1-4 シルキ
数瞬の沈黙はやがて弾け、途端に人々が狼狽える気配が連鎖していく。口々に何かを言っているが、それが重なりすぎてあまり聞き取れない。
「君たちがあの……っ!? そんな、まだ子供じゃないか」
一番初めにケイの前に立ったのは町長だった。彼の表情は動揺と、隠しきれない落胆の色だ。ケイはそれを敏感に感じ取るが、気にした様子は見せなかった。
「俺たちに年齢は関係ない」
熱を帯びる人々の声音とは対照的に、ケイの口調は酷く冷静だった。
「政府から与えられた任務は町の調査だ。森に精霊がいるならば、俺たちが会って確かめなきゃならない」
「そうは言っても、攫われた子供たちと君たちはそう歳も変わらないのに。政府は一体何を考えてるんだ……」
「——いや、なんだっていいだろう」
町長がため息をついたとき、彼の背後の集団の中からひとつの声があがった。
ケイが顔を上げると、先の大柄な男と町長越しに対峙する。先のリーダー格と思しき黒髪の男だ。声を上げたのはこの男で間違い無いだろうが、そこでケイは思わず目を丸くする。男は例の泣き叫んでいた女性の肩を抱いて彼女を宥めていた。
ようやく少しずつ落ち着いてきたのか、女性はもう叫んではいなかった。しかし彼女の目からはとめどなく涙が溢れ、男に寄り添いながら祈るように手を組んでいる。男は彼女に「だいじょうぶだ」と短く投げかけると、ケイをぎろりと睨む。
二人は夫婦なのだろうか。
ケイはそう思ったが、わざわざ口には出さなかった。
「確かにおれも政府のお抱え戦力がこんなガキだなんて思いもしなかったさ。だがそんなことはどうでもいい。子供たちを助け、精霊を倒してくれるなら!」
「いやしかし……この子たちも精霊に連れ去られたらどうするんだっ」
「こいつも年齢は関係ないと言ってただろ! それにもう一度政府に申請する時間なんてない、そうだろう!」
街中に響き渡らんばかりの男の怒声。ケイは思わず片耳を塞いで顔をしかめた。
そんなケイを男はまた一度睨みつける。しかしすぐに人々の方を振り返ると、彼らに訴えかけるように目を向ける。
各々に何か言いつつ立ち尽くしていた人々だったが、彼らは戸惑いながらも頷いた。
「……そうだ、早く子供たちを助けてあげなきゃ」
誰かが口を開く。まるで譫言のような弱々しい声だったが、張りつめた糸を鳴らすには十分な振動だ。
「そうだ! お願いだ助けてくれ!」
「早く森の精霊を倒して! これまで何もしなかったから放っておいたけど、精霊なんてものをこれ以上許してはいけない!」
「子供たちとあの森を精霊から救い出してくれ! それだけじゃない、奴らのせいでどんどん動物たちもいなくなっている、奴らが食ったんだ!」
「あの異形を倒せ!」
「殺せ!」
一様にして、彼らはまるで襲いかかるかのような勢いでケイたちに詰め寄った。集団の中から雄叫びにも似た声が上がって、さらに熱は加速していく。
反対に蒼白な顔をした町長が皆をなんとか落ち着かせようとするが、彼らの勢いは止まるところを知らないようだった。
「な……」
ケイたち三人はその光景に思わず圧倒されてしまった。
人々の目は不安と憎悪に満ちている。実際に町の子供がいなくなったというのだから当然ではあるが、渦巻く負の感情の中で時折飛び交う暴力的な言葉たちはあまりにも理不尽だ。
「あのね、あなたたちは何も分かってないから」
対抗しようとしたのはナオだった。キッと眉を吊り上げて一歩前に踏み出そうとしたが、それは彼女の肩を掴んだケイに阻まれる。
「よせ」
「でも……!」
振り返ったナオとケイの視線が交錯する。彼女の目を見て、ケイはただ首を横に振った。
そんな二人を見て割って入ろうとしたハルトだったが、ふと何かに気づいて視線を横へ向けようとする。その時だった。
「くだらねぇ、何がスピリストだ」
突如としてその場に乱入してきた高い声があった。
その瞬間、ざわめいていた人々が動きを止めてそちらに目を向けた。視線の先はケイの背後だ。それを追ってケイが振り返ると、そこには一人の少年の姿があった。
まだ十歳にも満たないほどに幼い男の子だ。この物騒な状況で保護者の同伴もなく一人出歩くのはあまり感心できない。ケイは思わず眉をひそめた。
「シルキ! お前はここで何を……!」
「それはこっちのセリフだ! じいちゃん、まさかこんな奴らを信用してんのか!?」
少年に駆け寄ったのは町長だった。シルキと呼ばれた少年は、町長を跳ね除けるかのような勢いで声を張り上げる。呆気に取られているケイたち三人を順番に指差すと、彼はさらに激しく言いつのった。
「じいちゃんが言ってたんだろ、スピリストってのは精霊の力を使う異能力者だって……そんなのただの乱暴な奴らじゃないか! それにっ」
ぎり、と一度強く唇を噛む。一瞬の間を置いて、シルキは叫ぶように言う。
「なによりこいつらガキじゃねぇか! うさんくせぇんだよ!」
「んな……」
言われたい放題だった。
ケイは自分の頭の中で何かが軋んだ音を聞いた。思わず拳を握りしめてしまう。
「ガキって……あいつの方が俺よりも思いっきりガキじゃねぇか」
実際ケイはまだ子供の年齢ではあるのだが、さらに年下の子供からガキ呼ばわりされるのは面白くなかった。唇の端をひくつかせる彼の隣で、こちらは全く気にした様子もないナオがのん気に口を開いた。
「かわいい子だね。でも危ないから家に帰ってもらわなきゃだね」
威嚇を続けるシルキに対し、ナオは困ったような笑顔を向けている。ケイが思わず彼女に何か言おうとしたところで、反対側の隣にいたハルトが余計な口を叩いた。
「ケイって大人気ないよねぇ」
「うるせぇ! 何のん気なこと言ってんだよお前らっ」
「嘘だってー拗ねんなよもう。ケイだってかわいいよーハハッ」
「そうじゃねぇしかわいいで嬉しいわけあるか! ていうかハルトてめぇ棒読みでしかも最後に鼻で笑ってんじゃねぇっ」
「えー失礼だなぁ、オレはいつだって真面目で真剣だよー……ブハッ」
「今度は吹き出してんじゃねぇっ」
口から炎を吐き出さんばかりのケイとは反対に、ハルトは楽しそうに言い合いを続ける。そんな二人に対し、ナオは苦笑いをしながら傍観に徹していた。
「…………」
そんな彼を見て、町長は何か言いたげに顔をしかめる。しかしすぐに首を横に振るとシルキの方に向き直った。
シルキは町長をキッと睨みつける。町長は彼の小さな肩にそっと手を置くと、ゆっくり諭すように言った。




