3-13 あなたにしか頼めない
「収穫祭の二日目、最終日にね、メインイベントとして行われる豊穣の舞いというのがあるんだけど。昨日踊り手の一人が怪我をしちゃってね」
「舞い?」
「ええ。それですぐに代わりの女の子を見つけないといけなくて」
「お、女の子?」
ナオが反復する。
――嫌な予感がする。
本能に近い何かを感じ取り、ナオは思わず身構えながら、やけに爽やかなサキの笑顔を見つめていた。
「そう。踊り手には毎年成人していない女の子が七人選ばれて、供物と一緒に感謝の踊りを捧げるの。光を表す七つの色の衣装を着て、それはそれは綺麗なのよー」
「ほう?」
ケイは眉間に皺を寄せながら首を傾ける。だが、訝しんでいるような顔ではない。
ナオとハルトは無言のまま、じっと耳を傾けている。事前に打ち合わせたかのように、三人とも似たような表情をしていた。
サキの個性的なアイシャドウが不気味に細められた。
「えっと、要はその踊り手が……」
「急に出られなくなったと。で……」
ハルトの言葉をケイが補うと、二人は息の合った動きでゆっくりと振り返る。
サキやアオを含めた全員の視線が、ある一点に集まる。ただ一人を除いて。
「ふえ?」
そのただ一人のナオは、これほどまでに明確な雰囲気に誤魔化す言葉もなく、さっと青ざめた。
仕方ないと言わんばかりに、ハルトが決定打を放つ。
「つまり、ナオに代役をしろってこと?」
「え、ぅええ!?」
ナオはひっくり返った声をあげた。
「わ、私? なんで……っ?」
自身を指さしながら困惑するナオに、サキはすかさず両手を顔の前で合わせて口説きにかかる。
「おーねーがーいっ! だってスピリストってすごく身体能力が高いんでしょう? あと三日しかないのよー!」
「む、むりだよー! 私踊れないですよ!」
「絶対だいじょうぶ! かわいいから!」
「理由になってないですっ! むりですよー!」
ちぎれそうな勢いで首を横に振ると、ナオは大きな瞳を潤ませてケイとハルトを見る。対して、二人は気まずそうに顔を見合わせた。
「そうは言っても、オレとケイは無理だし……」
彼らに助けを求めたところで、この場で条件に合致するのはナオしかいないのである。
「ほ、他に女の子はいないんですか? さっきのお姉さんが言う通り、ここの人間でもない私が……」
「一番の理由は、収穫祭で何かあった時のために祭りの中心にいてほしいの。怪我をした子は、いつの間にか生えてきていた蔦に足をひっかけたのよ」
すっと声のトーンを落としたサキの瞳に影が宿る。
それは伝統を守りたいという責任感と、どこか罪悪感が見え隠れしているようだった。
ナオははたと固まる。
確かに、サキの言い分は妥協点として考慮する価値はあると思ったからだ。あくまでナオが嫌がる気持ちは無視する形で、だが。
頑なに断る姿勢を守りきることができず、ナオは揺らぐ。
「な、なるほど……でも……うう」
「あー、それならこっちもまだ都合がいいかもねー」
すかさずハルトが余計な一言を繰り出してきた。
「ぴゅぴゃっ!?」
「おうおう、そうかそんな声を出すほどうれしいのかーあははー」
「ハルトー!? ひどいよちゃんと助けてよー! ばかーっ」
地獄で掴みかけた蜘蛛の糸を切られたかのような悲痛な声を、ハルトはあっさりとすり抜ける。彼はナオを生け贄に差し出す気満々らしい。
彼女が祭りの内部に潜り込めるならば、ケイやハルトは護衛としてもより動きやすくなると思われた。火加減さえうまくやってくれれば、仮に植物に襲われても迅速に迎え撃つことができる。
だが、ハルトはそれ以上に何か良からぬことを考えていそうな意地の悪い笑みを浮かべていた。
見かねたケイが二人の間に割って入ろうとして、おずおずと声をあげた。
「お、おいちょっと……それはいくらなんでも……」
「あとオレ、その衣装ってのが気になる! どんなのだろう!」
無論そんなことぐらいで屈するはずもなく、ハルトは無視を決め込む。
サキはこれ幸いと言わんばかりに大きな拍子を打つと、顔をきらきらと輝かせた。
「怪我をしたのは赤い衣装を着た子だから赤になるわね。まーかせて、腕によりをかけてとびっきり可愛いく仕上げるわーっ! でもナオちゃん上背がないから仕立て直さないと着れないかしら」
「わ、私そんなに小さくないですよ! ねぇケイ、ハルト!」
「いやぁ……」
ケイは目を逸らす。事実であることを瞬時にフォローできるほど、彼は器用ではない。
ナオが絶望的な表情をしていたが、彼女に責めたてられる前にまたサキが遮った。
「ちょっと肌が出てるところは多いけど、細身だしきっと似合うわー。そうと決まれば早速採寸するわよっ」
「そんなぁ、私むりですよー! いーやーっ! にゃーっ!」
サキは軽やかな足取りで部屋を出て行く。その細腕からは想像もつかないほどの力で服をひっつかまれると、ナオはあっという間に連行されていく。
廊下に響きわたる甲高い声も、やがて聞こえなくなった。
「…………」
ケイとハルトは開けっ放しの扉を見つめたまま、呆然と立ち尽くしている。
いくら幼なじみとはいえ、さすがにナオを追いかけるわけにはいかなかった。タイミングを誤れば見てはいけないものを見てしまいそうだ。
相変わらず妻の暴走を止める気配もないアオをちらりと見やるが、申し訳なさそうに目を逸らされただけだった。
妙な沈黙が流れ、居心地が悪い。
仕方ないので、ハルトは意地悪く唇をつり上げながらケイの肩を叩いた。
「……後でナオと写真でも撮ってあげよっか?」
「うるせぇ!」
赤面して一喝するケイに、ハルトは携帯電話を手に持ったままにやにやと笑ってみせた。




