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2-25 真相


「なっ!?」

「なにそれっ」


 ケイとナオは揃って目を剥いた。ナオはゆっくりと立ち上がると、まだ少しぬかるんだ地面を踏みしめる。

 ナオの魔力はおそらく残り少ない。身体の痺れは取れてきたようだが、足元がふらついていた。ケイは彼女を背後へと押しやる。


「……オレらはそんなこと聞いてないんだけど?」


 ケイの隣まで歩を進めると、ハルトは真っ直ぐに剣を構える。

 いやに静かな声に、ランはちらりと背後を振り返ると、また前を向いた。

 ランの髪がふわりと揺らめくと、いくつもの水球が生み出され、彼の周りに漂う。

 十分な戦闘態勢を示しつつも、彼らが下手に踏み込んで来るつもりはないと判断したのか、事務員は構えようともしなかった。


「……おかしいとは思ったんだ。普通はスピリスト同士の戦闘は禁じられているはず。しかも理由も明かさず、相手さえも特定せず。最初はクロに出会ったらという意味かと思ったら、それとは違う調査任務だという。そしたら」


 一度言葉を切ると、ランは唇を噛みしめる。

 口の中に広がった鉄の味が、さらに彼の感情を逆撫でた。


「そしたら、ここに着いてすぐにこいつらが現れた! さぁ説明してもらおうか、俺は何のために」

「ええ、確かに言いました。そしてあなたはちゃんと任務を果たしてくれましたよ。だからほら、こうやって彼らは炙り出されたわけでしょう」


 事務員はにやりと笑う。

 細い指先が、彼女の足元に転がっている男らに向けられた。

 男らはぴくりとも動かない。痺れから回復したらしいナオとは違い、こちらはすでに気を失っているらしい。ナオは口元を押さえて声を呑み込んだ。

 だらりと伸びきった彼らの頭を躊躇なく踏みつけると、事務員は口元から笑みを消した。


「何を怒る必要があるのか理解できませんが。どちらの任務も間違ってませんよ。あなたにだけそう言ったのは、単独行動だったことが大きな理由の一つですね。グループだと複数人への指示が面倒ですし、迷いの原因にもなります。あなたたちの年齢も大体の力量も同じくらいだから、ちょうどよかっただけのこと。指示された任務を遂行する、いつもと同じことでしょう」

「……っ!」


 ランはぐっと言葉を抑え込むと、右手を握りしめた。

 漂う水球が大きく撓み、形を変える。直後、彼が拳を解いたと同時に水球は弾け、大量の水滴となって地面に吸い込まれていった。


 確かに、この任務は最初からおかしいことばかりだった。

 支部を出てから気味が悪いほどタイミングよく、何かが起こりすぎている。

 任務を受けた直後、狙ったかのように現れ、目的地であるこの場にケイたちを導いた怪しい人影も、ランとの衝突も。そして、クロの正体である男たちが潜んでいたことも。

 それらが全て最初から、別の任務のためだったなら。ケイたち三人も、ランも、彼らは皆、ただそのために動かされただけにすぎない。それぞれが、自らにこそ正式に下された任務であると信じていた。


 そして、踊らされた。


 押し黙ったランの代わりに、剣を構えたままのハルトが静かに口を開いた。


「そういえば、あんた最初支部でケイが用件を言いかけた時、それを遮ったな。そりゃそうだよな、最初からオレらを利用するためだったら迷うわけがない」

「……そうですね。確かにこんな警戒態勢ですし、私は非力な一般事務員だったのですから、先に名乗らせでもすればよかったですね。こちらにデータは揃っていましたし、本人確認は魔力の認証だけでも十分かと思いましたが、それは反省点としておきましょう」


 ああ、と。涼しい顔のまま、事務員は肩を竦める。対照的にハルトは、せり上がってくる感情に必死で耐えていた。

 本当は今すぐにでも、彼女の喉元に己が剣の切っ先を向けたいと思った。だが、それは駄目だ。利用されただけだとしてもあくまで任務。今更事務員に何を言おうが意味をなさないし、彼女に言うことでもない。ランもそれを分かっているのだろう。


 彼女とてスピリスト。立場は同じなのだから。


「――全く。クロとはただの能力を悪用したチンピラでしたか。そういえばリストアップされていた違反者に彼らのデータもあったように思いますがどうでしたか。大した力を使えないところを見ると、ほとんど任務を遂行せず行方を晦ましたということでしょうか。それで政府から逃れられると思ってるなら、愚かしいにもほどがありますね」


 ため息をひとつ。事務員は男らの頭から足を外すと、すいと空を仰いだ。

 彼女の目に映った巨大な風車が、鈍い音をあげて回る。


「私はクロの他に、この町での調査任務も兼任しているのです。そんな時、この使われなくなった旧風力発電所関連施設で起こる怪奇現象が報告されました。私が別ルートで得た情報によると、奇妙なほどに精霊の気配も、魔力も感じないということ。ならば、人為的なものではないかと考えた」


 事務員は再びケイたちに目を向けると、その手に僅かに電流を走らせた。


「同じ時期から始まったヤナギの町で頻発していたコンピュータへのハッキングも、強盗も恐喝も、ある程度以上の期間にわたって繰り返されるならば、必ずどこか近くにアジトがあるはず。そう考えた私はそうなり得る場所を調査していました。けれど、よほどの確証がない限り、支部を離れるわけにもいかなかった。あなたたちも見たでしょう、ハッキングは何度も行われようとしていたから」


 だから彼女は、事務員としてあそこにいた。

 任務のために。支部を守るために。

 そして、情報を集めて、スピリストを、ケイたちを動かすために。


「だから。ただ私がここに来るまでに、ほんの少しだけちょっかいをかけて頂くだけでよかったんですがね。結果としては期待以上でした。建物がここまで倒壊してしまったことはまぁ、致し方なかったことにしておきます」

「……」


 もはや、子供たちは何も言わない。いいや、言えなかった。


「任務はこれで終了です、お疲れ様でした。後は私が処理します」


 畳みかけるように言うと、事務員はケイたちの背後を指さした。


「――次の任務を命じます。今すぐにこの町から出て、それぞれ目的の場所へ向かいなさい。詳細は追って指示します」


 淡々として機械的なその声音は、完全に支部の事務員だった時のものに戻っていた。





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