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3-8 サキと緑の蔦


「そうは言ってもなぁ……」


 ケイはげんなりと肩を落とした。ナオも何か言いたげに眉根を寄せているが、依頼自体がそうならばそれが任務なのである。

 この任務は一応はまだ調査段階だ。問題を解決しろとは言われていない。しかし、困惑は隠せない。


「だいじょうぶよ。この町には守り神がいるの。その感謝を捧げるお祭りなんだから、きっと守ってくださるわ」

「だからなぁ……そんな勝手なこと……」


 自信たっぷりのサキに、ケイは今度こそ深いため息をついた。

 根拠がどこにあるのかは知らないが、なぜそう言い切れるのか理解できない。

 精霊が関わっている可能性がある以上、一般人を巻き込みたくはない。自分たちだけで任務を遂行する方がよほど楽だし、守りきれる保証はない。弱小精霊であっても、人一人くらい簡単に殺せるほどの霊力を持っていることだって少なくない。

 精霊に近い力を持つと言われるスピリストでさえ、普通の人間など比較にならないほどの戦闘力を持つ。それほどまでに、精霊と人間は違うのだ。力も、寿命も。

 思案に暮れるケイをよそに、サキは大げさに髪を踊らせる。彼女は二十歳そこそこに見えるが、ケイと比べても背が低く、まるで森の中を駆け回る小動物そのものだった。


「それよりも来てほしいところがあるの! こっちよ!」


 ボリュームのあるスカートを揺らして、サキは跳ねた。


「きゃんっ!」


 そして顔面から地面へ突っ込んだ。

 色々と衝撃的な光景に一同が青い顔をして固まっていると、彼女はもぞもぞと起きあがる。


「あいたたた……だいじょーぶだいじょーぶ……なんか足ひっかけた……あら?」


 半身を起こして振り返ると、くるぶしまで隠していたスカートを上に引っ張り上げる。露わになった足首を見た瞬間、全員がはっと息を呑んだ。

 乾いた地面を裂いて突き出た緑の蔦が、彼女の足に巻き付いていた。


「また……!」


 ナオは反射的に拳を握ると身構えた。思わずちらりと自分の足に目をやるが、今回はまだ自由の身だ。

 そこで気づく。あの位置は、先ほどまでナオが立っていた場所だ。

 いつの間にか現れたあの双葉が成長したのだろうか、葉の形が同じだ。

 細く小さな蔦だ。そしてまだサキの足首を数周しているだけ。この程度のものを燃やすくらいなら魔力でコントロールできる。


「動かないでくださいねっ」


 茶髪をふわりと揺らしながら、サキの足に向かって手を掲げようとしたナオだったが、それはサキ自身によって阻まれた。


「ま、待って! 傷つけちゃだめ!」

「ふぇ? でも……」

「いいの! いえ、むしろありがたいことだわ! 私はこんなにも愛されてるなんて」

「へ?」


 怖がるどころか恍惚とした表情を浮かべ、サキはうっとりと天を仰ぐ。

 ついには足に巻き付いたままの蔦を愛おしげに撫ではじめる。心なしか蔦が緩んだように見えたが、意志があるとしたらさぞかし蔦も驚いたのではないだろうか。


「うふふ……怖くないわよ……さぁ、後でお水をあげるから、今はちょっと離れてくれるかしら」


 妙に荒い息づかいを織り交ぜながら、彼女は蔦に顔を近づけていく。今度は明らかに蔦が緩み、彼女の足はあっさりと抜け出した。


「ありがと。ああん、でもちょっと残念……」


 サキはそのまま頬ずりせんばかりの勢いだったが、ゆっくりと立ち上がった。心底残念そうに見える表情に、ケイたちはもちろん、夫のアオまでもが顔をひきつらせていた。


「いや、この人がいれば別にこの任務いらないんじゃね……?」

「確かに……」

「蔦、おとなしくなったもんね……」


 ケイの口から漏れた棒読みの台詞に、ハルトとナオがそれぞれ同じ口調で応える。

 仮にどんなに強い精霊が関与していたとしても、生身の人間がある意味屈服させてしまったのだから何も言えない。


「なぁ君たち、これはやっぱり精霊のしわざなのか?」


 痺れを切らしたのか、それまでほぼ黙っていたアオが口を開く。

 よく通る低い声に、その場の微妙な空気が払拭される。一瞬遅れて顔を引き締めると、ケイは頷いてみせた。


「ああ、その可能性が高いと思う」

「そうか、これが精霊なのか……」


 アオは俯いて手を組む。その考え込むような仕草を、ケイは不思議そうに見やった。


「これがって? この町には精霊はあまり馴染みがないのか?」

「ない。少なくともおれが知る限りは」

「どこかに植物系の精霊がいたとかいう話は」

「精霊、というのはないが……」


 すっきりしない返答だった。ケイは顔を顰める。

 この町の広大で豊かな土壌。水源と緑に溢れ、空気は澄んでいる。これほどまでに自然に恵まれた土地ならば、遙か昔から強大な力を持った精霊がいてもおかしくない。

 精霊は自然界の生命エネルギーを糧に生まれ、半永久の命を持つ。ただし、生まれた場所を離れることはできない。その場の生命エネルギーを得ることができなくなったときが、精霊の最期だ。精霊を形作っていた霊力を全て放出し、その場所もろとも消え去ってしまう。

 だから精霊は、生まれた場所を何に変えても守ろうとする。豊かな自然や恵まれた気候、多くの実りを得られるのは人々の努力だけではなく、精霊がその場を守っているおかげでもある、というのは珍しい話ではない。



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