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3-10 妖精の仕立て屋



 どこか気まずい空気を纏いながら、一行がしばらく歩いた先にたどり着いたのは、ひときわ大きな屋敷だった。


「ここよ。さ、入って入って」


 サキが三つ編みを揺らして振り返る。

 その顔は元の明るい笑顔に戻っており、元気よく跳ねながらケイたちを手招きした。


「ここは?」


 やたらと大きな建物をしげしげと見上げ、ケイは口を半開きにしながら立ち尽くしている。


「私の自宅兼会社よ。遠慮しないでさぁどうぞ」

「会社?」


 同じように珍しそうな顔をしていたハルトが復唱する。

 サキは頷くと、ちょいちょいと一方向を指さす。そちらを見ると、唐草模様をモチーフにしたような、おしゃれなフォントの看板がかかっている。気のせいか、この町の支部にあった看板に似ている気がするが、ひとまず書かれている文字を声に出してみる。


「妖精の仕立屋?」

「ええ。私はここで洋服の仕立てとかリメイクとかを請け負う、デザイナーとして会社を経営しているの。オリジナルブランドもあるのよ」


 サキは自慢げに言うと、その場でくるりと回転してみせる。子供たちは思わず感嘆の意を込めたため息を零した。

 言われてみれば確かに、奇抜に見える服や化粧にもどこかまとまりがあり、彼女自身、自分に似合うものが何なのかをしっかりと把握しているようだ。

 服も化粧も、言ってしまえばどれだけ的確に自分を客観視し、かつ似合うものを数多の選択肢から的確に選び取ることができるかが重要なのである。この若さで会社を経営する手腕があるのだから、やはり高いセンスと才能を持っているのだろうか。


「ところで、さっきも言ってた妖精ってのは……」

「さ、ナオちゃんちょっとこっち来てくれる?」

「聞けよ」


 ただ、人の話をよく聞かないことに関してはいい加減にしてほしいものだ。

 だんだん苛立ちを隠せなくなってきたケイには一瞥もくれず、サキはいそいそとナオの肩を抱いて促そうとしている。

 ハルトが物言いたげな目を夫のアオに向けると、ただ背中を丸めて無言の謝罪が返ってきた。どうやら彼には妻の暴走を止めるスキルはないらしい。若い妻よりさらに年下の子供たちに半眼を向けられるのも、甘んじて受け入れているだけだった。


 ナオが植物に絡みつかれたことに関しては、速やかに支部へ報告を行った。

 念のためサキとアオの話について再確認を行ったが、依頼の時点で収穫祭を中止しないことは念押しされていたらしい。何か異変があれば報告を忘れず、大元の調査を行いつつ、希望に添うように任務を続行せよ、ということだった。

 前情報があってもよかったのでは、とも思ったが、道理で任務のメールが簡易的だったわけだ。依頼主の希望はその都度聞きだし、臨機応変に対応しろということか。

 どうやらサキの言う通り、現時点ではせいぜい足を支柱代わりに数回巻き付いてこられることがまれにある程度で、植物が明らかな敵意をもって住民を襲ったことはないらしい。

 スピリストは住民と違い魔力を持っているため、例えばその気配で精霊を刺激してしまった、等といった関連性はやはり否定できない。よって、今後もしもスピリスト以外に被害が及んでいくようならば、再度命令が考慮されていくことになりそうだ。政府とて、いつまでもおかしなことが起こっていることを放置はしておかないだろう。

 色々と言いたいことはあったものの、命令には従わなければならない。

 しかし、促されるままここへついて来たのはいいが、祭りの護衛の話とはまた違った方向に逸れていっているのは気のせいではない。


「さー、どうぞ入って! 今お茶を用意するわね!」


 華奢だが高さのあるデザインの門を抜けると、サキは真っ白の扉を開けて手招きし、アオと一緒に建物の中へと入っていった。

 庭には唐草モチーフの装飾が施されたテーブルや椅子が置かれており、花壇にはたくさんの花が風に揺れている。

 全体的に白で統一された建物の外観はとても綺麗で、よく手入れされていることが見て取れる。ナオは思わず口元を綻ばせると、サキを追いながらぐるりと視線を動かした。


「あ、あれ?」


 一転、ナオの表情が強ばると、彼女は足を止める。

 その固い声音に、一歩先を歩いていたケイとハルトが振り返った。


「ナオ?」

「ケイ、ハルト……あれ」


 訝しむ彼らに一瞥をくれることもなく、ナオは静かに言うと庭を指さす。

 それを追った先には、太陽の光を淡く反射しながら動くものがある。


「あ、あの蝶!」


 ハルトが声を張り上げる。

 花壇の花の周りを飛んでいたのは、一匹の蝶だった。

 淡い色の翅を優雅に動かしながら景色を彩るさまは、まるで一枚の絵のように似つかわしい。

 しかし、三人は警戒心を露わに蝶を目で追った。

 蝶は気にした様子もなく漂い、すぐに庭の外へと飛び去って行った。


「……何も起きないね」


 ハルトは剣を握りしめると、ゆっくりと花壇に近づく。しかし、今度は庭の植物たちが不自然に蠢いたり、成長したりすることはなかった。

 ナオはほっと胸をなで下ろした。


「よ、よかった……今度はキミたちにも見えてたんだね」

「いや気にするとこそこじゃねぇよ」

「だ、だって……私だけとか怖いんだもん」


 ケイの突っ込みにも、ナオは脱力したままだ。よほど安心したらしい。

 しかし、三人とも何となく気づきはじめていた。

 先に二度、植物が異常な成長をみせたとき、どちらもその前にあの綺麗な蝶を目撃している。

 この屋敷に来るまでの道中、サキに聞いてみたところ、この町ではごく希に見かけるらしいが捕獲例がなく、生態は謎に包まれているらしい。

 分かっているのは、まるで羽化したばかりのように淡い色の翅を持つ、揚羽蝶に似た姿の蝶、ということだけ。それも見かけるのは成虫のみで、幼虫や蛹がどういう姿をしているのかも明らかになっていないそうだ。

 そんな珍しい蝶がこうも立て続けに現れたとなると、ひとまず事件との関係性を疑ったケイたちだったが、サキやアオは「そういえば最近は見かけたって声をよく聞くような」と視線を斜め上に向けただけで、特に気にした様子もなかった。

 ハルトが発動を解いて玄関の方へと戻る。すると一度はさっさと奥に引っ込んでしまっていたサキが笑顔を覗かせた。


「あ、ごめんね、私つい先に行っちゃって。入りにくかったわよね、どうぞー!」

「……はい」


 ハルトは頷くと、ケイとナオを促して屋敷の中へ入った。

 外観と同じく白で統一された屋内に見とれながら通されたのは、広い応接室だった。

 すでに人数分の紅茶が用意されていたテーブルを示すと、サキはスカートを整えながらソファに腰かけた。アオは彼女の隣に黙って座っている。


「さ、どうぞ座ってちょうだい。話はそれからよ。あら、どうしたの?」


 ケイたちに向けて視線を持ち上げたところで、サキはきょとんと首を傾げる。

 三人はソファに座ることもせず、応接室の入り口付近で立ち尽くしたままだ。揃ってサキの方を見ているのかと思ったが、視線はさらにその奥に向いている。サキは背後に目をやると、ああ、と短い声を漏らした。


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