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2-24 すれ違いの理由


 厚い煙が吹き上がり、視界を奪う。

 飛び散った小さな火の粉を慌てて魔力で制御するも、ナオは自身の能力をいとも簡単に相殺されたことに気付いて言葉を失う。

 先ほどのケイとランの攻防。一撃に大きな魔力は込めず、細かな打ち合いをしていた彼らとは違い、ナオの能力は純粋に攻撃力に優れている。かなりの魔力を持っていかれたにも関わらず攻撃が失敗したとなると、術者にとっては絶望的な状況だ。

 つまり、力の差が大きすぎるのだ。

 心臓を直接握られたような感覚に、ひゅっと息が詰まる。本能が警鐘を打ち鳴らすと、それは恐怖に変換されてナオを襲う。

 大きな目をいっぱいに開いて、いまだ黒煙をあげている方をじっと見据えた。


「だ、誰っ!?」


 歯がゆさに耐えきれず、ナオは甲高い声をあげる。

 その煙に包まれた何かから、肌を突き刺すような強い魔力を感じるのだ。

 煙に混じり、ふと何かが視界を走ったことに気づく。直後、黄色い閃光がナオを弾き飛ばした。


「きゃあっ!」


 衝撃と供に吹っ飛ばされる。宙で体を捻ると、地面を数回跳ねて綺麗に着地した。

 勢いのまま足を地面に滑らせると、ナオは体勢を整える。反射的に飛び退ったからか、さしてダメージは受けていないようだった。

 足首にアンクレットのような細い炎の輪がちらつく。残りの魔力を慎重に練り上げながら、ナオはきっと目を吊り上げた。

 そして、突如としてその場にくずおれた。


「……!?」


 声が出ない。

 ナオは目を見開くと、やっとのことで地面に手をつく。

 何が起こったのか分からなかった。気づいた時には身体が痺れて、言うことをきかないのだ。


「ナオ!? 大丈夫か!?」


 ケイはナオの元へ駆け寄る。彼女を庇う形で前に出ると、閃光が走った方を睨みつけたが、いまだ煙が立ちこめて何も見えない。

 ナオは力なく膝をつき、彼女の周囲を明るく照らしていた炎は無力に消え去る。歯を食いしばりながら頭を持ち上げて頷くと、ケイの肩越しに前方を睨む。

 そのとき、ようやく晴れた煙の中から、一人の人影が現れた。


「……あんた、さっきの……!」


 ケイの小さな声は、煙と一緒に掻き消える。

 網膜に映し出されたその人物の姿に、ランを含めた四人の子供たちははっと息を呑んだ。

 薄暗い中で鮮やかに映える青白い電流がちらちらと見え隠れする。

 こめかみを隠すように髪を少し残して一つに纏めているシンプルな髪型が、溢れ出す魔力に煽られてゆらゆらと揺れている。淡い黄色の光を纏うのは、対照的な暗めの色の制服。得も言われぬ圧力を放ちながら、こちらを見据えてくる鋭い瞳。

 そこには、『ヤナギ』の町のスピリスト支部で、先刻ケイたちに任務を下した女性事務員がひとり、佇んでいた。


「――よくやってくれました」


 淡々と、任務を命じたときと同じようにして事務員は言う。そこに本心からの労いの意思など感じられない。


「私のために少し動いてもらうだけのつもりでしたが、少々侮っていましたね。色々と言いたいことはありますが。これですぐに彼らを、クロを取り締まることができます」


 ナオ見下ろしながら、事務員は背後を顎で示す。

 彼女の後ろには、いつの間にかナオと同様に身体が痺れて動けずにいる男たちがくずおれていた。


 クロ、それはスピリストでありながら、政府の命令に背き、一般人に危害を加えた罪人の総称。男らを示してそれを迷いなく口にした事務員に、ケイは眉をひそめた。


「取り締まるって、どうしてあなたが……! それに私に何をしたの?」


 声帯は少し自由を取り戻したらしい、ナオは掠れた声を張り上げた。

 言いつつ、ナオは事務員の持つ魔力に気づいて瞠目した。つい先ほど対峙していた魔力と似ているのだ。そしてその力が比べものにならないことを、十分すぎるほど思い知らされる。ナオは肩を強張らせた。


 辺りに迸る電流を見て、気付く。これは『雷』――電気を操る能力だ。


 くそ、と。背後から短い声が聞こえてくる。おそらく、同じことを悟ったハルトのものだ。

 事務員は片方の眉をぴくりと跳ねさせると、面倒そうに溜息をついた。

 長袖をまくり上げ、覆われていた左の手首を露わにする。

 女性らしく細い手首に貼りついていたのは、太い金輪とそれに溶け込んでしまいそうに眩い、黄色の石だった。


「分かりませんか? 私もスピリストです。今回クロ、つまり彼らの討伐任務を受けている者ですよ。あなたたちにはここの調査がてら、私の任務の手助けをしてもらっただけのことです」


 もっとも、こんな程度と知っていれば私は出ませんでしたが。


 背後の男らを鋭く睨みつけ、舌打ちせんばかりの口調で事務員は吐き捨てる。男らは情けない声をあげて縮こまった。

 見せつけるように己の手首を示してみせた事務員に、ケイは目を見開く。


「……その魔力、ってことはそのおっさんも同じ『雷』……?」

「一緒にしないでくれますか。不愉快です」


 事務員は顎を上げ、ケイを見下ろした。女性にしてはやや高めの身長を持つ彼女に明らかな睥睨を向けられて、ケイは眉間に深い皺を刻む。


「……あんた、一体何のつもりだ、この任務は」

「聞きたいことがある」


 慎重に口を開いたケイの言葉を、よく通る声が遮った。


「ラン?」


 ランはケイを押しのけて一歩前に出ると、事務員をじっと見つめた。


「……とりあえず説明してくれないか。俺の任務はそっちの指示だろう」


 こみ上げる激情を懸命に抑え込みながら、ランは拳を握りしめている。

 その瞳に明らかな怒りの色が揺らめいていることに、ケイは眉をひそめた。

 事務員は無表情のまま、少し首を傾けた。

 まるで心外だと言わんばかりに。


「説明とはどういう意味ですか? あなたにも任務の指示はしましたが?」

「ふざけんな! だったらこれはどういうことだっ!」


 激昂しながら、ランはすぐ後ろにいるケイを荒く示した。

 ケイは訝しげな目でランの後姿を見つめる。

 横顔から見えた青い目は吊り上がり、今にも事務員に殴りかかりそうな勢いだった。

 そして、彼は叫ぶように言った。


「あの支部で、俺に言っただろう。『旧風力発電関係施設で報告されている怪奇現象を調査すること』……そして、『そこでもしスピリスト(・・・・・・・・・・)に出会ったなら(・・・・・・・)……相手を殺さない程度に(・・・・・・・・・・)戦え(・・)』と!」


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