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3-5 それに惹かれて絡みつく

「ほぇぇ……」


 ナオは気の抜けた声と共に息を吐く。ケイはそのあまりの緊張感のなさに脱力感を覚えつつも、気持ちがわからなくはなかった。あまり芸術分野に関心はないが、それでもため息がこぼれるほど美しいと思ったからだ。

 隣ではハルトが目を輝かせている。蝶が飛び去った方向と携帯電話の画面を交互に見ると、残念そうに眉を下げた。


「なぁ、今の何の蝶だろ。写真撮っとけばよかったな」

「政府の携帯でそんなことしたらしばかれるぞ」

「ぶー。それならオレ今度自分用のカメラ欲しいなー」


 携帯電話をぶんぶんと振りかざしながら、ハルトは口を尖らせた。メール画面を投影させたままだったため、文字で埋まった四角いスクリーンも一緒に振り回されて気持ち悪い光景になっていた。

 当然ながら、撮影機能は任務に必要な時に使うものである。検索機能と併せて特に使用を制限されているわけではないが、私用で使うことが推奨されるはずがない。

 スクリーンをまじまじと見ながら、ナオは携帯電話の画面をつつく。スクリーンが消滅した。ハルトは横から伸びてきた手に気づいて我に返ると、ナオと目を合わせた。


「でもさ、ハルト。メールに書いてること本当かな。これだけ見てもなんか信じられないね」

「お、スピリストとしてあるまじき発言だねぇナオちゃん」

「そうだけど、壁から急に蔦が生えてくるとか。こんなこと本当にあったら私、きっとすごくびっくりしちゃうなって思って」

「そしたらまたお前叫ぶだろ。きょぇええいいいい! とかって」

「ひどい、私そんな変な声出さないよ!」

「え? ほんとにそう思ってんの? うっそぉー」

「ふえっ!?」

「あーははは変な顔と声ーっ」

「ハルトー!?」


 ハルトの甲高い笑い声が軽快に響きわたる。

 ナオはハルトをぺしぺしと叩いて抗議しようとするが、彼はあっさりとそれをかわす。仕方なく頬を膨らませただけのナオを見て、また盛大に笑ってしまったハルトだった。仲間内で一番からかい甲斐があるのはケイだが、ナオで遊ぶのもまた面白いのだ。


「ほれ、さっさと片づけにいくぞー二人とも」


 言うだけ言うと、ハルトは実に素早い動きで町に向かっていく。今度は見事に置いて行かれたナオは慌ててケイと一緒に後を追った。

 遠い目をしているケイの少し後ろを跳ねるようについていく。しばらく進んだそのときだった。


「ふゅ?」


 ふと、体が後ろ方向へ引かれるのを感じ、ナオは素っ頓狂な声を上げて固まる。進もうとしたところで、足が動かないのである。

 何か嫌な予感がしつつ、おそるおそる後ろを振り返る。そして絶句した。ひゅっと喉が乾いた音をあげる。


「ぴっ……やぁあああああ!」

「な、なななんだよっ!?」


 ナオの悲鳴が空を引き裂くと、ケイは文字通り飛び上がって驚いた。ハルトと一緒に勢い良く振り返ると、二人して言葉を失う。

 もはや薄ら笑いを浮かべながら口を半開きにして、ナオが目を白黒させている。

 右足を前に出した中途半端な姿勢で、まるで石化したかのように固まる彼女の左足に、地面から突き出た緑の蔦がびっしりと絡みついていたのだ。


「……な、なにこれ……二人ともたすけて……」


 これでは前に進みたくても進めないはずである。あっという間に見開かれた瞳が揺れて涙が溢れた。


「な、なんだこれ!?」


 ケイとハルトは彼女に駆け寄る。

 足の動きを封じている蔦は、燦々とした太陽の光を存分に受けるべく青々としている。蔦の所々から伸びる丸い葉はぴんとしており、元気に光合成をしているようだ。

 ただ、先ほどまで確かに何もなかった地面から突然現れ、ナオの足を支柱のようにして巻き付く様は不気味以外何物でもなかった。


「おりょー? なにこれ、どっから生えてんだろ。ていうかナオ、お前自分で燃やせばいいんじゃ……」

「…………あうう……」

「だめだこりゃ」


 反射的に剣を手にしたハルトだったが、蔦だけを器用に斬るのは難しく二の足を踏む。ケイの能力で凍らせるのもナオに凍傷を負わせるだけだ。

 本人が蔦を燃やしてしまえば手っ取り早いのだが、当のナオは両手を生まれたての雛のように伸ばし、不自然に震えている。確かに、突然自分の足を掴まれたら心臓に悪いのは当たり前だ。それもぐるぐる巻きである。

 ナオは息も絶え絶えに口をぱくぱくとさせている。そんな彼女に追いうちをかけるかのように、絡みついた蔦が蠢いた。


「あ」


 ケイとハルトは揃って間の抜けた声をあげる。迷っている間にナオの足を傷つけてでも蔦を斬り捨てればよかったと思ったが、もう遅かった。

 蔦の先がうねうねと左右にくねりながら伸びはじめ、ナオの太ももを螺旋状に這う。露わになっている腹に葉先が触れたところでついに、ナオはこの世の終わりのような悲鳴をあげた。


「きっ……きゃああああああああ!」


 大粒の涙を散らしながら、ナオの左腕から炎が噴き出した。

 ナオの最大限の魔力を込めた炎が惜しむことなく放たれ、轟音とともに巨大な火柱となる。

 あまりの高温に全力で逃げるしかなかったケイとハルトに、それを止めるすべはなかった。

 火の粉と黒焦げになった植物が風に舞う中で、ナオは糸の切れた操り人形のように頽れる。

 ぺたんと地面に座り込む彼女の視界に、不自然にひびが入った地面が映った。

 芽吹いた種が土を押し上げ、太陽に手を伸ばした痕跡。

 だが、ケイやハルトが踏みしめた時には確かに何もなかった。ナオが通ろうとしたときに突如として突き上げてきたのだ。

 肩を弾ませて、乱れた呼吸を整える。ゆるゆると視線を動かすが、ナオを中心として広範囲が焼け野原になっていることと、呆然と地面に転がっているケイとハルトがいること以外、異変はないようだ。ようやく眉を下げて息を吐いたところで、ナオはぱっと顔をあげた。


「にゅ?」


 遠くの方で人の声が聞こえるのだ。ようやく我に返ると同時に、今度は別の意味で顔を青くした。あれだけ派手な花火を打ち上げてしまったのだから、町の人が何事かと思うのは当然である。


「や、やばっ! とりあえずここ離れて支部へ急ごうぜっ」


 へたり込んだまま固まっていたナオの腕をひっつかむと、ハルトは聞こえてくる声に耳を傾けながら走り出した。

 どうにか人が来る前に焼け野原を後にした三人だったが、すぐに事実を隠せるはずがないということに気づくと、支部に着くなり揃って深々と頭を下げた。




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