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3-6 私だけに見える



 この町の政府支部は町の端にひっそりと佇んでおり、暖かさのある木造の外観をしていた。

 どこかレトロな店を彷彿させる建物に、唐草模様で縁取った看板がかかっている。本当にこの建物で合っているのかと、思わず携帯電話に表示された地図と見比べてしまったほどだ。

 案の定、町では突如として空を突き上げた巨大な火柱を多くの人が目撃しており、おののき慌てふためいていた。植物が一晩で実をつけた時は奇跡で済ませようとした彼らだったが、炎などただただ恐怖でしかないのだからむべなるかな。

 山火事でも起きたのかと人が集まろうとしたのを、すぐに何かを察した支部の職員が鎮静してくれたのだそうだ。任務のため呼びつけた者の能力が何かぐらい把握しているのだから当然といえば当然である。

驚かせてしまっただけで町や田畑に大きな被害がなかったため、厳重注意で済んだものの、ナオはしょんぼりとうなだれていた。


「いや、何もないなら良いのよ。仕方のないことだってあったと思うから」


 落ち込むナオを逆に気遣ってか、やや固めの女性の声がかけられる。

 ケイたち三人の少し前には、若く華奢な女性と四十歳前後に見える大柄な男性が並んで歩いていた。

 眉を下げたまま、上目遣いに女性を見やったナオに対し、彼女は首を左右に振る。

 髪を複雑な編み込みにし、全体を一つにまとめた三つ編みが、忙しない動きに会わせてしっぽのように踊る。派手な顔立ちではなかったが、まぶたに何色か組み合わせて置かれた奇抜なアイシャドウはよく似合っている。アースカラーを基調にした淡い色のトップスと、カラフルでふんわりとした長いスカートには複雑な刺繍が施されている。個性的な見た目は生きた人形のようだった。

 対する男性はいかにも農作業をしてきましたと言わんばかりの作業着で、よく焼けた肌は所々土で汚れている。

 見た目が正反対な二人だったが、顔を合わせてからずっと、緊張した面持ちで歩を進めていた。


 支部に着くなり、火柱の件で職員にしこたま怒られたケイたち三人だったが、彼らを待ち受けていたのがこの男女だった。

 この「アベリア」の町を代表し、派遣されてきたケイたちスピリストに現状を伝えてくれるのだそうだ。任務によっては精霊やスピリストと関わりたがらない依頼者も多いので、情報が得やすいのはありがたいことだった。

 男性の方が自分よりよほど背の低い三人を見てやや目を丸くしていたが、女性は特に気にした様子もなく、三人に向かって勢いよく頭を下げた。


「初めまして、来てくださってありがとうございます。私たちが町を代表してお話をさせていただきます。どうか無事に収穫祭を行えるよう、助けてください」


 そう言うと、彼らは早々に支部を出て、ケイたちについてくるよう促した。

 その行動の早さから彼らの焦りの一片を感じ取ると、ケイたちも足早に続く。

 女性の言葉に気になる部分があったものの、突っ込むきっかけをつかめずにいたが、彼女が話しかけてきたこの流れのまま、ケイは口を開いた。


「あの、ところで収穫祭ってのは……?」


 訝しげな様子のケイたちに対し、女性はきょとんとした表情をして振り向いた。


「あら? 知らなかったの。この町では年に一度、作物の収穫が一番多くなるこの時期に収穫祭があるのよ」

「いや聞いてねぇし」


 思わず本音が飛び出す。

 知らない町にやってきて早々何も聞かないまま連れ出されてきたのだ。ケイの顔を見て、女性はぺろりと舌を出した。


「そうだった、私慌てて肝心なこと言ってなかったわね。ごめんなさい」


 なんだか急に砕けた感じになった女性を見て半目になっているケイたちに向き直ると、女性は両の手の平をぱちんと合わせて言った。


「収穫祭は名前の通り、今年の実りに感謝して、また一年豊作になりますようにっていうお祭りなんだけどね。今はその準備に町中大忙しなのよ。だからさっきので作物が燃えちゃわなくてよかったわ」


 隣に立つ男性が黙ったまま頷く。

 女性のさりげない言葉に、また青ざめるケイたち三人だった。

 ケイとハルトは寸分違わぬ動きでナオに目をやる。

 どんなに驚いても怖くても、頼むから火の扱いには気をつけてほしい。

 無言の圧力をひしひしと感じたナオは大げさに首を縦に振った。


「あれ?」


 ふと視界の隅で淡く輝くものを捉えると、ナオは顔をあげる。

 いつの間に現れたのか、淡い色の蝶が彼女の周りをふわふわと飛んでいた。白に近い幻想的な輝きを持つその翅は、支部に行く前に見た綺麗な蝶と同じだった。

 思わずその動きを目で追ったナオだったが、女性の方は特に気にした様子はなく、ケイやハルトと話を続けている。この町では珍しくない蝶なのだろうか。

 そうしている間に、蝶はひらひらと踊りながらナオの頭の上を旋回する。ナオは真上を向いてじっと見つめていた。


「お嬢さん、どうしたんだ?」


 男性が怪訝な顔をしてナオを見つめている。その低い声に、ナオはようやく我に返った。


「あ、すみませんお話の途中に! この蝶、珍しくってつい……」

「蝶?」


 ナオはあたふたとしながら頭上を指さす。こちらから質問をしておいて放心してしまうのは失礼だ。

 申し訳なさそうに眉を下げて謝罪したナオに対し、男性はナオの指先を見つめながら、さらに訝しげに首を傾げてみせた。


「はい、でもごめんなさい」

「いや、そうじゃなくて……蝶なんてどこにいるんだい?」

「えっ?」


 ナオは甲高い声をあげる。慌てて視線を戻すが、そこにはもう蝶はいなかった。



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