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1-3 スピリスト

「えーどしたのケイ。なんでそんなにムスっとしてんのー?」

「悪かったな。どうせこんな顔だよ」

「そんなこと言わないの。ほら機嫌直せってー。このオレが色々情報も仕入れてきたことだしさ!」

「情報だぁ?」


 ハルトは軽い口調でなぜか得意げに言ってのける。悪びれる様子など微塵も感じさせない彼に対し、ケイは額に青筋が立つのを感じた。


「お前何言ってんだよ。いきなり好き勝手どっかに消えたくせしやがって」

「えーなにひどぉい。そんな奴いたっけー大変だねぇケイくんも」

「お前だよこの野郎! ハルトてめぇ今までどこで何やってたんだ!」

「まーまー気にすんなよ! オレだって別に遊んでたわけじゃないし、お前らに気ぃ使ってたんだもーん。ああオレってマジで心が繊細でナイーブだからぁ」

「んなわけあるか! どの口が言ってんだ!」

「この口ー」

「てんめぇえええ!」


 ハルトはわざとらしく唇を尖らせて肩をすくめると笑い出す。それにあっさりと釣られて声を荒げたのはケイだった。ハルトが完全にケイの反応を楽しんでいるのは明らかだが、ケイにその自覚はなくされるがままだ。


 ケイがこれほどまでに不機嫌なのは、ハルトがこの町に着くなり持ち前の俊敏さをいかんなく発揮し、早々にどこかへ立ち去ってしまったからである。

「ちょっと見物してくるー」の一言だけを残し、ケイが反論する間もなくまるで手品のごとき早業だった。唯一の連絡手段の携帯電話を持っていたのは手続きに向かったナオだけだったため、初めて訪れた町の地形も調べられなければ行き先の見当もつけられなかった。結果としてケイはナオとハルト、二人の仲間両方から待ちぼうけを食らう羽目になったというわけだ。

 ハルトは憤るケイを綺麗に無視すると、ナオに向き直る。


「ところでナオ、手続きありがとうな。で、次の任務来たんだろ?」

「ううん、いつもキミがやってくれてるし、たまには私がしないと……あれ、知ってたの?」

「オレが気付かないはずないじゃん」


 言うと、ハルトは不意に目元から笑みを消した。


「今この町にいるのはオレらだけみたいだ。となるとこのまま素通りできるとは思えない。だから先に色々調べておこうと思って」

「そうだったんだ、さすがだねハルト! すごいね!」

「……だったらその役、俺がやってもよかったんじゃないのか?」


 素直に感嘆の声をあげるナオの背後からケイがのそりと乱入する。言いたいことを何万語も含んでいるような彼の半眼を、ハルトはいとも簡単に無視を決め込んだ。


「知らんぷーん」

「だぁーもう、いちいち腹立つんだよてめぇ! おい……」

「——元凶はあの森だよ、間違いない。だけどちょっとややこしいことになってるみたいだぜ」


 ハルトはすっと目を細めた。一転、口調は鋭い刃物を潜ませたかのように張りつめる。

 それにはさすがのケイもこれ以上くだらない言い争いを続行させることはできず、ナオとともにこくりと頷く。


「この町の人たちにとってあそこがどういう場所だったかはわかんないけど……今は険悪みたいだね」

「そりゃまぁな。だってこの町は皆普通の人しかいねぇだろ」

「ああ」


 ハルトは近くに見える、町の大きな森を指さした。


「この任務、オレらが絡むなら原因はひとつ。あの森の」

「精霊の仕業よ!」


 ハルトの言葉を補足するかのようにして、女性の甲高い叫び声が響きわたる。三人は同時に弾かれたようにしてそちらを見ると、先の男性ばかりの集団に一人の女性が加わっていた。

 さらに何人かの女性が集まってきて泣き喚く女性を何とか宥めようとするも、彼女は狂ったように暴れ回り、ヒステリックに叫んだ。


「精霊があの子を攫ったのよ! お願い、うちの子を取り戻して! 森の動物たちのように食べられてしまうわ! やっぱり私があの子を助けに行く……」

「——やめろ。あんたには無理だ」


 淡々としたケイの声が乱入する。

 するとようやくケイたちの存在に気付いたのか、町の人々は一斉にそちらを顧みた。

 ケイはゆっくりと彼らに歩み寄っていく。


「お前ら、この町の者じゃねぇな。巻き込まれたくなきゃガキはすっこんでろ。町の一大事なんだ」


 突如として現れた見知らぬ子供三人に、先の壮年男性に詰め寄っていた体格のいい男がずいと前に出る。彼らのリーダー格なのだろうか、苛立ちを十二分に表現している顔だった。

 ケイと比べてかなりの体格差がある男の威嚇にも、ケイは全く動じない。


「そうはいかない。これは俺たちの仕事だ」

「し、仕事だぁ?」


 当然のように言ってのけたケイに対し、男の額に青筋が立つ。その背後からふと、一人の男性がおずおずと顔を見せた。

 派手ではないが仕立ての良さそうな服とハットを被ったいかにも紳士というようないでたちの壮年男性、この町の町長と呼ばれていた人だ。彼と目が合うと、ケイは小さく頷いてみせた。


「この町に来たのはただの偶然だが、今俺たちは正式に命令を受けてここにいる」


 遅れて、ナオとハルトがケイの両隣に並んで立った。多くの不審なものを見る視線と戸惑う声が三人に降り注ぐ。


「俺たちはスピリスト。政府に従い、精霊に通じる力を持った“戦力”だよ」


 その言葉の直後、辺りは水を打ったように静かになる。

 そこにいるものを全て惹きつけるかのような少年たちの言い表せぬ迫力に、ぴんと空気が張り詰めた。




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