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2-21 振動


「ケイ! ラン!」


 扉が開くと同時に飛び込んできた黄色い影が声を張り上げる。

 薄暗い中で映える金髪を一瞬眩しく思いながら、ケイは目を大きく見開いた。


「ハ、ハルト! ってナオも!」

「ケイー! 無事でよかったぁっ! おばけに食べられてないよねっ? 生きてるよねっ? ねっ?」


 ハルトの後ろからさらに躍り出たのは、先ほどの悲鳴の主と思しきナオだった。あまりに予想外の出来事にケイは戸惑いつつも、心底ほっと胸をなでおろしていた。

 凝縮されていた冷気が大気に拡散される。

 ナオは驚きを全面に出しているケイの顔を見た瞬間、眉尻をふにゃりと下げてケイ以上の安堵を示していた。涙目になりながら、彼女はケイの腕やら頭やらをぺたぺたと触る。

 彼女の心配の内容に内心突っ込みを入れたケイだったが、放心してされるがままになっていた。

 目に映るナオは、どこも変わった様子はない。

 ひとしきりケイの身体を触り、ようやく不安の色を消したナオを見て、ケイは全身の力が抜け落ちるのを感じていた。


「俺は別に何ともねぇよ。お前こそ大丈夫なのかよ」

「うん! ハルトと一緒だったし、大丈夫だよ!」


 ナオは両の拳を握りしめて高らかに言った。


「っていうか何だよ、おばけに食べられてって」

「だって、悪いおばけは人間を食べるんでしょ?」

「そうなの?」


 大真面目な顔してケイを見つめ返すナオに、ケイは棒読みを返した。

 またしても亡霊扱いを受けた気がしたが、彼女の場合は至極本気で心配しているのである。言っていることはさっぱり理解できないが。一体何をもっておばけに食べられることになっているのだろうか。

 首を傾げるケイの耳に、押し殺して笑う声が届く。

 振り向くと、肩を大きく震わせていたハルトがにっこりと笑顔をみせた。


「びっくりしたよ、まさかお前ら本当にまだ一緒にいるとはねぇ。てっきりさっさと別行動してるもんかと思ってたのに」

「あ? 本当にって何だよ?」

「気配だよ。分かり易くなってるの、気づいてないの?」

「え」


 言われてケイは辺りを探ってみると、確かに先ほどは目の前にいるにも関わらず感じられなかった魔力の気配が感じられる。

 弱い発動をして警戒を続けているのだろう、ハルトの目はどこか鋭かった。


「……ナオちゃん、一応聞きたいんだけど」

「ふえ? なぁに、ランくん」


 ランの静かな声に振り向くと、ナオははたと固まる。

 またしても至近距離に迫っていた彼の綺麗な顔に気を取られているうちに、さりげなく手を握られていた。

 あたたかい。よかった、彼もおばけに食べられてはいないようだ。などと考えつつもやはり慣れない。

 ケイはその光景にあっと声をあげたが、次のランの言葉にぴたりと動きを止めた。


「ついさっき驚いて叫んだりはした?」

「え、してないよ」


 ナオは戸惑いながらも即答する。それにランは僅かに唇を引き結んでみせた。


「じゃあやっぱり、さっき聞こえた悲鳴はきみのものじゃないってことか」

「悲鳴? 私が?」

「ああ、声だけなら明らかにきみのものだったけど、そこのスピーカーから聞こえたんだ。その後すぐきみが現れた」

「そんなこと……」


 ナオは訝しげにスピーカーを振り仰ぐ。古びて埃を被ったそれは、今もまだ不揃いなノイズを響かせている。そこから自分の声が聞こえてくるなど、考えただけで気味が悪い。

 見えない何かに背中を撫でられたかのような感覚に、ナオは自身の肩を抱いた。


「確かにさっきはナオも叫んでないね。まぁ椅子飛んできたときは終始泣いて叫びまくってたけどさ」

「ハ、ハルトッ!? ひどいよ、言わないでよーっ」

「だってほんとのことだもーん」


 ハルトの軽口に、ナオは顔を朱に染めて抗議した。

 ぽかぽかと拳を振り回すナオを、ハルトは軽くいなしながら笑い飛ばす。ケイはというと、彼らの先のやりとりが色鮮やかに想像できてしまい、一人半眼になって黙っていた。

 いや、それよりも。気になるのは、ハルトの言葉の内容の方だ。


「椅子が飛んできた?」

「そーそー。なんかモニタールーム? みたいなとこがあってね、そこにあった椅子がいきなり浮かんでビュンビュン飛んできたんだよ」


 ハルトは人差し指を立てると、真横に小さく動かしてみせる。直線的に飛ぶ動きを表しているようだ。思い当たることがあり、ケイは頷いてみせた。


「そっちもなのか」

「あー、やっぱり外に散らばってた照明の残骸って飛んできたものだったり?」

「ああ」


 こちらも何となく予想がついていたらしい、ハルトは特に驚いた様子は見せなかった。


「ふーん、他にはなんかあった?」

「この部屋の机と椅子も一瞬浮かんだんだがな、なんか急にぷつっと切れたみたいに動かなくなった」

「ふーん、これが浮いたとかねぇ……」


 ハルトは埃を被って散在する机と椅子をまじまじと見つめる。

 パイプ椅子と、足部分を畳んで収納が可能らしいつくりの机だった。どちらも簡素なものだったが、それなりに重そうである。試しに持ち上げてみようかと思ったが、金属部分に錆が多く付いているのでやめておいた。

 少し考える仕草をみせたあと、ハルトは手近にあった椅子に近づくと、つんつんとつついてみる。

 ぱちん、と微かに何かが弾ける音がした。


「……やっぱり、この椅子少し電気が流れてる」

「ああ。まぁ椅子っていうより、この建物全体的にも電気が溢れてるような感じがしねぇか?」

「ようなじゃないよ。きっと、だから浮くものとそうじゃないのがあるとオレは思うんだけどね」


 ハルトの言葉に、その場にいた全員がはっと何かに気づいた。


「そういうこと。浮けるのは電気を通す金属のものだけじゃないのかな。つまり……」


 言いかけて、ハルトは背後を振り向いた。ちょうどハルトの後ろにいたナオがぎょっと目を見開いたが、ハルトの視線は彼女を通り越していた。

 きょろきょろと慌ただしく視線を漂わせるハルトが次の言葉を発する前に、突如として激しい揺れが建物を襲った。


「なにっ!? 地震!?」


 ナオはバランスを崩しそうになったのを何とか踏みとどまる。散在している机や椅子ががらがらと流れてくるのを弾くと、今にも崩れそうな天井を警戒して睨みつけた。

 その時、足下から異様な魔力を感じた。


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