでもよかったよね。オレらがこの町に来てからは、特にこの町の人に被害が出るようなこと、今んとこないし。このまま無事終わってくれたらいいよね」
「あ、ああ……」
「むしろ今んとこひどい目に遭ってるのってナオだけなんだよね。一応確認なんだけど、オレらが来てからナオ以外の被害情報とか聞いてないよね?」
「ああ、ない。そういえば、確かにここ数日は彼女ばかりが……」
「だね、よかった。やっぱりスピリスト、いやナオの魔力がなんか関係あったのかな。だったらオレら、むしろ祭りが終わってから来た方が混乱が少なかったかもしれないね」
「……何が言いたいんだい?」
アオは額に汗を滲ませながら、唸るように低い声をあげる。
明らかな警戒心を示された。ハルトはいやいやと首を横に振ると、意味深に笑ってみせた。
「頼みたいことがあるんだ。アオさんはあのお姉さん、サキさんほどお祭りに拘っているようには見えないから」
「頼み?」
「ああ」
眉間に皺を寄せたまま、アオはわずかに首を傾けた。
一応のところ聞く姿勢を見せたアオを促すと、ハルトはゆっくり歩きはじめる。
任務の最中だ、一カ所に留まっているべきではない。精霊石は淡く光ったままだ。
アオは唇を引き結ぶと、ハルトの横に並んで歩く。
早速、メインステージでは爆音とともに歌のステージが始まり、大きな盛り上がりをみせていた。
それに背を向けても、ずらりと並んだ露店が二人を出迎える。露店と言っても原価を割っているのではないかと思われるほどどれも破格で、むしろ炊き出しに近いようだった。思い思いの装飾が施されている露店も多くにぎやかだった。
実行委員のアオを見つけるや否や、皆から労いの言葉とともにあれこれと貢いでもらった。ついでにハルトの分まで分けてもらったカステラのような焼き菓子を頬張ると、思わず笑みがこぼれた。美味しい。
にこにことご満悦なハルトを横目に、アオは両手いっぱいに食べ物を抱えたまま、同じように焼き菓子を一口食べた。美味しいはずなのに、あまり味を感じない。
ハルトはもごもごと口を動かしながらアオを見上げた。
「これ美味しいね。このお菓子もここで収穫したものを使って作ってるの?」
「あ、ああ……。小麦は連作には向かないが、土地が広いから米と並んで安定した収穫がある。町の代表的な作物だ」
「そうなんだ、屋台のもどれも美味しそうだし、任務じゃなくてもまた来て食べたいな。今度はナオも連れて来たいね」
「それはいいんだが、頼みというのは……」
「うん、だからナオも連れてきてあげたかったって。まぁ、今年は無理そうだから仕方ないけど」
ハルトはお菓子を咀嚼し終えて飲み込む。アオからもらった鶏肉の串焼きらしいものを手でくるくるともてあそぶと、ひとかけら口にした。
これも美味しい。お菓子も好きだが、肉系のものは腹持ちがいいのが嬉しい。
ハルトの幼い横顔に、アオはぎこちない笑みを浮かべて頷いてみせる。




